「本部長の犯罪隠蔽」告発で揺れる鹿児島県警の愚挙

批判メディアへの強制捜査、心臓疾患を無視した取り調べ 

          今西憲之     2024/06/14   AERA dot. 

 

 警察内部の情報を漏らしたとして逮捕された 鹿児島県警の元警視正が「 犯罪行為を県警本部長が

隠蔽しようとした 」と告発して騒然となっているが、この事件では もう一つ大きな問題がある。

内部情報が漏れた先と疑って、警察批判記事を発信していたメディアを 県警が家宅捜索したことだ。

メディアを強制捜査して情報源を探るとは、この国の警察は どうなってしまったのか。

            

 福岡県を本拠にするネットメディア「ハンター」は 2022年から、鹿児島県内で発生した強制性交

事件を報じ始めた。県内の女性が 21年9月に、鹿児島県医師会の元職員から性的な暴行を受けた

という事件だった。

 

  ハンターの記事によると、元職員は「 謝罪文 」を被害女性に送り、当初は事件を認めていた。

だが、県医師会が「 同意の上での性交だった 」などと主張したため、ハンターは 県医師会への批判

を発信。警察が 被害女性からの告訴状の受理をいったん拒んだことや、管轄が違う 鹿児島中央署が

告訴状を受理し、医師会元職員の父親が その鹿児島中央署の警察官であることがわかってくると、

ハンターの追及の矛先は、県警の捜査に向かい、
 「 強制性交が疑われる事件の実相が、現職の幹部警察官と身内を庇う警察の悪しき体質によって

   捻じ曲げられている 」
などと批判を続けた。

 

 その中で、23年10月、ハンターは 県警の内部文書である「告訴・告発事件処理簿一覧表」の一部

を黒塗りにして ニュースサイトに掲載し、不当捜査の証拠であると主張を展開した。

 県警は このハンターの記事を見て、掲載された「一覧表」は 県警が作成したものだと気づき、

個人情報が漏洩したとして 個人情報保護委員会に報告した。同時に、情報を漏らした「犯人捜し」を

始めた。

 

■ ハンター代表から「家宅捜索が入った」と電話

 今年3月12日、ハンター代表の中願寺純則氏(64)から、筆者のもとに 電話があった。

   「 鹿児島県警が騒がしい。私の身が危ないかもしれない 」
 中願寺氏の声は切迫していた。

 

 

ハンターが黒塗りを入れて掲載した「告訴・告発事件処理簿一覧表」の一部
(2023年10月25日配信記事より)

 

  「 私は『告訴・告発事件処理簿一覧表』を手に入れて ハンターで記事にしている。鹿児島県警は

   それを 警察官にカネを払って情報を出させたと疑っているが、1円のカネも使っていない。

   悲しみにくれている 被害女性スタッフや病院関係者がおり、腐敗している県警の中の数少ない

   正義ある警察官の内部告発もあり、頑張って書いている。県警は『一覧表はこちらのものだから

   返せ』という話だが、メディアとして 情報源を明かすわけにはいかない 」

 

 4月8日、また 中願寺氏から電話があり、
   「 家宅捜索が入った 」
と言って、すぐに切れた。

   この日、福岡市内の中願寺氏の自宅兼「ハンター」事務所に 県警が 家宅捜索を強行した。

 

   同日、県警は 曽於署の藤井光樹巡査長(49)を 地方公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕

した。 23年6月と今年3月に、「告訴・告発事件処理簿一覧表」などの内部情報を 第三者に漏らした

容疑だった。

   ハンターの中願寺氏宅に 家宅捜索が入ったのは、その直後のこと。藤井巡査長の情報漏洩先として

強制捜査を受けたのだった。

 

 私は ハンターなどのメディアで警察の不正を追及してきた札幌市在住の ジャーナリスト、小笠原淳氏と

連絡をとりあった。 中願寺氏が逮捕される可能性がある、と意見は 一致した。

 

■携帯電話、パソコンが押収された

 私には 苦い経験がある。
 2002年年4月、当時、大阪高検公安部長だった三井環氏が 突然、身内の大阪地検特捜部に逮捕

された。マンションを購入するときに 居住実態がないのに住民票を移し、税金の軽減措置を受ける

ため 役所から申請書類をもらったことが 詐欺などにあたるという異例のものだった。

   それまで 三井氏による検察の裏金問題の匿名告発を、週刊朝日などが 何度も記事にしていた。

逮捕された日には 三井氏が 実名で記者会見を行い、その場で 検察バッジを外して辞める計画を極秘

で進めていた。だが、特捜部の「口封じ逮捕」で 計画は すべてダメになってしまった。


 現職警官の藤井巡査長も逮捕され、捜査権力を敵にまわすと 中願寺氏も 同じ命運をたどるのかと、

正直思った。

家宅捜索の日の夜7時過ぎ、登録されていない電話番号から 私の携帯電話に着信があった。中願寺氏

からだった。

   「 ガサ(家宅捜索)だけで、逮捕されませんでした 」

それを聞いた瞬間、ほっとした。しかし、中願寺氏の声は 怒りに満ちていた。

 

   「 携帯電話やパソコンがとられてしまい、仕事ができない。なんとか パソコン1台と ふだんは

   使用していない この携帯電話だけは守った。鹿児島県警は『告訴・告発事件処理簿一覧表を返却

   せよ』としつこく言うが、今は 手元にない。出さなければ逮捕するつもりだろう。メディアとして

   情報源は絶対に守る。だが ガサまで入れば、どうにもならない。鹿児島県警の内部告発つぶし

   でありメディアへの弾圧だ

 

■心臓に持病があるのに連日取り調べ

 いったんは 解放された中願寺氏だが、その後も 連日、鹿児島県警から福岡南署の一室に呼び出され、

事情聴取を受けることになった。初日だけは 雑談に応じたが、その後は 黙秘を貫いた。

 

 一方、藤井巡査長は 逮捕後の取り調べで、告訴・告発事件処理簿一覧表を流出させたことを認めて

いると報じられ、中願寺氏の外堀は 埋められていった。

 私は 中願寺氏と電話で 連日話していて、声に力がなくなっていくのを感じた。中願寺氏は 心臓に

持病があり、今年に入って 体調不良だと聞いていた。 そこへ 取り調べが連日続き、心臓が悲鳴を

あげていた。
 中願寺氏が 取り調べの合間に病院へ行くと、「 24時間ホルター心電図 」という器具を装着された。

心拍数などのデータを 日常生活の中で記録し、不整脈の有無などをチェックするものだ。

当然、医師は取り調べを延期してもらうように と忠告した。しかし、鹿児島県警は 容赦なく、

中願寺氏を連日呼び出し、追及を続けた

 

 4月18日、夜9時前に 中願寺氏から電話があった。

  「 今日、鹿児島県警から被疑者として取り調べることになります と言われました。

   日曜日(21日)は どうでしょうといわれ、どうぞと。
   藤井さんの事件にかかわった被疑者と、はっきり言われました。日曜日に(私の)身柄がとられる

   可能性が高い。ただ 私は 4月25日に心臓の持病で診察がある。それでも 日曜日だと鹿児島県警は

   ゆずらない。事情聴取から身柄を取るでしょう。メンツにかけても。取材活動、情報源のことは

   答えないと 最初から話していることで、かなり立腹のようだ 」

 

 中願寺氏は観念したような声だった。

 

■「 鹿児島県警に殺される 」

 身柄が拘束されても 投薬や治療が受けられるよう、私は 中願寺氏に、診断書や治療経過、服用

している薬などがわかる書類を 弁護士に託すようにと伝えた。

  「 依頼している弁護士が 福岡なので、身柄をとられると鹿児島の弁護士が必要になる。

    取り調べで ずっと黙っているというのも、それなりに負担がかかるのです。黙秘しているもの

    だから、刑事の声も 時折荒くなる 」(中願寺氏)

 

   4月21日、中願寺氏の事情聴取があったが、懸念していた逮捕はなかった。

だが、その後も 鹿児島県警の調べは 続き、中願寺氏の病状はより深刻になった。

 

 ある日、中願寺氏は 電話で こう伝えてきた。

   「 取り調べの最中、心臓発作で椅子から落ち、床に横たわった。なんとか心臓の発作をおさえる

     ニトログリセリンに手を伸ばして 口に含んだ。記憶では、心臓が安定するまで15分ほど、

     何もない床に寝転がっているしかなかった 」

 

 中願寺氏の記憶では、床に横になった時、鹿児島県警の刑事は「 大丈夫か 」と口にする程度で、

119番通報もせず、毛布なども持ってこず、なんら措置を講じずに 中願寺氏を放置していたという。

   中願寺氏は こう訴えた。

 

    「 このまま取り調べられ、逮捕までされたら、心臓が持たず、鹿児島県警に殺される

     かもしれない 」

 

 私と小笠原氏は、人権無視も甚だしい取り調べの実情を 記者会見で訴えるべきではないかと、

中願寺氏を説得した。だが、
    「 命にかかわる取り調べですが、情報源を守るため、会見はしない。警察にも絶対にしゃべり

      ません。黙秘で戦う 」
 それが、中願寺氏の答えだった。

 

 その後、藤井巡査長は さらなる捜査情報漏えいの容疑で 再逮捕された後、5月20日に起訴された。

中願寺氏については 嫌疑がないと判断したのか、県警の取り調べはなくなり、逮捕は免れた模様だ。

 

■押収したパソコンデータから新たな逮捕者

 だが、鹿児島県警は 中願寺氏から押収したパソコンから、新たな「ネタ」を見つけていた。

 小笠原氏のところに 3月下旬、「 闇をあばいてください。」と始まる、鹿児島県警内部の不正事案

を記した差出人不明の文書が送られてきた。小笠原氏は そのデータを中願寺氏に転送し、共有した。

それが押収されていた。
 これが 端緒となり、県警元警視正の本田尚志・前生活安全部長(60)が 5月31日国家公務員法違反

(守秘義務違反)容疑で逮捕されることとなった。

 

  小笠原氏が、自分が受け取った文書が、本田前部長から送られた内部告発だったと知ったのは、

6月5日に 本田前部長が 勾留理由開示手続きのため鹿児島簡裁で意見陳述し、
  「 私が このような行動をしたのは、鹿児島県警職員が行った犯罪行為を、野川明輝本部長が

    隠蔽しようとしたことが、どうしても許せなかったからです 」
などと発言した後だった。

 

  本田前部長の行為は、正当な内部告発ではないのか。

 小笠原氏は こう話す。

   「 本田さんからの郵便には 84円切手が貼られて送られてきたが、10円不足で私が負担して受領

   した。封筒には差出人がなかったが、10円を払わなければ 永久に内部告発は封印されたかも

   しれない。本田さんが 逮捕され、鹿児島県警は『 鹿児島県警のものだから、郵便を返せ 』と電話

   してきました。どの郵便なのか特定もしていません。宛先は 私で、しかも 不足の10円を払った

   のですから 所有権が 誰にあるのか明らかです。そして 鹿児島県警は『取り調べをしたい』という

   ので、『こちらも録音録画をするので どうぞ』と了承したら断ってきた。

   本田さんが送った原本の存在を確認せず、捜査を継続するのでしょうか

 

■「表現の自由は封殺される」

 中願寺氏は こう話す。

 「 メディアは いろいろな情報を入手する。中には 一方的に送られ真偽不明のものもあるが、

    警察の 事件の隠蔽はおかしいと、藤井さんや本田さんのように 正義のために内部告発してくれた

    資料もあるでしょう。メディアに ガサをかけ、パソコンなどを押収して調べれば、いくらでも

    公務員を逮捕できるかもしれない。それは、自らの不祥事の隠蔽であり、他の正義ある警察官への

    見せしめです。報道機関のガサが 簡単に容認されれば、憲法が保障する表現の自由は封殺される。

    鹿児島県警のガサは メディアへの弾圧だ。許されることではない 」

 

 元東京地検特捜部検事で、コンプライアンスに詳しい郷原信郎弁護士に話を聞いた。

   「 まず、心臓の持病があって 測定装置をつけている人に 事情聴取し続けるとは、人権無視

    としか言いようがない。それで 仮に 供述調書が作成されても、検察は採用しないどころか

    激怒して 事件も立件できないでしょう 」

 

 そして 鹿児島県警について、こう語った。

    「 内部告発が相次ぐというのは、不祥事などを 適正に処理せず、県警上層部が隠して、

    周りから 異議があろうが封印してきた結果ではないか。メディアへの強制捜査も 言論の自由を

    抑制、萎縮させる問題だ。 身内を逮捕して さらに隠そうとする県警には コンプライアンス

    どころか、警察としての正義がない 」