雨で、一日中、家にいる、161どす。 ウッス。
さっき、アクリル毛糸で、タワシつくっちゃったもんね。(ヒマなんです)
165ネエさん。
ブログアップのために、ダッシュ!!は、よく私もするぜよ!
このブログも、もう4ヶ月目に突入かぁ。
感慨深いねえ。
一人では成し遂げられなかった。とてもじゃないけど。
さて、話は変わりますが、(そして唐突ですが)
オンナ(私)は、とかく、褒められたことを胸に抱いて生きる生き物だと思う。
たとえば、ずーーっとむかしに、私は、声をほめられたことがある。
電話の相手(男)に、「声がいいですね
」と、褒められた。
高校受験を控えた中3の冬、英単語とその意味を、カセットテープに吹き込み
はじめて聴いてがく然とした、あの、自分の声を。
自分がふだん、”内側”から聴いているよりも、ずっと甲高く、
おまけに鼻声で、心の底から、失望した、私の声を....
見ず知らずの人に、褒められたのだ。
言われてすぐは、社交辞令だ、とすぐに思った。
とんでもない! と、真剣に謙遜していた。
しかし、数時間たつと、「声がいい」って、褒められちゃった、
と、だれかに自慢している。
自慢している時は、とても気分がいい。
まるで、そうは思っていなかったけれど、”本当は声がいい私” を発掘された気分だ。
そうして、それからだいぶ経った現在、
「私って、声がセクシー」だと、思い込んでいる。
ただ、声がいい → 声がとてもセクシー

に、いつのまにか変換され、
輝かしい真実であるがごとく、信じこんでいる。
思い込みって、恐ろしくも人を幸せにしてくれるツールだ。
したがって、世のジェントルマンのみなさん、
オンナを褒めるときは、的確に、そして、躊躇なく
おおいに、褒めてほしい。
お世辞でも、社交辞令でも、事実でも、
なんでもいい。
オンナは、褒められた記憶を、胸に刻みつけ、
生涯、放さない。
そして、褒め言葉が多ければ多いほど、
しあわせの分量も多い、はずだ。
どうか、世の女性に褒め言葉を。
愛がこもっていれば、なお、よい。
ちなみに、「声がいい」と褒められた以前も以後も、
私はただの一度も、声について、褒められたことがない。
