まさかの「EV開発撤退」 アップルが露呈した“異業種参入”という名の巨大リスク

               2024.3.25  中島高広(モータージャーナリスト)

                        Merkmal(メルクマール)

AI開発の遅れと課題

 2024年2月27日、ブルームバーグ発の電気自動車(EV)業界を驚かせる ニュースが世界を

駆け巡った。それは、2014年から 多くの予算と人材を投入して開発を進めてきたアップルの

EV開発計画が、事実上 白紙撤回されることになったというものだった。

   「タイタン」と名付けられたアップルのオリジナルEVは、EVであると同時に、完全な無人運転

を可能にするレベル4の自動運転を目指していた。この流れは、昨今のEVや人工知能(AI)による

自動運転の最終目標でもあった。

 

 この開発が 中止を余儀なくされたという事実は 何を意味するのだろうか。第1報から1か月が

経過したが、続報はない。

 第1報自体は、ジェフ・ウイリアムズ最高執行責任者とケヴィン・リンチ技術担当副社長が連名で、

EV開発部門で働く 約2000人の専任従業員に向けて 社内通達したとされているが、アップルから

正式なリリースはまだ出されていない。

 

 アップルが 自動運転EV開発計画からの撤退を決めた背景には何があったのか。ここでは 複数の

理由が議論されている。

 そのなかでも 最も大きな理由は、安全で信頼性の高い自動運転技術に不可欠なAI技術の開発が

遅れたことだといわれている。アップルは 2017年頃からEVを制御するAIの本格的な開発に着手した。

しかし、当初のAI技術の優位性とは裏腹に、実際の開発はEV本体とともに難航した。特に

コストが増大し、それが次第に アップルの経営を圧迫し始めたことが問題となった。

 

EV市場の現実、世界的な失速

 その結果、2024年1月末には、当初計画されていた レベル4の自動運転を断念し、まずは

車線維持機能などを保証する レベル2+での実用化を目指す計画に変更されたことが報じられた。

EVの商品化も 2026年から2028年に 2年延期された。

 ちなみに、この段階での販売価格は 10万ドル(約1513万円)と報道され、ライバル視されていた

テスラよりもかなり高価だった。また、この価格でも 事業として 十分な利益を確保することが

難しくなっていた。

    ・技術 ・コスト ・開発スピード

すべてが アップルのEV計画にとって問題になっていた。

 

 加えて、ここ数か月で明らかになった 世界的なEV失速も一因といわれている。

 欧州では、欧州連合(EU)主導のEV普及策を自動車メーカーが あからさまに懸念している。

そもそも 推進政策自体に無理があったというのだ。 EVの大市場である中国でも 同様で、

バッテリー生産を含めたEVに必要な資源の確保に 業界全体が疲弊し始めていることは否めない。

 

 このような状況では、多額の資金を投入して 新規参入事業としてEVを完成させたとしても、

事業として利益を確保することはできない。経営陣が意味がない と判断するのも無理はない。

 アップルは EV開発に割いていた人員と予算を、遅れているAI技術の開発に充てる。

ここでいうAI技術とは、自動運転に特化したAIではなく、いわゆる汎用(はんよう)AIだろう。

 

EV市場の現実と失速感

 実際、リアルタイムで会話をする コンシェルジュAI、画像処理・制作AI、文書作成・翻訳AIなど

の分野で、AIの進歩は 著しい。アップルが これらの分野で業界をリードすることは、同社の主力製品

である汎用コンピューターやスマートフォンの市場価値を高める上で極めて有益だ。

 

 思えば、アップルが 2014年頃に自動運転EV市場への参入を決めたのは、その将来性が盛んに

叫ばれていた時期に相当する。しかし、自動車業界以外からの新規参入には 相応のコストがかかり、

開発自体も スムーズに進まなかった。開発そのものは 順調に進まなかった。こうしたことが やがて

同社の経営を圧迫するようになった。これらの要因が重なって、アップルの決断に至った。

 

 EV市場には、自動車業界以外からの新規参入が有利とされた時期があった。それは、旧来の

クルマづくりに縛られることなく、自由に新技術を導入できるからだが、それが可能なのは 市場が

右肩上がりであった場合に限られる。

 

 これまで 世界のEV市場をリードしてきた中国の状況を振り返ってみよう。中国汽車工業協会の

データによると、2023年度の中国におけるEV、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車

(FCV)の生産台数は 958万7000台で、前年度比35.8%増となった。販売台数は 前年度比37.9%増

の949.5万台となった。

 この数字だけを見ると悪くないように思える。しかし、2022年の販売台数は 前年の約1.9倍である。

2021年の販売台数が 前年比約4.5倍と爆発的な急成長を遂げたことを考えると、販売台数は伸びて

いるものの 失速感は否めないのが現実だ。

 そうしたなか、北米や欧州市場では EVからハイブリッド車(HV)への回帰がうわさされるなど、

EVを取り巻く状況は 暗雲すら漂い始めている。

 

リスク回避の決断と今後

   おそらく、アップルが EV開発から距離を置く決断をしたのは、新規参入企業がこうした市場の懸念

に注目しているためだろう。

 もし 自動車メーカーであれば、EVから撤退することで このような急進的なステップを踏むことは

なかった。本業が 自動車メーカーではないからこそ、迅速な判断ができるのである。

見方を変えれば、業界外から EV市場に参入するのは リスクが大きい。

 

 当面は EV開発から距離を置き、より精度の高いAIの開発に注力する。これが将来、他社に買収

されるような 自動運転技術として活用されるのであれば、それに越したことはない。

いずれにせよ、AIで市場をリードすることが当面のビジネス戦略として正しいというアップルの

経営判断は、非常にまっとうなものだ。

 アップルは 今後、EVとどのように関わっていくのだろうか。それとも 完全に手を引くのだろうか。

続報を待ちつつ、状況を見守りたい。