情報化社会の進展がエネルギー消費に与える 影響(Vol.1)

         グリーン IT の世界的動向と 産総研が取り組む意義、分野連携

 
                  高柳寛樹   2022.06.28
 夏の電力安定供給が厳しい状況にあるとして、政府が 7年ぶりに全国の家庭や企業に対する
節電要請をした。背景には ウクライナ情勢があり、G7各国で足並みを揃えたロシアへの経済制裁
の一環で、日本政府も ロシアからの原油輸入を禁止する判断をしたことが大きいとみられる。
   一方、現在 国内の原発33基のうち、29基が運転停止中であり、太陽光や風力といった再生可能
エネルギー由来の電力への期待が ますます高まる。今や、国内の発電電力量に対する自然エネルギー
の割合は 2割を超えているが、太陽光発電は 天候に左右される側面や蓄電の課題がある。
 
    電力の安定供給や消費のあり方について、これまで以上に考える必要がある夏となりそうだが、
このトピックについて IT前提経営®︎ブログで書く理由はただ一つ、世の中のDXとの関連である。
昨今のデジタル化が、エネルギー消費の側面から語られることは少ないが、実は デジタルは 大量の
電力を消費している。今回は このことについて、SDGsの観点からも考えていきたい。

     従来は ユーザーが手元のコンピュータで利用していたデータやソフトウェアを、ネットワーク経由
で利用する クラウドサービスが一般化し、政府も 2017年に「クラウド・バイ・デフォルト」原則
閣議決定した。ご存じの通り、私が提唱するIT前提経営®︎の6大要素の中にも「クラウドサービスの
適切な導入」がある。こうしたサービスを可能にするのは、データセンターの存在だ。
 データセンターには あまたのサーバーがある。サーバーの中には 多数の半導体があることは
ご存じの通りで、それらが演算を行うことによって、大量の熱を放出する。このデータセンターが、
今では 世界中の至る所に設置されていて、今のサイバー空間、つまり 表象としてのクラウドサービス
を実現している。

 このクラウドによって、
デジタルツインが実現され、Facebookは「Meta」と社名変更をして、
とてつもない演算能力を必要とする メタバースに本腰をいれはじめる。このメタバースがらみの銘柄
が 株式市場では活況で、数年後には100兆円に迫るとも言われており、まさに デジタルツインの仮想
の世界の側の拡張により、鈍化してきた世界経済が伸びると期待されている。
 ブロックチェーン技術のように、演算に ものすごく大量の処理能力が必要な技術がインフラ化した
ことで、その上で動く、アプリケーションとしての NFTNon Fungible Token;非代替トークン
や、その結果としての仮想通貨も、多数生まれた。これらすべては そのクラウド上の出来事である。

  こうした中にあって、昨今では 手元のパソコンのCPUの処理速度よりも、クラウドの処理速度の方
がモノを言う時代になっている。例えば、グーグルクラウドプラットフォーム(GCP)や、アマゾン
が、超大手企業が用意したクラウドの上で、各企業が さまざまなアプリケーションを開発する時代に
完全に突入した。 つまり、それらのアプリケーションのスピードは、まさに クラウドの力量次第
なのだ。

   ブロックチェーンも同様で、仮想通貨の安定運用に必要な
「マイニング」のための機器( マイニング
マシーン )も世界中で 大量に電力を消費している。デジタルツイン、Web3ソサエティー5.0といった、
DX化した世界の こうした「副反応」について、果たして どれほどの人たちが認識し、あるいは
問題意識を持っているだろうか。 かつてAI(人工知能)の電力消費について指摘されたことが
あったが、そもそも AIがサービスの基盤としているのは 今の時代、クラウドで、その実態である
データセンターが大量の電力を消費している

    「 日本データセンター協会(東京・千代田)によると、
大型の設備で 1カ所当り10万kw規模の
電力供給が必要となるという。単純換算で 原発0.1基分 」(『日本経済新聞』デジタル版、
2021年5月13日)であり、先の見通しとしては、「 科学技術振興機構の低炭素社会戦略センターの
推定では、現在のサーバーの性能などを前提にした場合、データセンターの30年時点の電力消費
(世界)は 3000テラ(テラは1兆)ワット時に膨らむ。足元のデータセンターの世界電力消費は
200テラワット時程度とされ、現在から 15倍程度に膨らむとの試算 」(『日本経済新聞』デジタル版
、2022年1月23日)が出されている。
    二酸化炭素の排出量に関しては、「 データセンターの電力消費量は、さまざまな消費者の中でも
最大級で、世界の電力の2%を消費しており、航空業界全体と ほぼ同量のCO2を排出しています。
また、その電力消費量は、4年ごとに倍増し続けており、IT業界の中でも二酸化炭素排出量が急速に
増加している分野となって 」(『Western Digital Japan Blog』、2021年12月10日)いるとの考察
もある。

   こうしたことは 当然、
カーボンオフセットに逆行する。燃費の改良などは続けつつも、どうしても
排出量を抑制できない部分は、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動へ投資することで「相殺」
する。これを 環境省は 上場企業に課し、上場しようとする企業にも、監査法人が その達成度を確認
する可能性が将来ある というようなことを以前ブログでも書いたが、クラウドのサービスベンダー
やインターネットのプロバイダーだから問題がなくて、配送用のトラックを多数所有している会社
だからだめだということではなく、同列に考えなければならない。

   ところで、興味深い話題がある。ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が、直近行った同社の
決算発表の中で、資本参画している英半導体設計企業Arm(アーム)への投資について「攻めの領域」
として語っている。かつて 米半導体企業への売却を計画していたが、独禁法への抵触を指摘され
叶わなかった。アームの半導体は、インテルやAMDという超大手と比べ、処理速度が遅いと言われ、
同社が買収した際も批判されていた。

   一方で、IoT(モノのインターネット)の時代は、必ずしも半導体のパワーが必要ではない側面を
持ち合わせている。例えば 我々が使うパソコンでは、マルチタスクを前提としている。従って
複数のアプリケーションを使って 重い処理をしようとすると、もう少し処理速度が欲しい時がある。
そこで、パソコンは マルチコアになり、8コア、10コアといったものが出てきて、コアが増える
ことによって 半導体の需要は増えていく。そこへきて、先ほど述べた 電力消費の問題がある。
クラウドが 大量の電力を消費しているので、サーバーに沢山載っているチップ(半導体)あたりの
電費が考慮される時代になってきた。ところが、アームの半導体は、パワーは そこそこだけれど
電費がいいというのが孫氏の主張だ。要するに パーワットアワーの処理速度という点では、インテル
を抜いて 圧倒的にアームが強いという主張がそれだ。

 IoT時代、さまざまな場所に センサーが設置され、自動車にも 何十個というセンサーが取り付け
られている。例えば 自動運転を司るものであれば、ミリ波レーダー、複眼カメラ、LiDARセンサー
などから集まるデータを処理するのに、アームが デザインした半導体は適しており、事実、同社は、
先進運転支援システムや車載インフォテインメントにおける市場シェア(2019年)が75%である
と発表している。
   過大な処理速度よりも「電費」。電力供給の不安定さも相まって、そういう特徴が注目される時代
になっているのが興味深い。

   かくいう私も プラグインハイブリッド車(PHEV)に乗っている。 エンジンを使わずに4、50キロ
走ることもできるので 燃費が良いとされている。長野県白馬村の自宅に帰ると 車庫で充電するのだが、
電化の難しさを痛感する。前輪は ガソリンで動き、後輪は 電気モーターで動く仕組みなのだが、
結局 冬の間は 雪道を走るために 4輪駆動が必須で、ガソリンを使わざるを得ない。充電にしても、
一般的な40アンペアだと ブレーカーが落ちるので、60アンペアで契約をし直した。すると電気代が
年間 5、6万円は最低でも上がる。さらに、リチウムイオンバッテリーを大量に積んでいるため重量が
あり、タイヤの消耗も早いし、そもそも 重量級なので、燃費も さして良くない。
   つまり、私の車は 脱炭素化に貢献しているかどうか不透明で、少なくとも 私の財布には 優しく
ない。一体 何を持ってエコと言い、何を持って カーボンオフセットへの貢献と言うのだろうか。

   こういった状況の中、国は 自動車の
EV化を進めようとしている。ヨーロッパでは 急激にEVシフト
が進んで 2035年までに ガソリン車の新車販売を禁止する方向に動いており、日本でも 前政権下、
   これに対して、豊田章男・日本自動車工業会会長が怒りの会見をしたことは記憶に新しい。
その内容が、脱炭素化=電化(BEV化=Battery Electric Vehicle)という目標と、電力供給の
キャパシティとの関係で考えさせられる内容なので、最後に 少し触れておく。

  「 夏の電力使用ピーク時、乗用車400万台が すべてEV車になった場合は 電力不足になり、
解消には 発電能力を 10から15%増やさないといけない。原発で プラス10基、火力発電なら
プラス20基必要な規模 」
充電インフラの投資コストは 14兆円から 37兆円。自宅のアンペア増設には 10から20万円、
集合住宅なら 50から150万円、急速充電器の場合 平均600万円の費用がかかる 」。
   豊田会長は、具体的な数字を挙げながら、脱ガソリンへの性急な移行が 企業にとっても 一般の
人たちにとっても 相当な負荷となっている点を、痛烈に批判した。

    電力供給の問題は、ウクライナ情勢により逼迫したものとして認識されているが、考えてみれば、
ウクライナ以前から足りていなかった。テレワークによって 二酸化炭素の排出が抑えられたと
都市伝説のように言われたことがあったが、クラウド側で CO2を大量に排出している事実は あまり
報じられない。

 「 カーボンニュートラルに対しても、国のエネルギー政策の大転換が必要だということを認識
しつつ、我々自動車業界は 積極的にチャレンジする 」。豊田会長は 会見でそう宣言した。
車を EV化すれば エコ、とか、業務をDX化すれば 効率的、という単純な話ではない。
脱炭素化も DXも、どちらも時代の要請であることには間違いないが、より丁寧な議論をしない限り、
どちらも良い方向には進まないだろう。