おかしいと指摘しただけで懲戒に

…20年ぶりに東京からUターンした新人議員が見たヤバすぎる地方議会の実態

        柴田 優呼(しばた・ゆうこ) アカデミック・ジャーナリスト

               2024.04.19   PRESIDENT WOMAN Online

 地方議会における女性議員は 増加傾向にあるものの、政令指定都市の市議会で 21%まで増えた

のに対し、町村議会では 12%と伸び悩んでいる。そんな中、4年前に湯河原町議会にトップで初当選

した土屋由希子議員は、「秘密会」で 税金滞納者リストが配布されていたことを問題化して懲戒処分

を受け、激しいバッシングに遭った。

   しかし、辞職後、2024年3月の町議選で 再びトップ当選した。土屋議員に取材した柴田優呼さん

は「 忖度せず質問する女性議員に圧力をかけるような古い体質を変えないと、地方議会の未来はない

という――。

 

のどかな 「温泉とみかんの町」の議会で慣習化していたこと

   日本の民主主義は「 お任せ民主主義 」と言われる。特に 地方選挙では投票率が低く、無投票当選

も珍しくない。選挙が終わったら、後は 当選した政治家にお任せだ。

でも、そうした「お任せ民主主義」を放置した結果、一体 どんな事態になっているのだろうか

これは、高齢化率が 神奈川県でトップクラスの40%超えで、人口2万3000人の「温泉とみかんの町」、

湯河原町で起きていたことだ。

 

湯河原町では 長年、驚くようなことが慣例的に行われていた。

     1、税金滞納者約2000人のリストが、秘密に 10年間も町議員に配布され、回収も

        されていなかった。
     2、条例で定められた町職員の時間外手当が ずっと支払われず、20年以上も サービス残業

        が続いていた。

          「湯河原町職員の時間外手当、3年間で8200万円が未払い」神奈川新聞、2023年9月16日

 

  特に、1の滞納者リストは、単なる名前と住所の羅列ではない。該当する個人・法人の住民税や

固定資産税、上下水道料金、公営住宅家賃、介護保険料に至るまで、個人情報が こと細かくExcelの

表にしてまとめられていた。紙表紙のファイルで綴じられたA3サイズの冊子になっていて、厚さは

2、3センチもあった。この冊子が 議員に配布された後の行方は、不明。具体的に どう利用されて

いたかも謎だ。

 

新人議員が税金滞納者リストの配布に疑問を呈したら…

   これは問題ではないかと指摘したのが、東京から約20年ぶりに Uターンした新人議員の土屋由希子

氏だ。2020年3月に 37歳で初当選。その年の9月の町議会で、個人情報の保護や地方税法の守秘義務

の観点からどうなのか、問題提起をした。おかげで 町民は やっと、町議会と町が長年、内緒でして

いたことを知ることになった。

   ところが その後、さらに驚くべき展開となった。土屋氏は 秘密を漏らしたかどで、懲罰に処され

たのだ。滞納者リストは 町税についての特別委員会で配られていたが、その時だけ 非公開の秘密会

に切り替えられていた。秘密会の議事内容を漏らすのは 懲罰に値する、というわけだ。

   議会での陳謝を求められ、土屋氏が拒否すると、今度は 出席停止処分になった。その上、土屋氏の

懲戒処分が、議会広報誌に 4ページにわたって 大きく掲載され、新聞の折り込みや公共施設や

大型マンションへの配架を通じて、町中に伝えられた。

滞納者リスト漏洩の話は 一切触れられることなく、土屋氏がルールを破ったことだけが特筆された。

土屋氏の署名入りの陳謝文も、本人の同意なく、議会側が 一方的に作成して一緒に掲載された。

 

土屋議員は 「秘密会」の内容を漏らしたと懲戒処分になった

   誰もがおかしいと思うようなことを指摘すると、罰せられるという理不尽。これでは、皆が結託

して黙っていさえすれば、秘密会で 何をしていてもおとがめなしで、誰もチェックできないことに

なる。そんな力を、私たちは 議会に与えているだろうか。

   滞納者リストの配布は、町民の間でも問題となった。市民団体「ゆがわら町民オンブズマン」が

秘密会の議事録の公開を求めたが、町側の答えはノー。

以後、訴訟に発展する。市民団体は 2021年4月、横浜地裁に提訴し勝訴。東京高裁も町側の控訴を

却下。ところが 町側は 判決に従わなかった。引き続き 町民側の情報公開請求を拒否。司法判決すら

無視するという事態だ。やむなく 市民団体側は 2023年1月に もう一度提訴。今年3月 再び横浜地裁

で勝訴した。全く同じことが繰り返された結果、町側は とうとう今月、控訴を断念した。

 

   元々、秘密会にされていた町税委員会は、税金滞納対策のためのものだった。なのに、何度も

繰り返された町側の高額な裁判費用は、税金から支払われるという皮肉。「 控訴断念で、これ以上

税金の無駄遣いをしなくてよかった 」と市民団体側が語ったほどだ。

その間、さすがに個人情報は伏せ、滞納額の上位とその人数を税目ごとに示す形に変わったというが、

いまだに 何のために、個人情報つきのリストを、秘密会で配布していたのかは不明のまま。

 

議員も追及しない 湯河原町議会の文字通りの「秘密主義」

  市民団体側の弁護をしてきた大川隆司弁護士によると、湯河原町議会は 2011年以降25回にわたり、

この町税委員会で秘密会を開いている。全国の自治体が 約1700あるうち、秘密会の開催は 年20回

程度。「 普通の自治体なら、百年に 1回開くようななもの。湯河原町は あまりに頻繁で異常だ 」

と指摘する。

 そもそも 議会は、公開が原則。秘密会は 憲法に規定があるが、開催は極めて例外的であるべきだ。

一方で湯河原町議会では、多くの自治体で導入済みのネットやケーブルテレビによる議会中継はゼロ。

今年3月の神奈川新聞の報道によると、4年間の任期中、本会議の一般質問をしたことが 1回以下

という現職議員が半数以上に上る。ゼロだった議員も 4人。うち1人は 18年間1回も質問したことが

なかった。

             「湯河原町議会、一般質問1回以下が半数超え ベテラン議員ほど少ない傾向」

                                                                神奈川新聞、2024年3月26日

  「 働いても 働かなくても、議員報酬は 変わらない。町の議案に反対すると、逆に仕事が増える。

支援を受けている業界団体のため、補助金を獲得する必要があり、町長と仲良くしないと困る場合も

ある 」と、土屋氏は 背景事情を語る。でも、そのために行政にものを言いにくいということになる

のであれば、本末転倒だ。

 

観光客誘致のため 芸妓を呼ぶなど、税金の使い方がズレている

    日本の地方自治は、二元代表制となっている。首長と議員の両方を、住民が直接選挙で選ぶ形だ。

行政の運営が適切に行われているか、審議や議決を通じて 議会でチェックするとともに、議員が

政策提言を行うための制度だ。

   土屋氏自身は、議会や委員会の場で、おかしいと思ったことは どんどん指摘してきた。当選直後は

ちょうどコロナが深刻化し始めた時期。緊急事態宣言が出て、三密を避けようという呼びかけが

行われていた。にもかかわらず、そのさなかに町は、観光客誘致キャンペーンとして芸妓を宴席に

呼べる お座敷券を予算に計上した。

   また、当初のマスク不足が解消して マスクがだぶつき、アベノマスクが批判を受けていたころに

なって、町民一人当たり 5枚の使い捨てマスクの配布も計画。どちらの予算案も 「ずれている」と

思って反対したが、多数決で可決された。

  他にも、道の駅の整備調査費を計上したが、最初からわかっていた課題に対処できずに、案の定

頓挫したり、小さい町で 通勤距離も短いのに、運転手つきの高級車を借り、町長車と議長車として

多額の予算をつけたりと、税金の使い方として 首を傾げることが多々あったという。

 

600万円かけて謎の「 みかんモニュメント 」を作ろうとした

   中でも 驚いたのが、インスタ映えを狙うと言って、みかん箱を乱雑に積み重ねた上に特大のみかん

が乗るというモニュメントを 湯河原駅前に設置しようと、町側が計画していたことだ。

それも、最初は 600万円という費用だけが予算案の中に計上されていた。中身について 議会で質問

しても、町側は デザインも設置場所も、具体的に答えられなかった。

「 民間だったら、こんなプレゼンテーションに予算をおろすことは考えられない 」と土屋氏。

その後 町側が出してきたのが、そのみかんオブジェだったというわけだ。SNSで炎上しかねない、と

結局 プランターのようなものに変わった。

   土屋氏の話を聞くと、私たちの税金がどう使われているか、地方行政と地方議会が どのように

運営されているか、内幕が浮かび上がってくる。だが、忖度せずに意見を述べる土屋氏は、

新人のくせに 」と議会と町の双方からたたかれてきた

   一般質問をするとやじられ、あいさつすると無視され、議会運営委員会で「あの発言は問題」と

他議員から集中砲火を浴びたという。 議案にある内容を確認しようとしても、町職員が答えなかっ

たり、冒頭で触れた、町職員の時間外手当の未払い問題について発言すると、「 地方公務員法の秘密

に抵触する可能性がある 」と、ありえないことを町から言われた、と土屋氏は話す。

 

既存勢力に反発する女性議員は圧力をかけられる

  そうした状況について SNSで発信すると、さらに責められ、圧力をかけられる。「 萎縮させるのが

目的だ 」と土屋氏は考えている。そうしたハラスメントの大半は ほとんど表に出ず、 ブラック ボックス

に入ったままで、外からは わかりにくい

   だが 土屋氏の経験は 特別ではなく、他の議会でも 少なからず起きている。特に女性議員は、

バッシングの対象になりやすい。新人の女性議員が そうやって 圧力をかけられていくうちに疲れて、

次の選挙に出ることを止めてしまう、といったことも稀ではない。

  「政治家=権威がある」「女性=受動的」といった固定観念から外れたものとして 女性の政治家は

捉えられ、嫌悪感や恐怖感を抱かれることがある、と土屋氏は感じている。

   政治分野のジェンダー平等が 世界でも最低水準の日本で、女性議員増は 喫緊の課題。だが、単に

当選したと喜んで終わるのではなく、彼女たちが議員として働きやすい環境に変わっていかなければ

意味がなく、女性議員が いつまでたっても育っていかない状態が続く。

 

議員当選、懲罰、辞職勧告、町長選で敗退という浮き沈み

   町議になってからの4年間、土屋氏はまるでジェットコースターに乗っているかのように、浮き沈み

を繰り返してきた。隣の真鶴町長選を応援していた 2021年、選挙人名簿を手書きで筆写すべきところ

を撮影して問題になり、辞職勧告された。

「 一人で戦っていては、埒があかない 」と2023年4月、町長選にも挑戦した。だが得票は 約4600票

にとどまり、約6200票を取って 5選を果たした冨田幸宏氏に敗れた。 訴訟も負けた。滞納者リスト問題で懲罰を受けたのは名誉毀損だと 2021年1月、町側を提訴。地裁では 勝訴したが、高裁での控訴審

で逆転敗訴。最高裁への上告は 今年3月、不受理に終わった。「 秘密会に対する判断を避けて、議会報

の掲載問題に矮小化した結果だ」と 土屋氏の弁護も務めた大川弁護士。 議会内の少数派いじめに

懲罰制度が乱用されることが 全国的に増える中、最高裁が 2020年、60年ぶりの判例変更に踏み込む

事態に発展している。「 そのこと自体に異を唱えた判決ではない。その足元に達する前の段階で、

小さな問題として処理してしまった 」と大川氏は話す。

 

2024年3月の町議選では ぶっちぎりのトップで当選し復活

   ただ、今年3月の町議選で、土屋氏は 前回に続きトップ当選を果たした。しかも 自ら立ち上げた

「 地域政党ゆがわら 」から出馬した産婦人科医の新人候補、早乙女智子氏を応援しながらの選挙

だった。早乙女氏も 上位入選し、まずまずの結果。ようやく孤立状態から脱し、2人会派となった。

「 裁判では負けたけど、民意は 自分を支持してくれた 」と土屋氏は受け止めている。

 

   土屋氏とコンビを組む早乙女氏は、「 隠されていたことを暴いて、懲罰を受けるなんて絶望的。

民主主義を破壊する行為。でも 土屋さんは しっかり生き延びてきた。今後は いじめのない議会に

するため、見張り役となり一緒に戦う。低迷している日本の国力を盛り上げるのが女性の力 」と話す。

   62歳の早乙女氏は「 女性が置かれている状況がひどすぎる 」と医療現場で ずっと感じてきた

という。医者で終わるのではなく 自己実現や社会貢献をしたいと思い、湯河原町に移住して立候補

した。

   町長選までは 口にしてこなかったが、実は 土屋氏は、湯河原温泉の代表格だった、今は なき

天野屋旅館の支配人だった祖父を持つ。天野屋旅館は 夏目漱石が逗留し、その絶筆となった『明暗

にも登場する由緒ある旅館だ。「 湯河原の旅館を ずっと回してきたのは女性たちだ 」という自負が

土屋氏の中にある。でも「 旅館業の利益を代弁するために 議員になったわけではない 」と言う。

 

少子高齢化の波に抗って 町を活性化できるかが課題

   「 議員が支持組織の利益を代表するタイプの政治は もう古い 」というのが土屋氏の考えだ。

20年後の町を どのようにしたいか、そのために 今 何をしなければならないか、というところから

発想していかないと、高齢化と少子化の進む 湯河原は やがて消滅してしまう、という危機感が

強くある。

   40代となった土屋氏は 湯河原生まれだが、もう 今、湯河原で 子どもが生まれることはない。

既に 町内には 分娩設備があるクリニックも助産院もなく、小田原などに行って産むしかないのに、

その状況が放置されている。「 今、湯河原で育っている子どもたちのために、こんなに頑張って

やっている。自分のためだったら、とても無理 」と、2児の母でもある土屋氏は 話す。

  だが 地元の高齢者と話すと「 自分は もう長く生きないから 」と言われたりする。生まれ故郷で

「お任せ民主主義」を変えようとする彼女のような人材が、今後 どれだけ 若い世代から出てくる

だろうか。そのこと自体が 将来 どんなに貴重なことになる時代がくるか、たぶん 私たちは まだ

よくわかっていない。