今更だけど、母がちょっとだけもやぁっとしている事があるので書き留めておく。
私の父(じいさん)の病気のことだ。
一番最初はかなり昔、
多分父がまだ60代くらいの時に悪性貧血に罹り、暫く入院していた事がある。
その後完治(?)するも、今度は多発性骨髄腫に罹ってしまう。(多分その時70代)
血液系の病気という事で、血液内科に掛かっていた。
ちなみにこの多発性骨髄腫はかなり大変な病のようで、
最初の症状は、息切れが酷くなり、家の階段の昇り降りですら難儀だったようだ。
で、黄疸。
身体中まっ黄っ黄!
になってしまったらしい。
しばらく入院し、その後は通院で投薬治療。
薬はサレド(サリドマイド)が処方された。
この薬がバッチリ効いて、ほぼ完治したと言う。
(最初主治医の見立てでは、余命15年くらいと言われたそうだが、70代で余命15年て…寿命なのでは…)
当時の主治医は、まだ余り症例もなく手探りで治療をしていたため、完治となった事により、大喜びしたのだそうだ。
ただし通院は何年も何年も続く。
しまいには診察の度に
『どうですか?』
で終わり。
主治医は定年となったが、その後も嘱託医として働き父を毎月診続けてきたが、どうやらその状況に飽きてきたのらしい。(母の見解)
父が亡くなる一年ほど前。
いつものように月一の診察時、
『どうですか?』
父『最近もの凄くだるいんです』
そして主治医は聴診器を胸に当て
『まあ、大丈夫でしょう』
多分この時の父の体のだるさは
肺癌から来ていたものだったのらしい。
結局それが飛んで脳腫瘍となり、その後直ぐ、帰らぬ人となってしまったのだ。
母曰く
『あの先生絶対飽きてたんだよ!いつも、どうですか?で何も診ないで終わらせてたし!』
父は元々物凄い人見知りで、退職後はほとんど外に出ず、家に閉じこもって生活をしていた。
しかし家の中では働き者で、掃除が大好き!
めちゃくちゃ神経質に家中の掃除をして回っていた為、いつも家の中はピッカピカだった。
そんな父が、亡くなる一年前から『だるい』と言い出し、大好きだった掃除をやらなくなっていたのらしい。
まあ余程具合が良くなかったというのが伺えた。
母は
『あの時ちゃんと診て貰ってれば直ぐに肺癌だって分かったのに!』
と文句を言っていた。
まあ、分かるけど。
例えその時に肺癌と分かったとしても、
治療は出来たのかなぁ~??
歳が歳だし。。持病もあるし。。
もしこれがじいさんではなく、子供達だったら私も怒り狂うけど。
確かに聴診器だけちょっと当てて
『大丈夫でしょう』じゃ納得行かないかもね。
何せ治療超大好き
な母だし。
父も、治療も検査ももうお腹いっぱいで、最後は本当に早く退院したいー!って感じだったし。
90歳には届かなかったけど、病気しながらも89歳なら大したもんだと私は思う。
最後の最後に辛い治療をしなくて自然に任せていて良かったんじゃないのかなと、
私は思っている。
※余談
父は退職後、お昼に毎日インスタントラーメンを食していた(母は仕事で不在)
それも何年も何年も、、
母は、多発性骨髄腫になった原因は、絶対インスタントラーメンだと思う。と言っているが、私もそう思う。
食生活には気をつけましょう!