『廃人』 | 怒涛の6年

怒涛の6年

旦那のアルコール依存症→精神科外来→離脱せん妄→借金地獄→断酒→スリップ→精神科入院→現在



昨年9月。

一番旦那の『アルコール離脱せん妄』が酷かった時の話。

病院へ付き添いが私一人では万一何かあった時に大変だと懸念し、一度だけ次女にもついて行ってもらった事がある。

CTを撮ってもらった日である。

病院からの帰り道、丁度昼を回った所だったので、何か買って帰ろうという事になり。
それと、ドラッグストアでトイレットペーパーも買いたかったのだ。

その時に、

『父さんどうする?』

となり、駅前の食堂の外にあるベンチに旦那を座らせ

『いい?ここから絶対に動いたらダメだよ』

『…わかった』

次女はドラッグストアへ、私は食堂に入りテイクアウト出来る弁当を頼んだ。
お店の人に
『ちょっと隣りのマクドナルドに行ってきます』

と伝え、店を出て旦那がそこに居るかを確認し、
マクドナルドに入り私と次女の食べ物を買って出てきた。

ベンチを確認すると、旦那はその場から動くこと無く座っていた。
しかしもはや普通では無かった。

焦点の合わない目で、ぼ~っと座ったまま微動だにしない。

再び食堂に戻り、弁当を受け取り会計をして店を出ると、全く同じ体勢で旦那は座っていた。

次女もトイレットペーパーを購入してきていた。


その時、私の目から見た旦那は

『ああ、廃人になってしまったんだな』

といった印象と言うか、そのような佇まいだった。まるで『枯れ草のような』と言った感じだろうか。


そこら辺を歩いている人々から、旦那はどのように写っていたのだろう。

『廃人』というものは、このようにしてなって行くものなんだなあ……
などとしみじみと感じていた事をよく覚えている。

家に帰れば、買って来た弁当を時間は掛かれどしっかり完食し、
家で出された食事も毎回残す事もなかった。

そして眠り過ぎるのではと心配になる程よく眠り。

外は37℃を超える猛暑日でもセーターを着込み、体温調節をしていた。
真夏の時から、『寒い』と言っていたのだ。

良く食べ、良く眠り、普通に起きている事は殆ど無く。

脳と体が『回復』に向けて、本能的にそうさせていたのだろう。

良く食べ、良く眠る事で
脳と体はゆっくりと『回復』して行ったのだ。

最初『脳』は、『アルコール』と言う『物質』が入って来なくなってしまう事で一時的に『混乱』し、『脳』『不具合』をもたらした。

その後、
睡眠と食事と言う人間にとって最も重要であり必要な事のみをさせることによって、
『脳』『緊急メンテナンス』を行ったのだ。

その『緊急メンテナンス』を行う事により、『廃人』から無事に抜け出せた事は、本当に幸運に恵まれていたのではないだろうか。

もしかしたら、本当に『廃人』のままで生涯を閉じてしまう人もいるかもしれない。


私も子供達も、『アルコール』と言う物質に対して、心底恐ろしいと思わせる、そんな出来事だった。


※人間の『緊急メンテナンス』は厄介で回りを巻き込む大変な出来事だが、
ゲームの『緊急メンテ』も常日頃から『またかよー!』と騒いでいる私と子供たち……

『メンテナンス』は健康な私達にも日頃から必要なのだろう。