《ひっそりと解散》新型コロナ「専門家組織」が残した“本当の教訓”とは 

      法改正よりもまず「決められない政治」の検証を

                 2024.06.02    NEWSポストセブン

 衆議院本会議で 5月30日、国の地方自治体に対する「指示権」の新設などを盛り込んだ地方自治法

の改正案が可決された。新型コロナを踏まえ、次のパンデミックなどの想定外の事態に備えた法整備

の一環だが、一方では 3月末、政治家や厚労省に対して 新型コロナ対策を助言してきた専門家組織

「アドバイザリーボード」が ひっそりと解散した。

   感染症の専門家への取材を続けてきたノンフィクション作家の広野真嗣氏は「 次のパンデミックに

向けた法整備を進める段階では、専門家たちが悩みながら 政府に対する助言の在り方を変えていった

積み重ねの軌跡をこそ 公的に検証すべきではないか 」と指摘する。

 

 感染症の専門家組織は、国内で 感染者が確認された 2020年2月に始まり、名前を変えながら

政策への助言を続けてきた。当初から専門家への取材を重ね、著書『 奔流 コロナ「専門家」は

なぜ消されたのか 』(講談社)をまとめた広野氏は、「 政府と専門家の見解が異なった際に

どのような発信が行なわれたのか 」が検証されるべきだとして、専門家の発信姿勢を 大きく3つの

時期に分けて こう解説した。

 

  「 第1期は、2020年2月から6月まで。 尾身茂さん(新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)

や押谷仁さん(同分科会構成員)ら専門家が、自ら表に出て発信することで “前のめり” だと批判

された時期でもありました。 

    その反省を受けて、2020年7月から12月にかけて発信する機会を減らすスタンスを取った。

これが 第2期ですが、この時は 菅義偉首相(当時)が進めた『Go Toトラベル』への警鐘など、

専門家としてブレーキをかけるべきところが遅れてしまった。

 感染症対策は 行動制限などを伴うため、国民には 不人気な政策になりがちです。専門家たちは

“ それでも 感染拡大のリスクが高まれば 政治家が対応を決断してくれる ”と期待して 直接政策に

言及することを控えていました。ところが 実際に感染が広がると、政治家は 有権者の目が気になって

国民に痛みが伴う対策に躊躇し、どうしても 対応が遅れて 後手後手になってしまうのです。

 その反省に立って、2021年4月以降の第3期では、再び 必要な時には情報発信をするスタンスに

切り替えた。オリンピックに対する無観客開催の提言も、このタイミングでした 」

 

奔流のなかでもがいた「専門家の葛藤」の軌跡

 尾身氏は この第1期において、〈感染が広がれば、医療や検査がパンクする可能性があるのに、

専門家として 何も言わなければ、歴史の審判に耐えられないのではないか。そんなやむにやまれぬ

思いから出た行動でした〉と振り返っている(『奔流』、51~52ページ)。

   “8割おじさん” こと京都大学教授の西浦博氏も、第1期の頃に〈本音を言えば、感染症の流行が

起こっているなかで 決定権限なんて何もないのに責任を問われる。厚労省の中にいて いいことなんて

ほとんどないんです。 ただ、(中略)みすみす流行が広がるのを 黙って見ているわけにはいかな

かった〉と語った(同、24ページ)。

 

 この第1期は、政治家や厚労省が 積極的な発信を躊躇する中で、専門家が前に出ざるを得なかった

時期だとも言える。広野氏は こう指摘する。

 

  「 コロナ禍の日本では、政治家が 国民の反発を受けるような政策決定をできなかった。そのなかで

感染症の専門家たちが、私権制限をせずに 感染流行を抑えるというバランスを取った方法を立案し、

第5波が終わった 2021年11月頃からは 出口戦略を見据えて議論を始めていました。

 2022年5月に立ち上がった『新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議』(座長・

永井良三自治医科大学学長)による検証を読むと、そうした専門家組織に対する疑義は呈しているが、

肝心の政治家の判断に対しては 疑問を呈していない。事実関係も きちんと検証されていない。

   本当に検証されるべきは 何か、何が 教訓になるのかということは、地方自治法の改正案を

含む 次のパンデミックを想定した制度設計を進める前に、立ち止まって考えるべきことではないで

しょうか 」