コロナの診断を受けてから2日後のこと。


2023年6月4日。


午前中まではご飯も食べることができ、歩くこともできていました。


しかし、18時ごろ呼吸が浅く、呼吸苦の訴えが。


SpO2で測定すると60%に下がっていたとのこと。


一緒に住んでいないため、私たちが祖父の家に到着したのが18時45分頃。その間に救急車を呼びました。


私たちがついた頃には救急車はまだ祖父の家の前に止まっており、私が救急車に同乗しました。


救急隊の方は「受け入れてくれる病院がまだ見つからないんです」と一言。


救急車が祖父の家に来たのが18時20分頃。(祖母曰く)

私が救急車に同乗したのが18時45分頃。

病院が見つかり、救急車が発進したのが18時50分頃。

家の前に待機してる時間が約30分。


私にとってこの30分はとても長く辛いものがありました。


私はただ祈ることしかできずにいました。


ようやく病院が見つかった時には祖父は酸素マスクをつけ意識もない状態でした。


初めて祖父の状態を見た時に、何も考えることができずにただぼーっとしてるだけでした。


病院に着いた時、祖父は中に運ばれ私たちは「外で待機をお願いします」とドクターから説明を受けました。


外で待機してから約3時間30分。


ようやく私たちも中に入りドクターからの説明を受けました。


するとドクターから一言。


「非常に危険な状態です。いつ急変して亡くなってもおかしくない状態です。採血もしましたが〇〇さんの場合、腎機能が非常に悪く炎症のデータが非常に上がっております。プラス脱水も重症です。詳しい検査はまた明日行いますが、現在の治療、処置としては中心静脈カテーテルと気管挿管をしてる状態です。

今行っている処置の同意と今後必要となる処置、終末期の同意書をお願いします」と1から説明してくれました。


一緒に同行してくれた私の母と弟はずっと泣いており、心がここに在らずって感じでした。


母からは「あんたは強いね。なんで冷静でいられるの。さすが医療従事者だね」と一言。


私はこの言葉が引っかかっていましたが「1人でも冷静でいないと家族に説明しないといけないし、正しい情報を伝えないといけないでしょ?私は看護師だから大丈夫。」と返しました。この時の私は心臓がバクバクしており、手が震えていて自分を落ち着かせようとしてるだけでした。


ドクターの説明をメインで聞き、同意書にも私の名前でサインをしました。


家族グループのラインがあるため、もちろん連絡をし確認をとり、お願いしたいとのことでサインしました。


この日は祖父に会えることはなく、コロナもまだ落ち着いていない世の中だったので面会はリモートでの面会。直接会えたのは15日後でした。


この日は入院の手続きと必要物品などの説明を受け帰宅。


帰宅した時間は日付が回っており6月5日の深夜12時30分でした。


帰宅しても食欲はなく、寝れる気にもなれずに朝を迎えました。


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