加筆。その2。薄紅花水木。【京髑髏】君と好きな人が100年続きますように。。 | 本当に良いもの伝えたい。by 京女みさき

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こんばんは☆
京女みさきです。
^^

暦でも
本日から新緑が眩しい季節となりましたね。



今回は
前の記事で書きそびれた花水木のエピソード続きを☆


ちと長めですが、
宜しくお付き合い下さい。

<(_ _*)>

この薄紅色の花水木を見て、


一青窈さんの

ハナミズキの歌詞を思い浮かべる方も沢山いてはると思います。



四万十川での熱唱↓

ハナミズキ 一青窈

http://www.youtube.com/watch?v=X_406XRTyL4&sns=fb



ハナミズキ 作詞/一青窈

1、空を押し上げて
手を伸ばす君
五月のこと

どうか来てほしい
水際まで来てほしい

つぼみをあげよう
庭のハナミズキ

薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと
終わりますように


君と好きな人が百年続きますように。


2、夏は暑過ぎて
僕から気持ちは重すぎて

一緒に渡るには
きっと船が沈んじゃう

どうぞゆきなさい
お先にゆきなさい

僕の我慢がいつか実を結び

果てない波がちゃんと止まりますように

君と好きな人が百年続きますように。


3、ひらり蝶々を
追いかけて
白い帆を揚げて

母の日になれば
ミズキの葉、
贈って下さい

待たなくてもいいよ
知らなくてもいいよ

薄紅色の可愛い君のね
果てない夢がちゃんと終わりますように

君と好きな人が百年続きますように。

僕の我慢がいつか実を結び
果てない波がちゃんと止まりますように

君と好きな人が百年続きますように。

君と好きな人が百年続きますように。。


↑何年経っても良い歌だと思います。。


最初聞いた時は、

サビの印象が強かったので

恋人が永遠を誓う歌かなと思っていました。


歌詞の解釈は人の数だけあると思います。

このハナミズキも、


ああじゃないか、
こうじゃないかと、

発売の2004年以来、
いまだに皆さんが議論されたりしてます。


今回、
自分の思うところや、

最近立て続けに京都で起こった事故の報道などとも

気持ちがリンクしたので、


一青窈さんの詞を

納得した私なりの解釈と祈りとして以下に書きます。


この曲は、
2001年9月11日におきた米国同時多発テロをうけ、

平和を願い書いたものだと、
一青窈さんが語っておられました。


彼女のデビュー直前 、
2001年の米同時多発テロに巻きこまれた友人がいたそうです。

事件はひどい惨状で、

現地の人々は辛い苦しみに苛まれていたにもかかわらず、


日が経つにつれ、

印象がだんだんと薄れていく。


この想いを何とか残したい、伝えたいと、

まるで他人事のように、

それまで、

戦争のことについてちゃんと考えたことがなかったという彼女は、

大切な人が実際に戦争に巻き込まれないと

考えられないというその事実に、


自分の「愚かさ」を感じたそうです。


我々も普段の生活に追われていると、


どんな大きな事件や事故でも

どこか他人事のように考えてしまいがちです。


そして、
愚かな考えだった自分を,

身近な事件や事故や病気などで思い知らされたりします。



ハナミズキの詞は、

最初は、

テロや散弾銃といった挑発的な歌詞で埋められていましたが、


汚いものを出して出して、
削り削って、


最終的にたどり着いた詞が、

「君と好きな人が100年続きますように。」


という
深い祈りだったそうです。


それ以外は

一青窈さんご本人からは特に言及されていませんが、


謎を呼ぶような
全体の歌詞の印象や解釈をめぐって、

彼女の生い立ちや、
恋愛遍歴などを含めての邪推や、

中傷めいた解釈も多々ありました。


しかし、
どんな解釈があろうと、


長年愛されてきた彼女の歌や祈りの気持ちは、
どれが正解であったとしても、

音楽という、
偉大な力にして作品を作り上げ、

色々な境界を越えて、

人々にうったえかけ、

人の心を動かした力は本当です。


沢山のartistにcoverされ、

年月を経ても、

沢山歌い継がれ続けてきた事実に変わりないと思います。


純粋に、

「君と好きな人が100年続きますように」と。

受けとった側の各々の
真摯な想いやストーリーで、


彼女が発信した音楽をきっかけに


各々の祈りの曲となったならば

それでいいように思います。



私はというと、


歌の経緯を聞いてから、
歌詞の主体はテロの犠牲者の亡くなった方で、


女性で母親だったと受け取りました。

そして、
亡くなった女性には、

残された家族である

お子さんと旦那さんがいたと。


亡くなった者から残された家族へ、

また、
家族から亡くなった者に対する想いが、


「ハナミズキ」で表されているのではないかと感じました。


死によって肉体がなくなっても、
「想い」は残ります。


せめて、
想いだけでも交わすことができたならばという、


どんな時代を経てもかわらない


「人間の切なさ」を表現しているのではないでしょうか。


亡くなった犠牲者は妻であり母親だった方。

「君」は子どもさん。

「僕」は旦那さん。

だとすると、

歌詞はこんな情景なのかなと思います。


1、空を押し上げるように、
5月はハナミズキの芽が伸び花が咲く。


そんな新緑の季節に生まれた大事な君(お子さん)

テロに巻きこまれ、

自分(母)は別れを告げることも出来ずに死んでしまった。

もう君(子ども)の成長はみれない。

最後に会いたい。
想いを伝えたい。

49日で天国へ行ってしまう前に、

花の世界で生命の源を表す水際=天国との境目であり、

米同時多発テロの起きたウォーターフロント

(肉体が失われた場所)まで来て欲しい。

ハナミズキのツボミ

ツボミはこれから花咲く将来や希望などを暗示し、

愛する家族の庭にもあったハナミズキは日米友好や平和の象徴でもある。

どうか最後にその想いを伝えたい。


薄紅色のほっぺたの可愛い君

(赤い頬っぺたのまだ小さい子ども)が、

まだ見ぬ果てない夢が途中で終わる事なく、

ちゃんと最後まで、


戦争や事件などに巻き込まれて死ぬことなく、

夢や希望を叶えて天寿を全うできますように。

戦争がなくなり、

君と好きな人が100年平和につづくような世の中になりますように。


2、あのテロが起こった夏は過酷過ぎた。


僕(夫)から溢れ出す復讐に繋がるような

「怒り」や「憎しみ」の気持ちが重すぎて、

天国へいく船が沈んでしまう。

だから、
僕ら残された家族は一緒に三途の川を渡れない。

恐怖から逃れようと辿り着いた「水際」、


もしそこに、
助かるというノアの方舟が来たとしたら、

我先にと、
皆が大勢を蹴落とすように乗り込むにちがいない。

もし、舟が、
あと1人しか乗れないような状態としたら、

本当は自分も舟に乗りたい。

しかし、
とり残された人の幸せや、
その人の大切な人達の幸せを願い、

先に舟に乗せてあげるような気持ちがあれば、、、。

そんな気持ちや行動が、

世界中の戦争やテロといった

愚かな負の連鎖を

断ち切ることになるのではないだろうか。

または、
子どもの事を心配せずに

先に天国へいきなさいと言う

夫から妻へのメッセージとも取れます。

僕(夫)はテロで妻を失い、

無差別なテロに対して怒りに溢れている。


しかし僕(夫)は復讐したい気持ちを我慢をする。

その僕の我慢が
いつかきっと実を結び、

波のように

繰り返し続けられる

愚かな戦争や

報復心からくる争いが止まるように祈りたい。

戦争がなくなり、

君(子ども)と好きな人が

100年平和につづくような世の中になっていきますように。


3、蝶々を追いかけて

遊んでいた小さい君(子ども)が、
船が帆を揚げて進むようにどんどん成長する。

母の日にはハナミズキの葉を墓前に贈ってください。

花は命の象徴、


無駄に花(命)を切り取らない為の葉なのか、


もしくはハナミズキの花びらと見られている部分は

本来は葉っぱであるので、

(花は中央の黄緑色の丸い部分のみ)

新緑の葉が芽吹く母の日の頃に、

自分たちは平和でいるよと

家族の平和を見守ってきた庭のハナミズキを供えてください。


もう、
事件当時のように
母がいないと泣いて帰りを待たなくていい。

母を死なせた
9.11事件の真相や、
誰に報復すべきなのかなんか知らなくていい。


怒りや悲しみ、
憎しみによる報復の連鎖を断ち切ることを願い、

子の成長と末永い平和を願う
ご夫婦の心象風景のように感じました。


↑詞の解釈はここまでです。


今年は2012年、


米同時多発テロが起きてから11年が経ちます。

現場写真をみました。


10年経っても、

建物は事件の前のようには完成されていません。


指一本しか遺族の元に帰れなかった、

当時現場ビルで働いておられた日本人の方の

今でも心痛む話を思い出しました。


建物は再建されようとも、

喪われた多くの方の人の命は帰ってきません。


こんな痛ましい無差別のテロや事件は

二度と起こってはなりません。


昨年の東日本大震災など、

地球上であらゆる大きなシフトが起きる中、


私たちが身近に出来る事と言えば、


自分の好きな人の幸せや

世界中の平和を祈り願うことではないでしょうか。


復讐に繋がるような怒りや憎しみ、

それが生みだすものは

繰り返される人間の愚かな負の連鎖でしかありません。


私は、
切実に繋がっている(繋がった)大事な人々の平和を願いたい。


そんな気持ちは必ず連鎖すると思います。


君の幸せを願うだけではなく、

一歩進み、


大事な人の好きな人、
ひとつ先の幸せも願ってみる。


そんな想いが皆に連鎖して行けば、

もっともっと
プログレスした平和な世になると感じます。



世界は共鳴しあっています。

まずは自分から、

「あなたと好きな人が100年続きますように…。」

祈ります。

長くなりました。

ここまで読んでいただいてありがとうございます☆

最後の2枚の画像は京髑髏から。


【京髑髏】
【アンティーク】

戦前頃の葉書、
透かして骸骨図という凝ったデザインの絵葉書です。


そして、


「喧嘩しないで暮らそやないか。
末は互いにこの姿。」
掛け軸です。



大事な人々へ

肉はなくなっても、

骨や想いは残ります。

100年続く、

感謝と深い祈りを込めて。

徳永英明 ハナミズキ


この方の感情のこめられた歌の表現に泣いてしまいます。


http://www.youtube.com/watch?v=w9bxyOGTsrI&sns=fb


徳永さんの歌表現は、

心の芯に美しい感情の波紋が拡がっていくように

落としこまれてゆきます。


すばらしい芸術表現が人の気持ちを変えていくように、


本当に世界を変えるのは、


人の「心」だと私は信じます。



ではまた☆

^^