こんばんは🌕
今日は降ったりやんだりの一日でした。
ふとね、隣で寝るプー太郎を見て思ったんです。
私の傍らに来て、安心して眠る姿が愛しくて
子育て中に、寝れば天使👼起きれば悪魔👿なんて笑い話で頑張ってる頃があったなぁ…って。
子育てにも、どれが正解○でどれが不正解✖️なんて事はなく、自分の育った過去を引っ張り出したりして懸命に向き合うしか術がなくて。
そんな時、やっぱり母親や父親の存在って大きくて
自分がしてもらいたかった事を子供にしてやってみたり(反面教師)
親がしてくれたとおりに、我が子にもしてあげたいと思ってみたり(教師)
私の場合は、ほぼ反面教師で子育てをしてきたんです。
私の古くからの友人のお母さんは、とても素敵な方で、いつも笑顔が絶えなくて人が集まるお宅でした。
でね、反面教師で育てた子供
目標として育てた子供
どっちがどうって事ではなくて…
結局のところは、自分達がどんなに頑張ってハードルの高い教師だったり低い反面教師だったりと子育てしても
この親でよかったと決めるのは子供側にあって
親側に残るのは、良かれと思った自己満足なだけなんですね。
これ、通り過ぎたからわかった事なんです。
つまりね、私が反面教師と思っていた親も、自分目線で自分の理想を、良かれと思って押しつけてきた愛情なだけ
私が、その親の期待とか親の理想に反していたから、反面教師と捉えていただけのことで
逆に、憧れの親でこんな人になりたいと思った親だった場合は、それはそれで「そうならねば」と自分をまだまだだと受け入れられなかったりとね
親の人生を生きるわけでもないし
子供の人生背負うわけでもないし
やっぱり自分は自分の人生を生きる為に生まれて来てるのだから
自分らしくあればいい!これでいいんだ!
って、OKを出していいんだと思います。
それを子供側がとう捉えるのかも、それは子供側にしかわからない感情で
いつか自分の子供達が親になった時に、目標とするのか、反面にするのかを選ぶだけの事なんだと思います。
少なくとも私の場合は、子供が生まれてくれてなければ、自分の魂に磨きはかからなかったように思えます。
それはそれで尖り続けている人生だったかも?
「自分らしくあれ」
それでいいんだと思います。
自分には自分のいいところが沢山あるし
もちろんダメな所だって沢山ある
それが個性ですもんね
良くも悪くも、自分から学んでくれてるんだろうな…くらいで、考え過ぎない事ですね
自分の感情は自分だけのもの
人の感情は人のもの
親であれ子供であれ、同じです。
親は親
私は私
子供は子供
パートナーはパートナー
ただそれだけなんですね。
心を緩めていきましょう
今日の出会いに感謝します