「ウクライナに武器を送るのはもうやめよ」

ドイツの左派政治家の主張が右翼からも支持されている理由 

         最大の支援国・ドイツの国論を二分する重大問題 

          2023/03/13  川口 マーン 惠美   PRESIDENT Online

 

超攻撃的で 討論では絶対に負けないカリスマ

  ドイツのザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏は、左派党所属の人気女性政治家。知的で、美人で、

左派・右派を問わず人気があり、しかも、討論になると 超攻撃的で絶対に負けないので、

トークショーでは引っ張りだこ。ちなみに 昨年9月の国会スピーチのビデオは、6カ月でYouTube

での閲覧が 300万回を超えた。おまけに “いいね”が10万以上もついている。一種のカリスマ的存在

と言えるかもしれない。                            サアラ ワーゲンクネヒト ストックフォトと画像 - Getty Images

 

     ただ、あまりにも 自分の意見をはっきりいうため、左派党の幹部とは 折り合いが悪い。

左派党とは、元を辿れば 東ドイツの独裁政党につながるため、国会で議席を持つ政党の中では

一番左に位置する政党だが、ヴァーゲンクネヒト氏は 今や完全に、この自分の巣からはみ出して

しまった。「 出る杭は打たれる 」の典型である。

   それもあり、ここ数年は 個人的な政治活動が多く、自分の政党を立ち上げるのではないか

というのがもっぱらの噂だ。

 

   その ヴァーゲンクネヒト氏が、現ドイツ政権のウクライナ政策に抗議して 立ち上がった。

以前から、ウクライナ戦争の終結が 戦闘で決まることはあり得ず、一日も早く 和平交渉に入るべきだ

と主張してきた氏であるが、この度、ショルツ首相が 攻撃用戦車レオパルト2のウクライナへの供与

を決めたことで、堪忍袋の緒が切れたらしい。

 

武器供与の中止を求める「平和宣言」を発表

 現ドイツ政府のウクライナ政策は どうなっているかというと、社民党のショルツ首相の真意は

さておくとして、公式には 全面支援だ。与党の一つである自民党は 強硬な戦車供与派だし、

もう一つの与党である 緑の党も、これまで40年間、徹底して貫いてきた平和主義をかなぐり捨てて、

なぜか 突然 やはり戦車供与派。 今では 強硬派の最前線で勇ましく徹底抗戦の旗を振っており、

そのうち戦闘機供与を言い出しても 不思議ではない勢いだ。

 

   ショルツ首相には そんな内圧のほか、NATOやEUからの外圧もあり、目下のところ 武器支援、

資金援助以外に道はない。ウクライナを「 "必要な限り"全面的に支援する 」とのことだ。

そんな中、ヴァーゲンクネヒト氏は 2月10日、往年のウーマンリブの闘士アリス・シュヴァルツァー氏

と共同で、武器供与の中止を求める「平和宣言」を発表。

 「 ウクライナでの殺戮を長引かせることが、我々のウクライナに対する連帯であるはずがない 」

として、オンライン署名運動を開始した。

 

   平和宣言の内容をかいつまんで言えば、「 ウクライナが いくら西側から武器を与えられても、

ロシアという核保有大国に勝利できるはずはなく、終戦は 交渉でしかありえない。それなら 武器の

供与はただちに中止し、今すぐ 交渉に舵を切るべきだ。その機会を逃せば、第3次世界大戦、

それどころか 核戦争が起こる危険がある 」というもの。

 

「 反道徳 」「 恥さらし 」「 ロシアから金をもらっている 」

    宣言文の最後には、これに賛同した 著名な学者、作家、俳優、芸術家、ジャーナリスト、

宗教関係者、元EUの欧州委員会の副委員長など、69人の名前が並んでいた。

さらに 両氏は、2月25日のベルリンでの抗議集会を計画、SNS上で 広く国民に参加を呼びかけた。

名付けて「平和のための決起」。

 

  さて、署名の数が どんどん増えていくのを見て危機を覚えたのが、ウクライナの武器供与を推進

している政治家たちだ。そこで 彼らはメディアと共に ヴァーゲンクネヒト潰しに取りかかり、

たちまち氏の周りが炎上した。

  非難の中身は 多岐にわたる。「反道徳」、「恥さらし」、「ロシアからお金をもらっている

プロパガンディスト」といった 無責任なSNS上での誹謗中傷っぽいものもあれば、政治家からは、

「 侵略者は ロシアなのに、和平のために ウクライナが妥協を迫られるのはおかしい 」、

「 ヴァーゲンクネヒトは 加害者と被害者をわざと取り違えている 」、「 必死で戦っている

ウクライナを応援せず、その頭越しに和平交渉を進めるのは、殺された人たちに対する侮辱だ 」

などといった意見が発せられた。

 

「 極右と極左が手を結んだ 」とメディアは総攻撃

    中でも 首をかしげざるを得なかったのは、「 ヴァーゲンクネヒトは AfD(ドイツのための選択肢)

と同じことを言っている 」という非難。これは、「 AfDの主張は 内容が何であろうが 良からぬもの

だから、AfDと意見が重なるヴァーゲンクネヒト氏もダメ 」という、とんでもないロジックだ。

 

   AfDは、ドイツという国家の主権と国益、さらには 文化、伝統などを重んじている。常日頃から、

あらゆる 政治家と主要マスメディアに、極右だ、反民主主義だとして 執拗な攻撃を受けるか、

あるいは 完全に無視されるかのどちらかだが、それにもめげず、国政でも 州政でも 今や 10~30%

の頑強な支持層を形成しつつある。だからこそ どの党からも恐れられ、グローバリストたちには

憎まれている。

  その AfDが やはり、ロシアに対する経済制裁は 愚の骨頂、ドイツ国民を苦しめ、ドイツ産業を

破壊するだけなので、すぐに止めるべきだ と主張しており、また、戦闘ではなく、外交による和平を

求めているところも、ヴァーゲンクネヒト氏らと意見が重なった。 そこで、それを見た 政治家や

主要メディアが、「 ヴァーゲンクネヒトは AfDと距離を置いていない」「 極右と極左が手を結んだ 」

などと、鬼の首を取ったように攻撃し始めたわけだ。

 

「せっかくの平和運動が汚された」という主張も

   さらに 彼らは 平和宣言の賛同者に対しても、「 抗議集会には AfDばかりでなく、ネオナチや

陰謀論者も来る。そんな集会に行って良いのか? 」といった牽制を試みた。

こうなると、当然、怯(ヒル)む人も出てくるはずだった。

 はっきり言って、これら 一連の動きは 言論の自由を侵害するものだと 私は思う。ただ、ドイツには

そう思わない人もたくさんおり、例えば ドイツ福音主義教会の元議長、マルゴート・ケースマン氏

(署名をした69人の有名人のうちの一人)は インタビューで、ヴァーゲンクネヒト氏の平和宣言には

全面的に賛成だが、AfDが 同じ主張をしてきたことは 非常に不愉快だと語っていた。

 

   AfDは 反社ではなく、ドイツ基本法(憲法に相当)で認められた政党である。だから 私には、

彼らが 平和運動に賛同してはいけない理由が 未だにわからないが、ドイツで最高峰にある知識人の

一人が、はっきりと そう言ったのには 少なからず驚いた。

さらに 氏は、「 彼らは この運動を乗っ取ろうとしている 」、「 ナショナリズムを唱える者が平和

を願うのはおかしい 」と主張。要するに AfDの賛同で、せっかくの平和運動が汚されたわけである。

教会が いつも言っている「対話」や「寛容」は、いったい どこへいってしまったのか?

 

    このような発言により、平和デモに参加しようと思った人が、「 私は AfDとは違う 」と言い訳を

しなければならないような状態が作り上げられている。これこそ 異常なことだと感じる。

 

平和を訴えたら右翼で、戦争擁護は左翼?

    さて、2月25日当日、ベルリンは ときどき 強く雪の降りしきる悪天候だった。この時点で、

すでに 署名の数は 60万を超えていた。ブランデンブルク門の前の広場に集まった人は、警察発表

によれば 1.3万人( ヴァーゲンクネヒト氏は 景気良く5万人と発表 )。

  国旗や、「Z」など 戦争のシンボルの持ち込みは遠慮してほしい という主催者側の要望も守られ、

あちこちで掲げられていたのは、「 武器供与よりも外交を 」とか、「 エスカレーションではなく

対話を 」などと書いた手作りのプラカードや、鳩の絵の旗など。

  皆、寒空の中、登壇者の話を静かに聞き、何度も 大きな歓声を送っていた。まさに平和集会だった。

 

 この日のヴァーゲンクネヒト氏のスピーチは ここから確認できる。風の冷たさと、人々の熱気、

そして 氏の情熱が伝わってくる映像だと思う。

   ヴァーゲンクネヒト氏は このスピーチの中で、「 当たり前のことだが、もう一度言う 」として、

「 ここは、ネオナチや帝国臣民の人たちの来るところではない。しかし、平和を願う人たちは皆、

大歓迎だ! 」と強調。 AfDを締め出そうとした ケースマン氏との対比が顕著だった。

 

   そして 聴衆に、「 平和を呼びかける運動が、いったい いつから右(として批判されるように)

になり、戦争に酔いしれることが、いつから 左になったのだ 」と問いかけ、「 ドイツで行われて

いる(AfDと同じだからダメという)レベルの低い議論には、もううんざりだ 」と引導を渡した。

 

平和デモに集まった人は、極右でも極左でもなかった

 確かに、ここに集まった ほとんどの人たちは、極右でも極左でもなかった。彼らは、「 我々は 

武器が人を殺すことを知っている 」「 この狂気をやめさせよう 」というヴァーゲンクネヒト氏の

言葉に共鳴して、雪の中を わざわざやってきた普通の人だ。

   この集会が 極右に乗っ取られているとか、暴力沙汰になるなどと言い、妨害しようとしていた

政治家は 反省すべきだと思う。

 

    ヴァーゲンクネヒト氏は、今のドイツは 国民的な平和運動が必要で、できれば この日の集会を

その第一歩にしたいらしい。私は思う。その運動で 異なった意見の人たちが邂逅し、現在の敵対に

終止符が打たれるなら、ドイツの言論は もう少し自由になるだろうと。

   日本にも 誰か 氏のような志を持った人が現れないか と、微かな期待さえ持つほどだ。

 

   ただ、その一方で、今回の署名運動と抗議集会は、ひょっとすると 氏が 新党を結成するための

プロモーションなのかも知れないという疑いも、チラリと脳裏をめる。どうも 私は政治に失望

しすぎて、政治家を信じることが困難になっているようだ。

ただ、それでも 今、なおも 氏から目を離すことができない私である。