AI向けデータセンターをつくる!で株価下落

…投資家が見抜いた「シャープの根本的な病」

      2024.5.28    真壁昭夫 | ダイヤモンド・オンライン

 シャープが 堺工場の稼働を停止し、データセンターへの転用を目指すという。しかし、

その実効性は 透明だ。 液晶分野からの撤退は表明しなかった。中小型の液晶パネル事業で リストラ

を実行し、赤字の縮小を目指すという。まだ シャープの先行きを懸念する声が多いのはなぜか。

                                                                     (多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

鉄鋼 → 液晶パネル → データセンター?
大阪・堺工場の栄枯盛衰

 5月14日、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のシャープは、大阪府にある堺工場の稼働停止を

発表した。この工場は、テレビ向け 大型パネルの最新鋭工場として設立されたが競争激化に勝てず、

今秋に生産を停止し データセンターへの転用を計画している。

 

 実は、堺工場の役割が変化するのは 今回が初めてではない。わが国の高度成長期、堺工場の地では

八幡製鉄(現日本製鉄)が 製鉄所を運営していた。 1990年初めのバブル崩壊などで 鉄鋼業界の

国際競争力が低下し、八幡製鉄は 合併を重ね 現在の日本製鉄になった。それに伴い、堺製鉄所は

役割を終えたのだ。

 その後 2007年、シャープが 堺製鉄所の用地を取得したことで、製鉄所が 大型液晶パネル工場に

変わった。そのわずか数年後、リーマン・ショックが発生して 世界中が不況に陥った。

一方で 中国のパネル産業は 政府の支援もあり、急速に競争力を高めた。しかし、シャープの液晶事業

は 競争力を失った。堺工場の歴史は、世界の産業構造の変化を物語っている。

 

 結果的に、シャープは 成長戦略を転換することができなかった。今後、AI分野の成長が加速する

など、世界経済の構造変化のスピードは 加速するだろう。企業は、迅速に経営資源を再配分すること

ができるか、これまで以上に 具体的なビジョンを持つことに迫られている。

シャープの栄枯盛衰は、他社にとっても 決して他人事ではない。

 

シャープ「亀山モデル」は なぜ凋落?
2023年、中国勢のシェアは…

 堺工場の役割は、鉄鋼から電機産業、そして データセンターへ変わろうとしている。まさに、

産業構造の変化と同調して シフトしていく。その歴史を振り返ってみよう。

 

 1950年代の半ばから 70年代の高度成長期、わが国の石油化学、機械、造船など重化学工業が

発展し、鉄鋼需要も伸びた。旧八幡製鉄所の堺製鉄所が建設され、65年に 堺製鉄所の第1高炉、

67年に 第2高炉に火が入った。 製鉄所の生産能力拡大は、わが国 鉄鋼業の国際競争力の向上に

寄与した。

 しかし、70年代以降、鉄鋼業界の事業環境は 段階的に厳しさを増していった。

73年、第1次オイルショックが発生し、原油価格は 上昇した。85年、プラザ合意が成立すると

為替市場で 円高が進行した。 中国や韓国、インドなどの鉄鋼メーカーが成長する一方、

わが国鉄鋼メーカーの国際競争力は低下した。

 そうして 90年、堺製鉄所の高炉は 休止した。鉄鋼メーカー大手は 経営統合を進め、リストラを

強化。ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)などに用いられる 高付加価値製品の生産技術を

磨き、生き残りを図った。

 

 片や、産業構造の変化は シャープの堺工場にも鮮明に見られる。2007年に シャープが 堺製鉄所

の跡地を取得し、リーマン・ショック後の09年から 堺工場を稼働。 

04年に生産が始まった「亀山モデル」で、薄型テレビのトップシェアを手に入れた同社は、堺工場建設

で 事業規模の拡大を目指した。

 ところが、堺工場の稼働後、リーマンショックもあって シャープの業況は急速に悪化した。

韓国、台湾に続き 中国勢も 日本から製造技術を吸収した影響もあるだろう。中国政府は、

京東方科技集団(BOE)などに 補助金や土地を供与した。中国勢が価格競争力を付けたことで、

シャープの優位性は低下した。

 その後 23年、世界のテレビ用液晶パネル市場で、中国の BOE、華星光電(CSOT)、恵科電子

(HKC)の3社が 計65%のシェアを握っている。価格競争は激化し、シャープは生産すればするほど

赤字が拡大する状況に陥った。こうして 堺工場の大型パネル生産は幕を下ろすことになった。

 

シャープに「実行力」は あるのか
中小型の液晶パネルで リストラ必至

 今後、シャープは 堺工場をデータセンターへ転用することを検討している。背景にあるのは、

AI分野の発散的 かつ 加速度的な成長への期待だ。ビッグデータを使った深層学習の強化で、

AIの性能は飛躍的に向上する。そんな AIのトレーニングセンターとして、データセンターの建設

が 世界で急増している。

 データセンター需要は高まりこそすれ、低下することはないだろう。シャープは 内外の有力IT企業

と連携して、データセンターの建設を検討するとみられる。それに伴い、高性能サーバーの運用体制

を整備することも必要だ。 シャープは データセンターの処理能力を高め、収益性を高めるのに必要な

資金を捻出するため、資産売却も強化するだろう。

 

 重視したいのは、この戦略の実行性だ。実は まだ、不確実な部分も多い。シャープは 5月14日、

24年3月期の決算を発表する場で、液晶分野からの撤退は 表明しなかった。 スマホ、車載用など

中小型の液晶パネル事業でリストラを実行し、赤字の縮小を目指すという。同社が、液晶事業の傾注

を解消することは 容易ではなさそうだ。

 

 一方、世界の産業構造の変化は 加速している。スマホ需要が飽和したことで、大型から小型まで、

世界全体で 液晶パネル分野の競争が激化している。 例えば  20年3月、韓国のサムスン電子は 

テレビ向け大型液晶パネルから撤退方針を表明した。

 世界全体で、データセンター運営に必要なAIチップの供給が需要に追い付いていない。

堺工場が データセンター転用を目指すのは意義のあることだ。しかし、シャープという企業の実態、

液晶事業の傾注度から、その実現は それほど簡単ではないだろう。

 

 今後の展開次第では、中小型パネル事業のリストラに時間がかかる恐れもある。強烈な経営風土で

知られる 鴻海が買収しても、シャープを経営再建することは難しかった。シャープの先行きを懸念

する主要投資家は多く、堺工場の生産停止発表後、株価は下落した。

                                                                      ※5月27日現在、株価はやや回復傾向

ジャパンディスプレイ10年連続で 最終赤字
東芝は リストラしても成長性に疑問符

 日本企業にとって、産業構造の変化への対応が 一大課題となっている。1990年代以降、ビジネス

のグローバル化は加速した。米企業は 高付加価値型のソフトウエア開発に集中し、製品の生産を

中国や台湾の企業が受託して 国際分業体制が構築された。

 一方、中国政府は 幅広い分野で産業補助金政策を強化した。特に EV、車載用バッテリー、

太陽光パネルなどの分野で、米欧が 対中関税を引上げなければならないほど、中国企業の価格競争力

は高くなっている。

 

 そうした中、シャープは 研究開発から生産、販売管理まで一貫した総合戦略を構築するのに 頓挫

した。結果的に、韓国、台湾、中国勢との競争力は拡大し、同社の大型液晶パネル生産は 停止に

追い込まれた。

 今後、AI分野の成長は 加速する。先端分野を中心に 米中対立が先鋭化するリスクは高い。

産業構造の変化は よりダイナミックに進むはずだ。変化に対応できない企業の生き残りは 一段と

難しくなる。

 

 変化への対応が遅れる経営に致命的だ。例えば、東芝、ソニー、日立製作所の液晶パネル事業を

統合した、ジャパンディスプレイ(JDI)の収益力の低下が 深刻である。24年3月期まで 10年連続

で 連結最終損益は赤字だった。

      ジャパンディスプレイ社:産業革新機構の主導で設立。ソニー・東芝・日立の3社の

         ディスプレイ部門を事業子会社として引き継ぐ形で誕生、2012年4月1日に

         事業活動を開始。2013年4月、ジャパンディスプレイイースト(旧社名・

         日立ディスプレイズ)を存続会社として、ジャパンディスプレイおよび事業子会社

         3社が合併し、各社の統合が完了。2014年3月19日、東証1部に新規上場。

 JDIに パネル事業を移管した東芝は、米ウエスチングハウス買収や不適切会計問題で、自力経営

に行き詰まった。東芝は 27年3期までに 国内従業員を最大4000人、削減する計画という。業績悪化

を リストラで何とか食い止めようとしているものの、今のところ 新たな収益の柱が見当たらない。

 

 企業は、どのように成長を実現し、収益を持続的に増やせるか、これまで以上に具体的なビジョン

を持つことに迫られている。成長性の高い分野へのアクセスを保ち、迅速に経営資源を再配分する

ことができるか、常に 検討することが求められている。

   収益源の多角化、財務・事業両面でのリスク分散が、企業の長期存続を支える。シャープ堺工場の

液晶パネル生産停止は、他社にとっても 決して他人事ではないはずだ。