なぜ「日本」は「アメリカ軍の基地」になったのか

…戦後、アメリカが「日本」を従わせるために使った「最強の武器」

                    2024.05.28      (矢部 宏治) | 現代ビズネス 

 

アメリカの持つ最大の武器

アメリカの公文書を読んでいて いつも感じるのは、

「 戦後世界の歴史は、法的支配の歴史である 」

ということです。

 

   とにかく アメリカでは 国務省の官僚だけでなく、大統領から将軍たちまでが つねに「法的正統性」

についての議論をしています。もちろん それは「法的公平性」の意味ではなく、国際法の名のもとに、

相手国に どこまで自分たちに都合のいい取り決めや政策を強要できるか、また それが どれだけ

国際社会の反発を招く可能性があるかということを、常に議論しながら政策を決めているということ

です。

    他国の人間を 24時間、銃を突き付けて支配することはできない。けれども「 国際法→条約→

国内法 」という法体系でしばっておけば、自分たちは 何もしなくても、その国の警察や検察が、

都合の悪い人間を 勝手に逮捕してくれるので、アメリカは コストゼロで 他国を支配できる。

戦後世界においては、軍事力ではなく、国際法こそが 最大の武器だというわけです。

 

国連憲章の43条と106条を使ってクリアする

 日本占領において「青い目の将軍」とよばれたマッカーサーもまた、その権力の源泉は 軍事力

ではなく、ポツダム宣言にありました。 日本が降伏にあたって受け入れた この13ヵ条の宣言を

法的根拠として、彼は 日々、あらゆる命令を出していたのです。

                                                            ポツダム宣言 - Wikiwand

   しかし そのポツダム宣言には、占領の目的が達成されたら「 占領軍はただちに撤退する 」と

明確に書かれているわけです(第12項)。これは 大西洋憲章以来の「領土不拡大」という大原則に

もとづく条項なので、マッカーサーといえども、それを根拠なく 撤回することはできません。

 

   一方、アメリカの軍部は、日本に基地を置き続ける保証がない限り、平和条約を結んで 日本を

独立させることには 絶対に賛成しない。

その極めて難しい問題を、いったい どうやって クリアすればいいのか。

   ここで もっとも重要なことは、朝鮮戦争の勃発という世界史的な大事件を受けて、ダレスが

すばやく考えだし、マッカーサーに教えた基本方針が、その米軍基地の問題を、

「 国連憲章の43条と106条を使ってクリアする 」(「6・30メモ」)

というものだったということです。

                                               国連憲章テキスト | 国連広報センター 

   思えば それは「戦後日本」にとって、もっとも重要な瞬間だったといえるでしょう。

その後、現在まで続く「 この国のかたち 」が、このとき決まってしまったからです。

 

   ここでは その複雑な法的トリックについて、できるだけわかりやすく説明するつもりですが、

さらにお知りになりたい方は、『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』を ぜひお読み

ください。

 

ダレスの使った法的トリック

 国連憲章43条というのは、結局は 実現しなかった「正規の国連軍」についての、もっとも重要な

条文です。そこでは すべての国連加盟国が、国連安保理とそれぞれ独自の「特別協定」を結んで、

国連軍に 兵力や基地を提供し、戦争協力を行う義務を持つことが定められているのです。

    第43条

     1.国際の平和及び安全の維持に貢献するため、すべての国際連合加盟国は、安全保障理事会の要請に基き

         且つ 1又は2以上の特別協定に従って、国際の平和及び安全の維持に必要な兵力、援助 及び便益を安全保障理事会

         に利用させることを約束する。この便益には、通過の権利が含まれる。

      2.前記の協定は、兵力の数 及び種類、その出動準備程度 及び一般的配置並びに提供されるべき便益 及び援助の

         性質を規定する。

       3.前記の協定は、安全保障理事会の発議によって、なるべくすみやかに交渉する。この協定は、安全保障理事会

         と加盟国との間 又は 安全保障理事会と加盟国群との間に締結され、且つ、署名国によって各自の憲法上の手続に

          従って批准されなければならない。

   一方、106条というのは、そうした国連軍が実際にできるまでのあいだ、安保理の常任理事国

である五大国は、必要な軍事行動を 国連に代わって行っていいという「暫定条項」です。

これは 本来、短期間だけ有効な過渡的な条項として 国連憲章に書かれたものだったのですが、

その後、国連軍が いっこうに成立しない状況のなか、五大国に 非常に大きな特権を与える条項と

なったため、そのまま削除されずに残ってしまったわけです(現在でも依然として残っています)。

     第106条

          第43条に掲げる特別協定で それによって 安全保障理事会が 第42条に基く責任の遂行を開始することができる

          と認めるものが効力を生ずるまでの間、1943年10月30日にモスコーで署名された4国宣言の当事国 及びフランス

          は、この宣言の第5項の規定に従って、国際の平和 及び安全の維持のために必要な共同行動を この機構に代って

          とるために相互に及び必要に応じて他の国際連合加盟国と協議しなければならない。

 

   このふたつの条文を組み合わせて解釈すれば、占領終結後も 米軍が日本に駐留し続けることは

法的に可能ですと、ダレスはマッカーサーに提案したのです。

つまり、「 国連加盟国は、国連軍に基地を提供する義務を持つ 」という43条を、106条という

暫定条項を使って読みかえることで、日本は 国連軍ができるまでのあいだ、「 国連の代表国としての

アメリカ 」に対して 基地を提供することができるというのです。

   つまり 日本が「 国連の代表国であるアメリカ 」とのあいだに、「 国連軍特別協定の代わりの

安保条約 」を結んで、「国連軍基地の代わりの米軍基地」を提供することは、国際法上は合法ですと、

ダレスは マッカーサーに説明したわけです。

 

    マッカーサーはその提案に全面的に賛同し、「 これなら 日本人も受け入れやすいだろう 」と

語ったと、「6・30メモ」には書かれています。

その結果、日本政府のコントロールが いっさい及ばないかたちで「 国連軍の代わりの米軍 」が

日本全土に駐留するという、日米安保の基本コンセプトが誕生することになったのです。

現在の日米間の あまりに異常で従属的な関係の根底には、この「アメリカ=国連」「米軍=国連軍」

という法的トリックがあるのです。

 

   さらにいえば、この法的トリックを受け入れてしまった場合、国連憲章43条が 加盟国に提供を

義務づけているのは、基地などの「便益」だけではなく、「兵力」や「援助」の提供も 同じく

義務づけているので、最終的に アメリカは 日本に対して、あらゆる軍事的な支援や兵力を提供させて、

それを 米軍の指揮のもとに使う法的権利を持っているということになります。

 

   朝鮮戦争で米軍が敗走を続けるさなかですから、おそらく ダレスも必死だったのでしょう。

このような 通常では絶対にありえない、まさに 詐欺同然のグランド・デザインにもとづいて、

その後の日米の軍事的関係がスタートしてしまうことになりました。

   そして 本当に信じられないことですが、それから 70年近くの時を経て、いまそのときのダレスの

グランド・デザインが、すべて現実のものになろうとしているのです。