昨夜は実家の風呂に入りに行っていた。
家の風呂は旦那が修理をしてくれたので普通に入れはするが、寒い上に足を伸ばして入れない(笑)
実家の浴槽は、足をまっすぐ伸ばして入れる程ではないがそこそこ広くて気持ちが良い。
風呂から上り、キッチンで勝手にお菓子を摘んでいると、母が
『最近Hさん元気がないのよねぇ』
とご近所の友達の心配をしている。
『何だっけ、最近流行りのなにハラって言うんだっけ?』
『ハラって…色々あるよ』
『家の中なら何ハラって言うのかしら?』
『それはモラハラじゃない?』
『モラって何だったかしら?』
『モラルだよ』
『ああ!モラルね!そのモラハラを主人がやってるみたいなのよ』
『え~、そうなの?』
『そうそう!もうずっと言われ続けてるみたいなんだけどね、最近さすがに疲れてきたのか元気がないのよ』
『言い返せないの?』
『言い返せないのよ!俺がいなかったらお前の年金で暮らして行けるのか!?とかねえ、凄いキツい口調で』
『うゎ~……腹立つ~!自分なら言い返すけど』
『それが出来ないのよ、ごもっともです…じゃないけど。それで社協に相談に行こうかなって言ってるけど』
『社協!?…それはちょっと違うんじゃ…』
『そこは社協じゃなくて、弁護士よねぇ?』
『うん、弁護士だな。社協に行った所で多分、法テラスってご存知ですか?って言われるんじゃない?(笑)』
『じゃあ弁護士って言ってあげようかしら』
『主人て病気とかしてないの?元気なの?』
『いや、凄い色々病気は持ってるのよ、糖尿病とかね!86歳なんだけど』
『86!?』
『凄い外面が良くてさあ、Hさんの家に行って帰る時も、「また何時でも来てくださいね!」とか、外で挨拶して、奥さんお元気?って聞けば「ああ!元気ですよ~!」とか』
『ぅわ~…そりゃ憎ったらしいね!(笑)』
『Hさんが入院する時もついて行ってあげないで一人で雨の中大きい荷物を持ってね…』
『何それ。て言うか、その主人いくら病気持っててもまだまだ死にそうにもないねぇ…』
『そうなのよ。さっさと死んじゃえばHさんも楽になるけどねえ…』
『そういう人って突然ポックリ逝きそうだね』
酷い会話である。
しかしその主人が病気をしながらも元気で生活を送れているという事は、Hさんの日頃の努力があってこそなのだ。
『Hさんの娘も凄いキツい人でねえ』
『そうなの?そりゃ大変だわ』
『今度主人に会ったら言ってやろうかしら、奥さん最近元気がないけど何処か悪いのかしら?って』
『えっ、う~~ん…それは…』
『やっぱり言わない方がいいかしらね』
『ん~…まあそれくらいなら大丈夫かなぁ…?』
しかし、それにしても何処の家庭にも形は違っても『悩み』ってあるもんなんだなと、つくづく思った。
が、結局は悩んでて誰かに話しても他人が
『ああせい、こうせい』
って言った所で聞きやしないのだ。
我々素人には所詮『聞く』事くらいしか出来ない。
例えば
『旦那がこれこれこういう人で、酷い目に合ってて、私どうすれば…』
って話しを聞けば殆どの人が
『何それ!そんな人とは別れてしまえ!』
と言うと思うが、そのような人は大概別れないでズルズルとその生活を続けてしまう。
実際私の友達にもいたし、長女の友達もしかり。
ああ、だったらそこまで思い詰めているのなら、『社協』なりなんなり行って、
『弁護士さんにご相談される事をお勧めします』
って、多少専門的知識のある人から意見を聞いた方が効果がありそうだ。
事実。私も自分の中で
『弁護士』『精神科』『とりあえず目先の生活をどうするか』とかある程度やるべき事は解ってはいたが、ピースがバラバラになり過ぎていて、何をどうすれば、何から手を付ければ良いのかとっ散らかってしまっていたが、
生活相談窓口でそのバラバラになったピースを繋ぎ合わせてアドバイスを貰い、
そして実行する。に至ったのだ。
80代で、もしあと数年しか時間が残されていなかったとしても、せっかくの余生を楽しく過ごし彩りのある物にしたいに決まっている。
悩みがある人がいれば、
自分の生活を蔑ろにするのは止めて、
是非専門家に相談する事をお勧めしたい。