大震災当日①帰宅難民、そしてクレーマー | 怒涛の6年

怒涛の6年

旦那のアルコール依存症→精神科外来→離脱せん妄→借金地獄→断酒→スリップ→精神科入院→現在



もうすぐ3月11日がやってくる。
東日本大震災の日だ。

私はその日、店で仕事をしていた。

その店の建物はデカい割にプレハブか何かで出来ているんじゃないかと言うくらいに華奢で、
震度2程度の地震でも普通に商品が棚から転げ落ちる事がある。

場所は東京都内だが、震災の時はこの建物内だけ震度6は軽くあったように思う。


次女がまだ小学生だったので、他のスタッフには大変申し訳なく思ったが皆より先に、滅茶苦茶な店内に後ろ髪を引かれる思いで退勤して家に帰らせてもらったのだ。

家は、当時から築年数だけはいっちょ前だったので、家の中もさぞかし酷い惨状になっているに違いない、もし次女が帰宅していたらと思うと心配で心配で堪らなかった。

しかし母が気を利かせ、途中まで次女を小学校に迎えに行き、実家の方に帰っていたようだ。

家の中はいつもと変わらなかった。
壁に画鋲で止めていたカレンダーだけが床に落ちており、他は何も変わらず。

凄いボロ屋敷のくせに何という頑丈な…

次女の無事は確認出来たので、次は長女だ。

長女はこの時高校1年生か、そのくらい。
卒業式の為、学校へ行っていたのだ。

しかしメールも電話も当然通じない…

うーむ、どうするかな。

で、思い付いたのが

モバゲー

である。

私と長女はモバ友(笑)だったのだ。
そこで、モバゲー内の『伝言板』から安否確認してみたら、長女から伝言板を通じて返事が来ていた。

メールでの通知は来ない為に、時折マイページを覗きに行くと伝言板に返事が来ているのだ。

どうやら長女は『帰宅難民』になっている模様。
友達と一緒ということで安心したが、

そこへやはり早めに帰宅してきた旦那。

車で長女を迎えに行くことにしたのだ。

車に乗っていても分かる余震。
結構怖い。
そして物凄い

渋滞。

普段なら混んでいなければ一時間と掛からず学校まで行けるのだが、この時は事情が違う。
想像以上の渋滞だ。

一体何時間掛かった事だろうか、
いよいよ長女が待つ駅へと近付いてきた。
友達も皆帰路につき、長女は一人で待っているようだった。

伝言板には『トイレ行きたい』と長女が訴えていた。
そして私まで釣られてトイレに行きたくなって来た。

駅で長女に再会し、とりあえずトイレに入るために近くのコンビニへ行くと、コンビニも長蛇の列が出来ていた。

レジ混雑では無い。
コンビニのトイレ渋滞である。

何もかもが非日常的で、不安と言うよりも訳が分からなかった。
そして、こんな際でもコンビニってやってるんだ…という現実的な思い。

何となく異世界に迷い込んだような心境だ。

帰り道、3人でお腹が空いたがどうしよう、となったが、
当然飲食店は何処も閉店している。

が、寂しい通り沿いにある、とあるチェーン店が一軒だけひっそりと開いていたので入る事にした。

本当はこんな時に、お店の人にも迷惑だろうと思ったが、有難く入らせて頂いた。
店に入ればお客さんは一人しかいなかった。

従業員は数人、バイトらしき若い子がいたが、一様に皆、目に生気がない。

皆早く家に帰りたいだろうに、この会社はどうなってるんだと思いつつ(だったら入るな)席に着くと、

店内に一人いたその、年配の男性客が何と、

クレームをつけている。

注文した食事がまだ来ない!時間が掛かり過ぎだろう!

と怒鳴っている。

私ら三人は目を疑った。

こんな非常時に、日本国中がパニックになっている時にクレームとは……

イカれてる!

バイトの子はひたすら小さな声で

『すみません、すみません』
と謝っていた。

私達の所に遅れてやって来た食べ物はと言うと、ハッキリ言って美味しくなかった…

カツ丼か何かを頼んだのだが、ご飯はべちゃべちゃで、味付けも何だかおかしい……

チェーン店ならマニュアル通りに作れば普通に美味しい物が出来そうなものだが、この時は違った。

文句は当然言わない、言える訳がない。
こんな時でもお客さんを迎え入れてくれ、食べ物を提供してくれているのだ。


幸いにも私は翌日のシフトは休みになっていた。

非常時でも店は開店するのか、お客さんは来るのか、あの滅茶苦茶な店内はどうなっているのか。


様々な思いは複雑に交差し、
実家に次女を迎えに行き、そして不安な夜を過ごしたのである。