世界屈指の知識人エマニュエル・トッドが断言!

     「西洋はもはや世界の嫌われ者である」  

                   2024.2.11  AERA

 

■ ウクライナ戦争が明らかにした「西側の失敗」

 ―― 現在の世界情勢について、お聞きしたいと思います。ウクライナでの戦争は依然として

  続いており、アメリカ、イギリス、EU、日本などの西側諸国は、多額の軍事、財政、人道支援

  を行っています。

   しかし、報道を見る限り、戦況は 依然として流動的です。あなたは 著書の中で 多くの国が

  中立的な立場にとどまることさえせずに、ロシア寄りに傾いていると述べています。

  また、あなたは 世界的な対立を「 西側 対 東側 」ではなく、「 西洋 対 世界 」であると

  表現しています。国際秩序に反するロシアの侵略に、怒りを感じている日本人にとっては、

  非常に驚くべきことでしょう。

   こうした動きを踏まえて、現在の国際情勢をどのように受け止めていますか。

  また、この戦争は 国際秩序の どのような変化を象徴していると思いますか。

 

エマニュエル・トッド : まず、現在の状況からお話ししましょう。戦争によって、私たちは

    現実を より良く認識するようになったと思います。とくに 経済の現実です。

     もちろん、戦争は恐ろしいもので、ウクライナの人々は、私たちが想像するのも 難しいような

 苦しみを味わっています。多くの人々が殺され、負傷し、障害を負っています。戦争は嘆かわしい

 ものです。

  また 当然ながら、戦争は ロシアの侵攻によって始まりましたので、人々は「ロシアは悪者」

 「 ウクライナ人は 善人 」と考える傾向を持っています。

 しかし、私が 基本的に関心を持っているのは、経済的な観点から見た「現実への落とし込み」です。

    私たちは、西側諸国 ―― あなたがおっしゃったように アメリカ、EU、イギリス、日本など ――

   が、GDPの面で 途方もない経済力を持っているという考えに取りつかれていました。

 たしかに、ロシアのGDP と ベラルーシのGDPを合わせると、世界の西側のGDPの4.9%くらい

   だったと思います。

    しかし 今、私たちが目の当たりにしているのは、戦争が しばらく続いているということ、

   そして、西側諸国は 信じられないほどの生産力不足に陥っており、アメリカは 同盟国とともに、

   ウクライナ軍に必要な155ミリ砲弾を供給できていない という事実です。ミサイルなども同様です。

 

      今、私たちが直面しているのは、もはや 存在しないも同然と考えていたロシア経済や、

   ロシアの産業システムの力です。実際、ロシアの産業は 西側諸国全体よりも生産性が高いようです。

   しかも、ロシアが より多くの武器を必要となった場合には、中国には提供できる力があります。

 

    これは、この戦争の「 最初の教訓 」となりました。

 つまり、西欧経済に対する 私たちの認識は、バーチャルで、架空で、あるいは まったく非現実的

   であるという教訓です。ごく当然のことですが、これこそが グローバル化の要点でした。

    なぜなら、グローバル化は、現実には 工場を海外に押し出し、西側諸国から実際の生産手段を

    奪ったからです。

    私にとっては、これが 中心的 かつ本当に深刻な問題のように思えます。

 

■西洋は もはや、「世界の嫌われ者」である

    あなたは「西洋 対 世界」と、私が この1年以上、言い続けてきたことを纏めてくださいました。

    ただ まずはっきり言いますが、私は 自分自身を 西洋人だと思っています。私は フランス人で、

    イギリスともつながりがあります。だから、私が 西洋人の視点から話していることは、念頭に

    置いて下さい。

     そのうえで、私たち西洋人が 今 気づいたことは、「 西洋は、私たちが思っていたほど

    好かれていない 」という事実です。

 

      ここでは、アメリカを例に挙げましょう。 ここ数年、「 世界中の人々は アメリカを嫌っており、

    ロシアの勝利を 心から望んでいる 」ということが、少しずつ見えてきました。

    これは、驚くべきことです。

 

     これに関して、多くの例を挙げることができます。ただ 中国は良い例ではありません。

  ロシアと中国の間には 古いつながりがあるからです。

  また インドは 現在、世界で最も人口の多い国ですが、これも良い例ではありません。

   旧ソ連時代のロシアとインドの間には、古くからの とくに軍事的なつながりがありますから。

    そうではなくて、私にとって 最も驚きだったのは、イスラム諸国が、ロシアを好んでいる

   ように見えることです。最近では、イランだけではなく、サウジアラビアのようなアメリカの

   長年の同盟国も ロシアとの取引を好んでいるようです。

      実際、石油価格も、イスラム諸国 や ロシアが求めるものになっており、アメリカの石油は

   あまり考慮に入っていないかのようです。

 

     さらに、NATO(北大西洋条約機構)の一員である トルコとロシアとの間に生まれた 新しい

   関係は、とても興味深いものです。また、フランスの元植民地である 西アフリカでは、群衆が

   ロシアの旗を振っています。この旗が 彼らにとって 何を意味するのかは、私にはわかりません。

   しかし、その光景は 実に興味深いものです。

     これらの事実は、私たちを現実に引き戻します。繰り返しますが、これこそが グローバル化の

   現実でした。

 

 

西洋、最後の崩壊? エマニュエル・トッドと語る『真実のすべて』

                                2024年1月26日         Books Channel (note.com)

【西側の敗北の背景】
    トッド氏は まず、西側が ロシアとの戦争で敗北した背景⊛には、プロテスタント的な労働倫理

 と産業基盤の崩壊がある と指摘します。かつて プロテスタントは 教義上、信者に読み書き能力を

 求めたため、西側社会では 技術革新が進み、資本主義経済が発達しました。ところが 最近では、

 そうした世俗的な労働倫理が消滅しつつあり、西側の産業は 空洞化しているのです。

    特に 米国では、国民の富を実際に生み出している工業分野よりも、金融や法律などのサービス業

 が過度に発達し GDPの6割を占めています。工学などの研究開発への投資が手薄なため、米国の

 産業競争力は低下し、ウクライナへの武器供給能力も制限されているのです。

 つまり、西側諸国が ロシアに対する戦争で劣勢なのは、産業基盤の空洞化が招いた結果なのです。

 

   ⊛ 「ウクライナ敗戦」を世界大戦へ拡大させるな 

    ロシア「ゲラシモフ・ドクトリン」による戦争の結末  ウクライナ侵攻、危機の本質  

                 2024/01/20 東洋経済オンライン

 

【西側的価値観の矛盾】
    もう一つ、西側の敗北の要因として トッド氏があげるのが、
西側が掲げる「普遍的価値」の矛盾

 です。例えば フェミニズム や LGBTの権利といった概念は、西側社会の中で自然に芽生えたもの

 ですが、これを 他国に押しつけようとする西側の姿勢には 無理があります

    プーチンも また、家父長的な価値観を持つ ロシア社会が西側的価値観を受け入れることを拒否

 しています。トッド氏は こうした世界的な西側への反発が、思想レベルでの西側の劣勢を示している

 と論じています。

 

【西洋中心主義からの脱却】
     そして トッド氏が最後に訴えかけているのが、
西洋中心主義からの脱却です。西側社会が抱える

 深刻な現実を見過ごしていることの例として、ロシアより 米国の方が 乳児死亡率が高い実態を

 あげます。西側こそが 世界の覇権を握るべきだとする 昔ながらの思い込みを改め、自らの危機を

 直視することが求められている、と トッド氏は説いているのです。

 

 

    ソビエト連邦の崩壊は、歴史を再び動かしました。それは ロシアを激しい危機に陥れたのです。

 さらに重要なことに、世界的な空白を作り出し、それは 1980年代から危機にあったにも関わらず

 アメリカを引き込みました。その後、逆説的な動きが始まりました。内部で衰退している西洋の

 侵略的な拡大です。

    プロテスタンティズムの消滅は、段階を経て アメリカを新自由主義から ニヒリズムへと導き

 イギリスを 金融化からユーモアのセンスを失うことへと導きました宗教のゼロ状態は 欧州連合

 を自殺に導きましたが、ドイツは 復活すべきでしょう。

    2016年から2022年にかけて、西洋のニヒリズムはソビエト圏の崩壊から生まれたウクライナ

 のニヒリズムと融合しました。NATOとウクライナは 共に、安定を取り戻し、再び大国となり、

 保守的で、西洋の冒険についていきたくない世界の残りの部分にとっては 安心材料となったロシア

 に対峙しました。ロシアの指導者たちは 停戦のための戦いを決断し、NATOに挑みウクライナを

 侵攻しました。