大川原化工機事件「人質司法」の闇

食事が床に置かれ、排泄も丸見えの「代用監獄」に閉じ込められる苦痛

             2023年12月30日    弁護士ドットコム 

 警察側の証人から「捏造ですね」という異例の発言が飛び出した、大川原化工機冤罪事件を巡る

国賠訴訟。東京地裁(桃崎剛裁判長)は 12月27日、検察と警視庁の捜査の違法性を認め、

国と東京都にあわせて1億6200万円余りの賠償を命じた。

   公安警察の強引な捜査や人質司法の問題を浮き彫りにした事件で、国賠訴訟の原告代理人を務めた

高田剛弁護士に話を聞いた(ライター・梶原麻衣子)

 

●「 警察が会社にたくさんやってきたんですが 」

―― 企業法務の専門家である高田弁護士が、企業が絡むとはいえ 刑事事件である大川原化工機の

事件に関わることになった理由を教えてください。

 

   10年以上前ですが、一度、大川原化工機の金融系の案件を担当したことがありました。その時の

ご縁がもとで 顧問のような関係性が続いていました。

ある時、突然電話がかかってきて、「 警察が会社にたくさんやってきたんですが、どうしたらいい

ですか 」と相談を受けたのです。つまり、警察がガサ入れ(捜索)にやってきたところから関わる

ことになったのです。

 

   ガサ入れ後、大川原化工機の役職員に対する任意の取調べが始まりました。これに対し、

大川原化工機側は、自社の製品が 生物化学兵器製造に転用できるような性能を持っていない、

輸出規制に関する経産省の省令にも違反していないとの自信があり、きちんと話して理解して

もらえれば 嫌疑は晴れると考えていました。

 

   そこで 私も 警察には全面的に協力すると方針を決め、大川原化工機にもそうアドバイスしました。

大川原化工機側は 聴取に全面的に協力し、50人の役職員が 延べ300回近く聴取を受けています。

    他方で、私は 同時並行的に、将来の輸出にかかわる部分の基準作りをするために、経産省と協議を

行いました。今 問われている事件は ともかく、大川原化工機は 今後も噴霧乾燥機を扱っていくこと

になりますから。

   しかし その時の経産省の動きが かなり悪く、どうして これほど対応が遅れるのか疑問に思って

いました。その時は 背景が分かりませんでしたが、蓋を開けてみれば まさに 経産省が訳した

輸出規制の文言のあやふやさが 事件の発端で、既に 警視庁公安部との間で、数カ月にわたる打合せを

経て 手を握っていたというわけです。

 

●人質司法「 これほど根深い問題だとは 」

―― 今回は、警視庁公安部が 噴霧乾燥機や細菌兵器の専門家らの「 当該の噴霧乾燥機では生物兵器

は生成不可能 」という証言を捻じ曲げて 輸出規制事件に仕立て上げるなど、かなり悪辣な事例だった

ほか、逮捕して 長期勾留し、自白に持ち込もうとする「人質司法」の問題も明るみに出ています。

 

   一般論として「人質司法」の問題は認識してはいましたが、まさか 自分がこの問題にかかわり、

しかも これほど根深い問題だ と知ることになるとは、思ってもみませんでした。

 

    逮捕されたうちの一人で 技術者である相嶋静夫さんは、勾留中に体調不良に見舞われました。

保釈を訴えましたが認められないので、勾留執行停止という 一時的なもので対応せざるを得ません

でした。最初の勾留執行停止は わずか8時間しかもらえませんでした。その間に大学病院で診察を

受けたところ、進行胃がんだと発覚したのです。

   そうと分かれば 治療を受けなければならないし、その方針を決めるための精密検査も必要です。

本来は 入院する必要がある状態だということで 再度保釈を請求しましたが、これも認められません

でした。裁判所の判断としては「 2週間の勾留執行停止で対処すればいいじゃないか 」という感覚

だったようです。

   しかし、勾留執行停止というのは 時限的なもので、いわば不安定な状況です。ある大学病院からは

アンオフィシャルな形ですが、入院を断られてしまい、別の病院を探さなければならなくなりました。

時間に追われて、本来必要な医療を 十分受けさせることができないというのは、病院にとっても負担

だったのかもしれません。

 

―― 相嶋さんの例は 最たるものですが、大川原正明社長、島田順司さん、ともに 5度の保釈請求が

却下されています。なぜ 裁判所は 保釈を認めなかったのでしょうか。

 

   私たちも本当に不思議でした。

2020年3月末に起訴されて、4月末から公判前手続きに入っており、公判担当部の裁判官と検察官を

交えての話し合いが行われていました。この年の10月の段階で 裁判所に「全然保釈されないんですが」

と言ったら、公判担当の裁判官が「この件で長期保釈されないのはおかしいと思う」と言ってくれて、

その旨を記載した 詳細な期日メモを作成してくれました。そこで、その期日メモを添付して改めて

保釈請求したのですが、令状部は それでも保釈を認めませんでした。

 

●「食事を床に置かれ、排泄しているところが独房から丸見え」

―― 保釈請求却下の理由は、「口裏合わせの恐れがある」からだ、と。

 

   これもおかしな話で、「口裏合わせの可能性」自体が、机上の話でしかないのです。そもそも

大川原化工機側は、警視庁公安部による任意の取調べに 1年間以上も全面的に協力していて、50名

の役職員が 自らの認識を供述し、求められた供述調書に署名をしていました。

  さらに、大川原社長らの逮捕後、検事自ら、多数の従業員の取調べを行い、検察官面前調書に署名

させていました。すなわち、捜査機関は、起訴の時点で 大川原化工機の関係者の認識について、

必要な証拠化を終えていました。

   また、この事件では 故意や共謀の成否以前に、噴霧乾燥機の殺菌性能という客観的要件が主要な

争点となっていました。したがって、保釈による口裏合わせのリスクが 現実的には ほとんど問題に

ならない事件でした。

 

   もっとも、この事件では検察官が 証拠請求をした供述調書には、大川原社長や島田さん、

大川原化工機の社員らが話してもいない内容が書かれていました。そのため、弁護人としては

それらの供述調書の証拠請求に同意することは できませんでした。

 

  これを検察官の立場からみれば、弁護人が 証拠請求に同意しないため 証人として法廷で証言して

もらわなければならなくなり、保釈を許すと、大川原社長らが 他の役職員に働きかけることで、

「 証言が汚染される可能性がある 」と主張しやすくなります。そしてまた、裁判所としても 検察官

から そういわれると強く出られなかったのでしょう。

 

―― 驚いたのは、大川原社長ら3名が勾留の時点で ほとんど刑務所と同じような扱いを受けていた

ことです。

 

    外国特派員協会での会見で 大川原社長も述べていましたが、食事を床に置かれ、排泄している

ところが 独房から丸見えになってしまうような施設に勾留されました。今回は 2020年3月11日に

逮捕されてから、東京拘置所に移る 同年7月半ばまで、約4ヶ月間もこうした「代用監獄」に勾留

されていたのです。

   警察の手の内にある こうした施設に閉じ込められ、屈辱的な扱いを受けるという精神的な負荷は、

想像を絶します。普段の生活との落差が大きすぎて、心が折れてしまう。

  しかも、何も悪いことをしていないうえに、警察にも あれだけ協力的に対応していたのですから、

その失望感はなおさらです。もしも 自分だったらと想像すると、「 嘘でも自白すれば解放される

のではないか 」と思って「 僕がやりました 」と言ってしまうかもしれません。

 

   否認するために黙秘を貫く方針を取ったので、それによって 勾留が長引いたことは確かです。

しかし 相手が自白を取りに来ている以上、被疑者は黙秘をするしかないんですね。警察官や検察官は

プロですから、とにかく しゃべらせれば、徐々に自白と取れる発言を導き出すことができるという

頭で来ています。誤った自白を防ぐには、黙秘するしかないのが現実なのです

 

●「ここまで行政側が“真っ黒”な事件だとは」

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―― 大川原化工機を巡る事件、国賠訴訟では、信じられないような警察の捜査のずさんさ、

無理にでも 事件化しようとする強引な姿勢、そして 自白ありきの人質司法の実態が明るみに

なりました。この事件をきっかけに、警察組織、捜査機関が変わることは 期待できるのでしょうか。

 

   大川原社長や、島田さんが強く主張しているのが まさにその点で、特に取り調べの透明化です。

最初の取り調べの段階で 弁護士を立ち会わせるとか、録音録画を双方で行うとか、取り調べを受ける

側のメモ取りを許可するなど、これらを認めてほしいと。

   取り調べを行う警察側は たくさんの資料や、「専門家」の見解を持参して議論をしてきますが、

取り調べを受ける側は メモすら取れません。そのため、取り調べ時の質問にどう答えたかさえ、

後から確認できませんし、回答内容が混乱してしまっても 無理はありません。その状態で生じた矛盾

を突かれているうちに、いつの間にか 警察のストーリーに乗せられていた、ということもあり得る

でしょう。

 

   本来は 弁護士が立ち会うのが 一番だと思います。「 それは話を誘導しすぎだ 」「 前と言って

いることが違う 」などと指摘するだけでも、警察側にとっては プレッシャーになるでしょうから、

もう少し節度ある取り調べになるのではないか と思います。

   図らずも 刑事事件、しかも 警視庁公安部主導の外事事件と見なされる事件から国賠訴訟となった

本件ですが、率直に言って ここまで警視庁側のやり方が「真っ黒」な事件だとは、当初は思いも

よりませんでした

 

   今回の損害賠償請求では、慰謝料の部分と実費を合わせての 5億数千万円という数字を出して

いますが、会社が受けた営業上の損害については 一切、考慮していません。あくまでも 実費と慰謝料

です。

   慰謝料については、相嶋さんにつき 1億円、大川原さんらは 1人あたり5000万円を請求しています

が、日本の裁判実務では 高額の慰謝料は認められにくいと思っています。ただ、相嶋さんが勾留中に

十分な医療を受けることができずに お亡くなりになったという事実を、裁判所がどう判断するのかに

注目しています。

 

   少なくとも、警視庁公安部の捜査幹部の過失は認定を受けることができると期待しています。

故意・重過失まで認められるかは分かりませんが、いずれにしましても、注目も集まっている事件

ですから、将来の冤罪防止のために踏み込んだ事実認定と評価が述べられるものと思います。

 

                                     (編注:インタビューは判決前の12月22日に実施しました)