鹿児島県警「本部長の犯罪隠蔽」に「失望した」元警視正の“告発” 

内部資料送られたジャーナリストが訴える「ずさん捜査」 

             2024/06/09  編集部・今西憲之 AERA dot.

 

  身内の犯罪行為を隠蔽しようとする姿に失望した――。 鹿児島県警内部の情報を漏らしたとして

逮捕された 県警元警視正の法廷での発言が 世間を騒がせている。この元警視正の他にも守秘義務違反

で 県警に逮捕された警察官がいた。組織内に隠された恥部をさらす 警察官を立て続けに逮捕している

鹿児島県警に、「正義」はあるのか。

                                        【写真】ジャーナリストに送られた県警内部文書の一部 

  「 私が このような行動をしたのは、鹿児島県警職員が行った犯罪行為を、野川明輝本部長が隠蔽

  しようとしたことが、どうしても許せなかったからです 」  

 

   鹿児島県警内部の情報を漏らしたとして 国家公務員法違反(守秘義務違反)容疑で逮捕された

県警元警視正の本田尚志・前生活安全部長(60)が こう発言し、法廷に衝撃が走った。

  本田前部長は、警察官らの個人情報が記された文書を 3月下旬に札幌市在住のジャーナリスト、

小笠原淳氏に送り、職務上知りえた情報を漏洩したとして、5月31日に逮捕された。 

 6月5日、本田前部長の勾留理由開示手続きが 鹿児島簡裁であり、そこでの意見陳述だった。

 

  本田前部長の陳述は、昨年12月に枕崎市であった盗撮事件に触れて、こう続いた。

  「 この事件は、現職の警察官の犯行ということで、野川本部長指揮の事件となりました。

   生活安全部長として、この事件の報告を受けた私は、現職の警察官が このような犯罪を行った

   ということに強い衝撃を受けました。県警の現状に 危機感を抱くとともに、県民の皆様に

   早急に事実を明らかにして、信頼回復に努めなければならないと思いました 」 

  「 私は、捜査指揮簿に 迷いなく押印をし、野川本部長に指揮伺いをしました。しかし、

   野川本部長は、『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って、本部長指揮の印鑑を

   押しませんでした。本部長が 警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿に がく然とし、失望

   しました 」  

そして、 

  「 この不祥事をまとめた文書を、とある記者に送ることにしました 」 

と語った。

   そこで、小笠原氏の名前が出たという。  

本田前部長の弁護人は「公益通報にあたる」と主張したが、裁判所は 勾留の取消しを認めなかった。

 

■「闇をあばいてください。」 

 小笠原氏は 4月3日に 本田前部長の「文書」を受け取った。小笠原氏によると、手紙には

鹿児島中央郵便局の消印があったが、差出人が 無記名だったので、そのときは 本田前部長が送った

とはわからなかった。84円切手が貼られていたが、料金不足で 小笠原氏が10円を負担して

受け取ったという。

 

 文書の 1ページ目には、 〈 闇をあばいてください。 〉  とパソコンで打たれていた。

続く 2ページ目には、 

 〈  鹿児島県警の闇

   1 霧島署員による 警察の保有する情報を悪用したストーカー事案

   2  枕崎署員による盗撮事案の隠蔽   

   3 警視による 超過勤務詐取事案の隠蔽 

   4  署員によるストーカー事案2件を発生させた霧島署長、M警視の警視正昇任と

   ストーカー取締部署である生活安全部長着任 〉 

 

などと整理されて、県警の元巡査部長による盗撮事件のあらましなどの不正事案が記されていた。

また、「 本件問い合わせ 」として、3月まで刑事部長だったI氏の住所と電話番号が記載されていた。

 

 文書のほかには、県警内部で閲覧される、2023年10月発行と11月発行の「刑事企画課だより」が

計2部入っていた。そこには、「 県内において、捜査書類の紛失・誤廃棄事案が多発しています 」

などと記載されていた。

  小笠原氏は、こう話す。 

 「 内部告発は 信ぴょう性が高いと思ったが、裏取りするにも高度な個人情報が含まれていること

  あり、見合わせていた。これが 事件に関連する内部告発だと知ったのは、本田さんの勾留理由開示

  の法廷の後です。当然ですが、本田さんのことは 全く知りません 」

 そして、こう続ける。

  「 事件になって、鹿児島県警から連絡があり、私を取り調べたいとのことでした。仮に 私に届いた

  内部告発が 法に触れるというなら、本田さんを逮捕する前に捜査すべきでしょう。内部告発の原本

  や 手紙が本当にあったのかどうか、私に確認もせずに 本田さんを逮捕するなんて、あまりに杜撰な

  捜査ではないですか。鹿児島県警は 不祥事や隠蔽続きですから、私も 罪をでっちあげられるかも

  しれないと思うと恐ろしい 」

 

   本田前部長の逮捕後、小笠原氏は 福岡県を本拠にする ニュースサイト「ハンター」で、

「 鹿児島県警『情報漏洩』の真相」」と題した記事を発信して、鹿児島県警が 身内による盗撮事件を

隠蔽した内幕などを告発している。 

 そもそも、本田氏が 小笠原氏に手紙を送ったのは、この「ハンター」に記事を書いていることを

知っていたからだったようだ。「ハンター」では、昨年秋ごろから、鹿児島県警の不祥事を追及する

記事を続発している。


 ■ もう一つの「情報漏洩事件」

  「 警察の腐敗は 日本全国であるのだろうが、鹿児島県警は すさまじいものがある 」 

 そう語るのは「ハンター」の代表、中願寺純則氏だ。  

中願寺氏は、本田前部長の事件には、鹿児島県警曽於署の 藤井光樹巡査長(49)が 4月に

地方公務員法違反(守秘義務違反)容疑で逮捕され 同罪で起訴された、もう一つの「情報漏洩事件」

と県警の隠蔽体質が 密接に関係していると話す。

 

    藤井被告は、県警が扱った事件の被害者 や 被疑者の氏名、処理状況などが記載された「告訴・

告発事件処理簿一覧表」を 第三者に郵送したなどとして逮捕・起訴された。藤井被告が漏らした

資料は、県警が 犯罪を正当に捜査せず 隠蔽してきたことがわかるものだったという。

  中願寺氏は、この件で 県警から捜査も受けたと言い、こう語る。 

  「 ここまでくれば 語るしかない。鹿児島県警は 犯人が目の前にいるのに、なんら動かないどころか

  隠蔽を図る。被害者は 泣き寝入りするしかない。藤井さんは それを正そうと立ち上がったので

  しょう。それを見て、本田さんも 危険を承知で動いたのではないかと思います 」

 

 ■「被疑者の父親は 県警OBだった」 

 中願寺氏の取材によれば、藤井被告が 我慢ならなかったのは、病院で働く女性スタッフが 被害に

遭った強制性交事件だったという。

 2021年9月、新型コロナウイルス関連の仕事に従事していた女性スタッフが、鹿児島県医師会の

元職員から性的な暴行を受けたという。女性スタッフは悩んだ末、勤務していた病院の上司に相談し、

22年1月に 刑事告訴した。

   中願寺氏が説明する。 

 「 犯人は 元職員と特定されており、被害女性の代理人に謝罪文を書いて、『 自らの理性を抑える

  ことが出来ず、衝動的な行動に至ってしまいました。私が、今回犯してしまった罪は、どのような

  理由があっても 決して許されるものではありません 』と認めていました。

    私は 被害女性らに寄り添っていて、すぐにでも逮捕に至ると思っていました。それなのに

  22年1月、鹿児島県警は いったん告訴状の受け取りを拒否し、弁護士がねじ込んだ末、なんとか

  受理された。その過程で、この元職員の父親が 鹿児島県警のOBであることが判明したんです。

     実際に OBの父親は、複数回警察署にまで行っている 」 

 

 その後も 不可解なことが続いたと、中願寺氏が怒りを抑えられない表情で話す。 

  「 事件は 鹿児島西署の管轄なのに、鹿児島中央署に移されました。被害女性の事情聴取も なかなか

  行われず、22年11月と 事件から1年以上も経過してからだった。警察が 組織ぐるみで事件を

  なかったことにしようという たくらみが透けて見えました。

     県医師会も、『 同意があったから事件ではない 』と女性スタッフの訴えを踏みにじるような主張

  をはじめる。裏で 鹿児島県警と連携しているようにみえた 」 

 

 2023年12月、鹿児島地検は 元職員の不起訴処分を決定。 現在、女性スタッフ側が検察審査会に

申し立てをしているという。  

この事件について「ハンター」は、情報公開などによって資料を集め、鹿児島県警の身内をかばう

捜査への批判を展開。その取材過程で、「 告訴・告発事件処理簿一覧表 」にたどり着いたという。

 

 

   中願寺氏は こう話す。

  「 まだ 藤井さんの裁判が始まっていないので 詳細は語れないが、私は 鹿児島県警の心ある人が、

  ハンターを読み、強制性交事件について 内部告発をしてくれたと思っています。鹿児島県警

  私が 藤井さんにカネでも払って 情報を出させたのだろうという筋書きで捜査にきましたよ。

  『告訴・告発事件処理簿一覧表』は 入手し、強制性交事件のことが詳しく書かれていたので、

  情報源や個人情報を特定されないように取材をして ハンターで報じました。警察の筋書きは

  まったくの的外れ 」  

 

そして 中願寺氏は、本田前部長の事件で 小笠原氏に文書が送られたことについて、こう語る。

   「 小笠原さんは ハンターで 北海道警の批判などを真正面から書いていたので、それを見て 信用

   できると、本田さんが送付したようだ との情報には接しています 」

 

 ■「本来逮捕すべきは誰なのか」 

  本田前部長に「 犯罪を隠蔽した 」と名指しされた野川本部長は、6月7日に会見し、

   「 私が隠ぺいの意図を持って指示を行った と言うことは 一切ございません 」  

と隠蔽を否定している。 

  中願寺氏は言う。

   「 鹿児島県警に 正義はありません。まったく 何も信用できません。犯人を隠蔽された被害者の

   女性スタッフは、今も 心を病んで苦しんでいます。強制性交事件や警察官の犯罪を鹿児島県警が

   組織ぐるみで 隠蔽せず、適正な捜査をしていれば、藤井さんも 本田さんも 内部告発に動く必要も

   なく、当然、逮捕なんてことはなかった。 鹿児島県警は、メディアに情報を漏らしたといって

   身内を続けて逮捕していますが、本来 逮捕すべきは 誰なのか、よく考えてほしい 」