2024/06/17                  (35分)

 

 

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2023ノーベル生理学・医学賞にカリコ氏ら コロナワクチン開発に貢献

                 2023年10月3日    NHK

 ことしのノーベル生理学・医学賞の受賞者に 新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発で

大きな貢献をしたハンガリー出身で、アメリカの大学の研究者カタリン・カリコ氏ら2人が

選ばれました。

 スウェーデンのストックホルムにあるノーベル賞の選考委員会は 日本時間の午後7時前に

記者会見し、ことしのノーベル生理学・医学賞に、新型コロナウイルスの「mRNAワクチン」の

開発で大きな貢献をした。
 

 ▽ハンガリー出身で、アメリカのペンシルベニア大学の研究者、カタリン・カリコ氏と
 ▽同じくペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン氏

 

の2人を選んだと発表しました。

 カリコ氏らは 人工的に合成した遺伝物質のメッセンジャーRNA=mRNAをワクチンとして

使うための基礎となる方法を開発しました。mRNAには たんぱく質を作るための設計図にあたる

情報が含まれています。

   これを 人工的に設計し、狙った たんぱく質が作られるようにして 体内で機能するようにすれば

ワクチンとして使うことができると期待されていましたが、mRNAは、ヒトに投与すると 体内で

炎症が引き起こされるため、医薬品に使うのは難しいのが 課題でした。

   カリコ氏らは mRNAを構成する物質を別の物質に置き換えることで 炎症反応が抑えられること

を発見し、2005年に発表しました。

さらに、置き換えられた mRNAを使うと目的とする たんぱく質が劇的に効率よく作られることを

発見し、医薬品として扱う上での大きな壁を取り除きました。この技術をもとに 製薬会社がワクチン

の開発に乗り出し、新型コロナのパンデミックでは 記録的な速さでワクチンの開発に成功しました。

   この技術の柔軟性は ほかの感染症のワクチンの開発にも 道を開き、今後、がんの治療などへの

応用が期待されています。

 

カリコ氏「 家庭を持つことと科学者でいること 選ぶ必要はない 」

    受賞が決まったカタリン・カリコ氏は、ノーベル財団との電話インタビューで「 私は 電話が

かかってきたときに寝ていて、受賞が決まったという連絡は 夫が受けました。誰かが冗談を言って

いるのかと思いました 」と話していました。

   また、これまでの研究の道のりを振り返り、「 10年ほど前、ペンシルベニア大学から追い出され

ましたが、夫が 私を支えてくれました。私の母は 2018年に亡くなりましたが、『 あなたがとる

かもしれない 』とノーベル賞の発表を いつも確認していました。母は『 あなたは 一生懸命頑張って

いる 』と言ってくれていました。 家族は 私を信じてくれていて、娘たちも 私が懸命に働く姿を

見てくれていました 」と述べ、周りの支えがあったことを 話していました。

   そのうえで「 私は 女性として、母として、同僚の女性の科学者たちに対し『 家庭を持つことと

科学者でいることの どちらかを選ぶ必要はない 』と伝えています。子どもは あなたをみて、見習い

ます。あなたが子どもの模範になることが重要なのです 」と女性の科学者たちを激励しました。

   また「 多くの若い人たちは、友人や同僚が どんどん昇進していくのを見て、あきらめて

しまいます。しかし、自分をあわれに思っている時間はありません。次に 自分に何ができるのかを

探すのにエネルギーや時間を費やすべきなのです 」と、科学者たちを鼓舞することばを述べました。

 

選考委員会「 新型コロナワクチン開発に不可欠だった 」

   ノーベル賞の選考委員会は 授賞理由について「 2人の発見は、2020年初頭に始まったパンデミック

で 新型コロナウイルスに対して 効果的なmRNAワクチンの開発に不可欠だった 」としています。

   その上で「 mRNAが免疫システムに どう相互に作用するかについて 私たちの理解を根本から

変えた画期的な発見を通じて、2人は、現代における 人類の健康に対する最大の脅威の1つだった

パンデミックで前例のないスピードのワクチン開発に貢献した 」と評価しています。

   また、授賞が決まったことを伝えた際の カリコ氏とワイスマン氏の様子について「 2人はとても

喜んでいた 」と明らかにしました。

   このうち カリコ氏は「 とても感激した 」と話したということです。
   ワイスマン氏には 選考委員会が公式発表す る数分前に連絡が取れたということで「 彼は感激して

いて、非常に感謝していた 」と述べました。

 

安全性についての質問も

  記者会見では、新型コロナウイルスのmRNAワクチンの安全性についての質問も出されました
 

  これに対して ノーベル賞の選考委員会は「 mRNAワクチンの接種は始まってまだまもないが、

すでに のべ130億人が接種を受けている。副反応も限定的で 大きな懸念とは考えていない

有害事象として 特に若い男性で心筋炎が出ることがあるが、ほとんどの場合は 軽度で、特に

長期的な影響なく解消するということだ。コロナに感染する方が 長期的な健康への影響がある

と述べました。

   また、ワクチンに反対する動きがあるなかで、科学界や医療界は どう対応し、どう説明すべきか

問われたのに対しては「 このワクチンが どのように機能するのか、引き続き仕組みを説明していく

必要がある。新型コロナの場合、mRNAワクチンの開発が 大きなニーズを受けて、加速したのは

事実だが、臨床試験が 短い期間で行われたからといって 安全性の確認が省略されたわけではない。

臨床試験が どのように行われたのかや、数十年に及ぶ 基礎研究が行われてきたことについて 伝えて

いくべきだと思う。ノーベル賞の受賞によって こうした事実に光が当たることを願う 」

と説明しました。

 

所属するペンシルベニア大「画期的な発見」

   カリコ氏とワイスマン氏が所属する ペンシルベニア大学は、授賞発表の直後に SNSにコメントを

投稿し「 2人を誇りに思う。画期的な発見は 世界的なパンデミックという難題を克服しただけでなく、

今後、数十年にわたり 他の多くの病気の治療と予防に大きな影響を与えるだろう 」と祝福しました。

   SNSには 事前に撮影されたとみられる 2人のインタビュー動画も投稿されていて、

カリコ氏は「 母が、『毎年10月には あなたがノーベル賞をとるのではないかと思ってラジオを

聞いているの。ずっと努力しているから』と言うので、わたしは『たくさんの科学者が大変な努力

を続けているのよ』と説明したものです 」と笑顔で語っています。

ワイスマン氏は「 ノーベル賞は 科学者にとって 最も重要な賞で、大変な名誉です。私たち 2人が

力を合わせなければ、この研究は達成しえなかったと思います。これが とても重要なことだと

思います 」と話しています。

 

ワイスマン氏とは

   ドリュー・ワイスマン氏は アメリカ東部マサチューセッツ州生まれです。1987年にボストン大学

で 免疫学と微生物学の博士号を取得したあと、アメリカのNIH=国立衛生研究所に所属し、

感染症研究の第一人者、アンソニー・ファウチ博士のもとで HIV=ヒト免疫不全ウイルスの研究を

行いました。
   その後、1997年から ペンシルベニア大学に移り、ワクチンや免疫関連の研究を続けていたころに

カリコ氏と出会い、2005年、ワクチン開発に道をひらく研究成果を共同で発表しました。

   所属するペンシルベニア大学によりますと ワイスマン氏は 現在、次のコロナウイルスの流行に

備えたワクチンの開発のほか、同僚とともに mRNAの技術を使った がんの治療薬の開発にも

取り組んでいるということです。

 

ワイスマン氏「 mRNAワクチンを気にしている人もいなかった 」

 受賞が決まった ドリュー・ワイスマン氏は、ノーベル財団との電話インタビューで、受賞が

決まったという連絡は カリコ氏から受けたことを明らかにし、「 本当かどうかわかりませんでした。

誰かが 僕らをからかっているんじゃないかと思ったんです 」と当初の心境を説明しました。

  そのうえで、受賞が決まったことについては「 生涯の夢であり、ノーベル賞は 仕事に対する究極

の評価で、すばらしい経験です。ノーベル賞の受賞は いつも夢でしたが、実現するとは 想像して

いませんでした 」と喜びをあらわにしました。

   また「 私たちが 一緒に研究していた 20年間は、mRNAワクチンがなんであるかを知っている人

も気にしている人もいませんでしたが、私たち2人は 机を並べて 一緒に研究し、新しいデータ

について話したり議論したりしていました。2人とも睡眠障害があるので、午前3時から5時くらい

になると、新しいアイデアをメールで送り合っていました 」

と述べて、当時のエピソードを紹介し、カリコ氏と取り組んできた研究生活を振り返っていました。

 

WHOが SNS投稿「彼らの科学への貢献が人命を救った」

   WHO=世界保健機関のテドロス事務局長は カリコ氏とワイスマン氏の受賞が発表されると

自身のSNSに「 本当におめでとう 」と投稿して祝福しました。

   そのうえで「 彼らの発見が 新型コロナウイルスのmRNAワクチンの開発を可能にした。彼らの

科学への貢献が人命を救った 」として、2人の功績をたたえました。

 

《研究者から喜びの声》

審良特任教授「地道に追究する姿勢が印象的」

   カリコ氏らが 2008年に発表した論文に 共著者のひとりとして名を連ねていた大阪大学の

審良静男特任教授は、「 受賞は 当然だと思う。新型コロナのワクチンが開発できたことは 人類に

とっての大きな貢献だ 」と述べました。
    審良特任教授は、当時の論文について「 基礎研究としては 画期的な成果だと思ったが、その後も

長い期間研究を続け ワクチンの実用化につながったことはすばらしい。ワクチンの開発は難しく、

研究費がかかることなどから 途中で頓挫するケースも多い。mRNAワクチンが開発されたという

ニュースの中で 彼女の名前が出て驚いたが、必死になって 医療への応用を目指した結果だと思う 」

と評価しました。
   カリコ氏の研究への姿勢については「 彼女は 派手なところがなく、自分の知りたいことを地道に

追究していく姿勢が印象的だった。今回の発表を機に ほかの病気の治療にも mRNAが応用される

など、研究がさらに進むことを期待している 」と話していました。

 

位高教授「非常に勇気のある人」

   カリコ氏が選ばれたことについて、mRNAを使った薬の開発の研究者で、15年にわたって交流を

深めてきた 東京医科歯科大学の位高啓史教授は「 mRNAが薬になると本気で考える人が 世界中で

ほとんどいなかったときから、その可能性を信じて研究を手探りで進めてこられたので、非常に

勇気のある方だと思っています 」と話し、喜びをあらわにしていました。
    また、カリコ氏の人柄については「 どなたとも 先入観なく接することができる気さくな方です。

学会の会場でお会いしたときに、実験のノウハウなどを 快くオープンに教えていただいたことを

よく覚えています。そうした姿勢が最終的には カリコ先生の仕事の成果につながったのだと思います 」

と話していました。
    そして、今後、与える影響については、「 mRNAは 感染症のワクチンとして 非常に広く知られる

存在になりましたが、今後は ほかの治療薬としても応用が大きく広がると思います。さらに多くの

研究者や企業が この分野に入ってくることを期待したい 」と話していました。

 

山中伸弥さん「多くの人が救われた」

    京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥名誉所長はSNSで「 カタリン・カリコ先生、ご受賞おめでとう

ございます。対談の機会をいただきました際に、非常に謙虚な姿勢で 粘り強く研究を進めてこられた

ことをお聞きし、心から尊敬の念を抱きました。コロナ禍という世の中が危機感に覆われた中、

mRNAワクチン技術という 画期的な発明に より多くの人が救われました。そのご業績に心から敬意

を表します 」とコメントしています。

 
《研究内容は》

mRNA 医薬品として使う基礎開発

   カタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏は、人工的に合成した遺伝物質のメッセンジャーRNA

=mRNAを医薬品として使うための基礎となる方法を開発しました。

   mRNAには たんぱく質を作るための設計図にあたる情報が含まれています。
これを 人工的に設計し、狙ったたんぱく質が作られるようにして体内で機能するようにすれば医薬品

として使うことができると期待されていましたが、 mRNAは、ヒトに投与すると 体内で炎症が

引き起こされるため、医薬品に使うのは難しい のが課題でした。

   この課題に対応するため、カリコ氏らは 2005年の論文で、mRNAをヒトに投与したときの炎症反応

を抑える方法を発表しました。 

それが、mRNAを構成する物質の1つ、「ウリジン」を「シュードウリジン」という似た物質に

置き換える方法で、医薬品として使うための基礎の確立につながりました。

 

mRNAワクチンとは

    mRNAワクチンは、ウイルスの遺伝情報を伝達する物質で、体内でたんぱく質を作るための設計図

にあたる情報を含むmRNAを使ったワクチンです。
    新型コロナの感染拡大以降、広く接種されているファイザーやモデルナの新型コロナワクチンは

mRNAワクチンで、スパイクたんぱく質と呼ばれる、ウイルスの表面にある突起を合成するmRNAが

含まれています。
    mRNAの情報をもとに 体内で 新型コロナと同じスパイクたんぱく質が作られ、このたんぱく質

に対して免疫が働き、抗体が作られます。

mRNAワクチンは ウイルスの遺伝情報があれば製造できるため 素早い対応が可能で、新型コロナの

パンデミックでは 1年足らずで開発に成功し、変異ウイルスに対応したワクチンも開発され、

パンデミック対策の最も重要な要素の1つとなりました。

   すでに ほかの感染症に対応したmRNAワクチンの開発も進んでいるほか、がんワクチンなど新たな

医薬品としての活用も進むと期待されています。

 

独バイオ企業「2人の情熱 粘り強さ 献身はとても貴重」

   新型コロナの感染拡大を受けて mRNAワクチンを実用化した、ドイツのバイオ企業、ビオンテック

は、「 ビオンテック一同、カリコ氏とワイスマン氏を褒めたたえたい。2人の情熱、粘り強さ、献身

は とても貴重なものだ。今回の受賞は、新薬の可能性を最大限引き出し、開発を続けていくことを、

世界中の科学者に思い起こさせてくれるものだ 」とするコメントを発表し、2人の受賞をたたえ

ました。

 

源流の研究に日本人も

   mRNAワクチンは、基礎的な研究が積み重なって開発されていて、源流となる研究には 日本人も

名前を連ねています。

   去年亡くなった古市泰宏さんは 1970年代に mRNAに特徴的に見られる「キャップ」という構造を

発見しました。
古市さんは 蚕に感染するウイルスの研究を行う中で、mRNAの端に特殊な構造があることに気づき、

帽子をかぶっているような形をしているように見えることから  1975年に発表した論文で

「キャップ構造」と名付けました。

 キャップ構造は mRNAに含まれる遺伝情報をもとに、たんぱく質が作られるのに欠かせないもので、

mRNAワクチンにつながる源流の研究として位置づけられています。
   生前、古市さんは「 目先の利益や応用を考えずに、物事のことわりを知りたいと研究していた

ことが、ワクチンに応用された。新型コロナのワクチンを接種したときには『 この中にキャップが

入っているんだ。みんなキャップのついたmRNAを打つんだ 』と不思議な縁を感じました。

効果が高いワクチンだということなので誇らしい気がしました 」と話していました。

 

《発表日程》
ノーベル賞 ことしの発表日程は

    ノーベル賞は、ダイナマイトを発明したスウェーデンのアルフレッド・ノーベルの遺言に基づいて、「 人類に最大の貢献をもたらした人々 」に贈るとされています。

   ことしの受賞者の発表は
     ▽2日が生理学・医学賞   ▽3日が物理学賞   ▽4日が化学賞   ▽5日が文学賞
     ▽6日が平和賞    ▽9日が経済学賞

となっています。

   日本人の受賞は これまでアメリカ国籍を取得した人を含めて28人ですが、このうち2000年以降に

受賞した20人は すべて、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の自然科学系の3賞で、この期間では

アメリカに次ぐ2番目の多さとなっています。

   一方、文学賞は 1994年の大江健三郎さん、平和賞は 1974年の佐藤栄作元総理大臣以来受賞が

なく、経済学賞を受賞した人はいません。