ドイツ政府が「AfD潰し」に王手か…!? 

欧州議会選挙直前にAfDの筆頭候補者事務所で「中国スパイ」が逮捕され

                     2024.05.03          (川口 マーン 惠美) | 現代ビジネス 

 

欧州議会選挙の戦いを前に

   ドイツでは 長らく、中国のスパイ行為などは ほとんど報じられなかった。ところが 最近、

立て続けに 中国スパイに関する報道があり、 4月22日には、中国系ドイツ人、ジアン・Gが捕まった

ことが大きく報じられた。

     G(43歳)とは 何者なのか?

   報道によれば、中国生まれの Gは、2002年から09年までドレスデン工科大学に在籍。卒業後は

ビジネス界におり、13年には ドイツ国籍を取得。そして、19年から逮捕までは ブリュッセルの

欧州議会の、ドイツ人議員の下で働いていた。

   ドイツ連邦検察庁によれば、Gを通じて 欧州議会の情報が 中国に流れていた可能性が大だという。

なぜ、このニュースが 大きく報道されたかというと、Gが働いていたのが、AfD(ドイツのための

選択肢)のマクシミリアン・クラー氏の事務所だったからだ。

 

   AfDとは 言うまでもなく、ドイツの全政党が寄ってたかって、何が何でも潰したいと願っている

党だ。そのためには 無視、誹謗中傷、何でも アリ。しかし、それでも 国民の支持は下がらず、

既存政党は 焦燥感を募らせていた。

   一方、2019年に 初当選して以来、欧州議会の一員であったクラー氏は、今年 6月の欧州議会選挙

に、AfDの筆頭候補者として 再び出馬する予定だった。そんな人物の近辺に 中国スパイがいただけ

でも大問題だが、もし、クラー氏自身が 中国と繋がっていたなどということになれば、AfDにとって

も重大なダメージだ。

 

   折しも 欧州議会の選挙戦の火蓋が切られる日が 27日に迫っており、AfDは この事態を放っては

おくわけにはいかなかった。困り果てた 共同党首、クルパラ氏とヴァイデル氏は、選挙戦中、話題

が クラー氏のスパイ問題に集中することを避けるため、5月1日までは クラー氏を選挙活動に参加

させない という苦渋の選択をすることになった。

   飛ぶ鳥を落とす勢いで進むと予想されていた AfDの欧州議会選挙の戦いは、こうして、筆頭候補者

の欠けた不幸な状態で始まったわけだ。

 

ダブルスパイである疑いも

  ところが 26日、『ライプツィガー・フォルクスツァイトゥンク』紙が思いがけないスクープを

放った。Gが 2007年より18年まで 11年間も、旧東独ザクセン州の憲法擁護庁で、非公式協力者

として働いていたというのだ (憲法擁護庁とは、国内向けの諜報機関)。

 

  さらに その翌日、今度は、当局の内部資料を入手している という『ビルト』紙が、G の01年の

渡独から逮捕までの 23年間の経歴を年表にし、顔写真入りで詳しく報じた。ビルト紙は ドイツ最大

の発行部数を誇る大衆紙だ。

   それによると、Gは 在学中の 07年、BND(連邦情報局・国外向けの諜報機関)に接近、中国

についての情報提供を申し出たという。しかし BNDは、Gが 中国スパイである可能性を疑い、採用

しなかった。ただ、BNDは Gの存在を、ザクセン州の憲法擁護庁に知らせたという。国内の諜報には

使えると思ったのだろうか。

 

  すると 本当に、ザクセン州の憲法擁護庁が Gに接触。07年12月、Gは 同庁の非公式情報提供者

となった。非公式というのは、いわば 専業ではないスパイだ。そして、Gの役目は 中国スパイの探索。

特に、ドイツに亡命している中国の民主活動家を探っている 中国共産党のスパイを見つけること

だったという。ちなみに Gは 本業として、中国製の LEDランプの輸出入の会社を持っていた。

   14年になると、Gは 若き政治家、兼弁護士であるクラー氏に接近した。当時のクラー氏は まだ

AfDの党員ではなく、CDU(キリスト教民主同盟)の政治家(AfDに移ったのは 16年)。

しかも 興味深いことに、Gの方は 当時、社民党の党員だった。つまり、社民党も CDUも、Gに 

スパイされていた可能性がある。

 

   さらに 15年になると、やはり Gが 中国スパイであるという疑いが強まってきたという。しかし、

調査の結果、「 ダブルスパイである疑いは、固まることも、消えることもない 」として、Gは

そのまま泳がされた。ザクセン州の憲法擁護庁が ようやく Gを情報提供者から外したのは 18年。

ただ、その後も 監視は続いた。

   一方、2019年5月、クラー氏が AfDの議員として 欧州議会の議員に当選した。14年ごろから

続いていた Gとの関係もあったのか、氏は まもなく “ EUと中国の友好団体 ” の副会長に就任。

また Gは Gで、ドレスデンで 中国のロビー活動を主目的とした “ 新シルクロード ”を組織した。

 

   Gが 正式に クラー氏のチームに入ったのは 同年9月だ。クラー氏が 欧州議会の国際貿易委員会に

所属していたこともあり、Gを採用したこと自体は、別段 不自然なことではなかった。

ただ、ビルト紙によれば、連邦の憲法擁護庁は、Gが クラー氏の下で働くようになって以来、監視

をさらに強めていたという。

 

なぜ、このタイミングで逮捕したのか

   さて、問題は ここからだ。この話には 不可解なことが 山ほどある。

まず、解せないのは、ドイツ当局は 17年も前から Gが何者かを察知しており、中国スパイの疑いも

あったというのに、なぜ、Gは 欧州議会の職員になれたのかということ。欧州議会の職員になるには、

かなり厳しい身元チェックがあるはずだ。

   それどころか 連邦の憲法擁護庁は、欧州議会での Gの一挙手一投足を把握していたという。

それなのに、なぜ、検察庁は 今ごろになって Gを拘束し、欧州議会の情報が 中国に流れていた可能性

など指摘しているのか? 逮捕する気なら、それまで いくらでも 時間はあっただろう。

 

   そもそも クラー氏も、Gが スパイかもしれないと警告されていれば、Gを採用することはなかった

はずだ。しかし 現実には、誰も それをクラー氏に知らせず、Gは 氏の下で5年間も働いていた。なぜ?

 

   ここで 自然に思いつく答えは、欧州議会のGは、AfDを探っていたのではないか ということだ。

AfD撲滅は、社民党の仕切る 連邦内務省(憲法擁護庁の上部組織)にとっての宿願であるし、

ザクセン州では AfDは すでに第1党で、それが 同州の憲法擁護庁の悩みの種でもある。そのAfDの

中枢に入り込めた Gの存在は、彼らにとっては この上なく貴重なものだったのではないか。

 

   しかも、逮捕のタイミングも ピッタリくる。欧州議会選挙の選挙戦の開始直前にぶつけられた

逮捕劇で、現在、AfDの主席候補者は あっけなく無力化されている。

こうして 突然の危機に見舞われた AfDだが、彼らが これを静観するはずはなく、4月29日、

ザクセン州内相のアーミン・シュースター氏に対し、同州の憲法擁護庁とGとの協力関係についての

徹底開示を求めた。当然、AfD は、州の内務省が AfDを弱体化するため Gを活用したと見ている。

 

   ちなみに 私は、AfDについては 流布されているような 反民主主義の極右党だとは思っていないが、

ただ、クラー氏の政治家としての資質に関しては 納得できないことも多い。世間には たまに、自分が

男であるだけで威張っている人間がいるが、氏の言動には しばしば その傾向がある。

   また、ビルト紙によれば、クラー氏は 議員になった直後に、Gのアレンジで 北京へ飛んでいるが、

その航空運賃は、ファーウェイ、及び CNPC(中国石油天然気集団)などが負担したという。

これが 真実だとすれば アウトだし、その後 5年近くの間に、他にも 中国との間に金銭のやり取りが

あっただろうと思われても仕方がない。

 

今回ばかりは絶体絶命か

    今、AfDの幹部は、クラー氏を 欧州議会選挙の筆頭候補に据えたのは失敗だったと思い始めている

のではないか。

実は 4月初め、やはり 欧州議会選挙に打って出ている2番候補者であるペータ・ビストロン氏にも、

突然、“ ロシアに買収されている ”というスキャンダルが 降って沸いた。ただ、これについては

クルパラ党首は、「 証拠がない 」と撥ねつけた。

   ところが クラー氏に関しては、「 買収された人間は処分されるべき 」と一般論を述べただけで、

積極的に庇う気配はなかった。

 

   いずれにせよ AfDは、選挙戦が始まった途端、本来なら 堂々と披露すべき 筆頭候補者を隠さな

ければならない という苦しい事態に陥っている。

そして、政府、及び その他の政治家が、これで AfDの息の根を止められるかもしれないと 大いに

期待していることは、火を見るよりも明らかだ。すでに クラー氏の浮沈など問題ではない。

 

   なお、今後の進展だが、Gも かなり怪しそうな人物なので、今後、起訴されたとしても、

司法取引を持ちかけられれば さっさと それに乗り、ドイツ政府に 都合の良い証言をする可能性は

高い。Gは すでに ドイツ国籍を取得しているから、北京へ送還される心配もないし、それで 減刑、

あるいは 無実となれば御の字だろう。

  AfD潰しに関しては、これまでも信じられないことが 山ほどあったが、彼らは いつも生き延びて

きた。しかし 今回の事件では、支持率を 突然2%も下げた。完全な王手だ。

ドイツにおける 欧州議会選挙の投票日は 6月9日。それまで まだ一波乱あると想像する。