私の母現在85歳。
71歳まで近隣の市の医院で看護師として働いていた
60代の時から
『やめたーい、やめたーい』
とボヤいていたが、先生が中々辞めさせてくれなかったそう(笑)
元々は地元だったのだが、私が高2の時に今の市に家を購入した為引越しをし、
電車で2駅の所となったが、そこからは午前中だけとか(たまに夕方まで)にしてはもらっていた。
母は私がまだ物心ついた頃くらいから働き始め、
当時は、男先生、女先生、母、
の3人で回していた。
男先生は幼い私にはとても恐ろしく、いつも注射を構えているイメージがあり。。
(先生が注射を構えた瞬間、私は椅子から飛び降りて逃げた事がある)
実際、名医で怖い先生だったのだそうだが
実はこの先生
酒乱
だったのである。
お酒を飲んでいるとは聞いていはいたが、
最近母から詳細を聞いて驚いた!
昔は依存症なんて言葉、当然なくて
アル中、とか、酒乱、とか呼ばれていた。
聞けば絵に書いたような酒乱で
家に酒がなければ女先生に向かって
『酒買ってこおーい!』
と木刀を振り回し、(今なら通報案件
)
家に酒がなければ診察室の
消毒用アルコールを飲み
女先生はお酒を買いに近所の酒屋さんに走り
患者さんからは
『酒くさい』
とクレームが来て
しまいには男先生、目は真っ赤、
身なりもだらしない格好で診察をしていたそう。
(母も相当嫌がっていた)
その男先生も私が確か小学生くらいの時に
亡くなったのだけれども、最期は壮絶だったと言う(何が壮絶なんだか分からぬが)
男先生亡き後は、
女先生と母2人で診療を行っていた。
母は、もうこんな歳だし…と辞めたがっていたが、女先生は
知らない人とは働けない、と我儘を貫き通し、
母は71歳になって背中も曲がり、やっと辞める事が出来たのであった。
ちなみにそこで働き始めて40年経った時に市から賞状とスタンドライトが贈られた(笑)
そこから数年後に女先生も亡くなったのだが、
他人事みたいになっちゃうけど
苦労したんだろうなぁ……
お子さんは3人いたが、誰も医者の道を志す方はおられず、一人は重度の知的障害を持つ方だった。
今その医院は
『〇〇医院』の看板も取り去られ、商店街の片隅にひっそりと佇んでいる。
私も今色々大変だけど、
薄っぺらい言葉になってしまうけど、
多分もっとずっと苦労したんだろうなと
思わずにはいられない。
