国家犯罪を防ぐはずの「三権分立」の破綻を暴いた”大川原化工機事件” 

 

「捏造ですね」異例の警察官証言は、なぜ飛び出したのか…大川原化工機事件

                        高田剛弁護士に聞く 

                                                          2023年12月29日      弁護士ドットコム 

     警察側の証人から「捏造ですね」という異例の発言が飛び出した、大川原化工機冤罪事件

巡る国賠訴訟。 同社の商品である噴霧乾燥機の輸出を巡り、輸出規制ルールを所管する経産省、

噴霧乾燥機が「 生物兵器生産に転用 」できると解釈し 外事事件とするために恣意的な捜査を

行った警視庁公安部、そして 起訴を認めた検察庁(後に起訴取り消し)、それぞれの責任を問い、

国と東京都に損害賠償を求めた。

      東京地裁(桃崎剛裁判長)は 12月27日、検察と警視庁の捜査の違法性を認め、国と東京都に

あわせて 1億6200万円余りの賠償を命じた。公安警察の強引な捜査 や 人質司法の問題を浮き彫り

にしたこの事件で、国賠訴訟の原告代理人を務めた 高田剛弁護士に話を聞いた。

                                                                        (ライター・梶原麻衣子)

●「まあ、捏造ですね」発言が飛び出した経緯

―― 国賠訴訟の裁判では、警視庁で 大川原化工機に対する捜査にかかわった警部補から

「 まあ、捏造ですね 」という衝撃の発言が飛び出しました。

 

   私自身も驚きました。

実は 裁判で「捏造です」と発言した警部補は、その発言の前から かなり踏み込んだ発言をして

いました。噴霧乾燥機が 輸出規制に該当するのかを確認する実験でも 警視庁側に問題があったとか、

捜査メモの話などに関しても、洗いざらい話していたんです。

   そこで、最後の総括として、「 あなたの今までの話を総合すると、結局、捜査幹部が事件を

でっち上げたということではないですか 」と私が質問したところ、「 捏造です 」という言葉が

返ってきた。「 でっちあげ 」以上にきつい言葉です。 彼も 警察内にいて、自分のことまで ここまで

はっきり言うということは、おそらく 彼自身も かなり思うところがあったのだろうと思います。

 

―― 高田弁護士の感触として、 国賠訴訟の裁判になれば 警察内部から杜撰な捜査、無理筋の逮捕

であることを指摘する声が上がる、という期待は 元々あったのでしょうか。

 

   いえ、想像以上の証言が出た格好です。

こちらとしては、元々は 大川原化工機の大川原社長らが 外為法違反で逮捕された刑事事件の裁判時に、

捜査段階で 経産省と警視庁公安部が打ち合わせした時の「捜査メモ」の開示を求めていました。

  捜査を担当したのは 警視庁公安部外事第一課第五係で、ロシアや東欧への不正輸出などを扱う部署

でした。大川原化工機がかけられた嫌疑というのは、同社が 輸出している噴霧乾燥機が 生物兵器の

生成に転用できるのではないか、その機械が 経産大臣の許可を得ずに 中国の会社に輸出されている

のではないかという点です。

   こうした輸出規制の問題は 経産省の所管ですから、大川原化工機に対する警視庁の捜査の段階で、

警視庁公安部と経産省が「 この機械が規制対象となる性能を有しているのかどうか 」を打ち合わせて

いるわけです。

 

    刑事事件の時点で 我々は このメモの開示を求めており、当時の裁判長も開示せよ とかなり強い

プレッシャーをかけていました。「 一部黒塗りでもいいから任意で出さないと、開示命令になったら

全部出すことになる 」と 警視庁・経産省側に伝え、21年7月30日に その調整結果として、どの範囲

が開示されるのかが報告されるはずだったのです。

   しかし、その日に 起訴が取り消しになりました。そのため この段階で「 よほど表に出せない、

何かがあるんだろう 」と、思ってはいたのですが……。

 

●国賠訴訟で求めたのは「真相解明と、名誉回復の2つ」

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―― 東京地検が 2021年7月に「 法規制に該当することの立証が困難 」であるとして起訴取り消しを

伝達し、8月に 公訴棄却を決定。9月に 大川原化工機側が国賠訴訟を起こしたという流れですね。

 

   国賠訴訟では 文書送付嘱託の申し立て、つまり 裁判所名義で「文書を開示せよ」と求める文書を

送付する手続きをしてもらいました。通常は 受け入れて開示に応じるのですが、この時も 検察庁と

警視庁は この裁判所からの要請を拒否して、「 絶対に開示したくない 」という姿勢をあらわに

しました。

    そうなったら 文書提出命令しかありませんので、当初は 申請していたのですが、この点で争って

いると「 文書を出すか出さないか 」で 1年近く審理が滞ってしまうおそれがありました。

 

   今回の国賠訴訟で 我々が求めていたのは、無理筋の法解釈と 捜査で 大川原正明社長、島田順司

さん、相嶋静夫さんが逮捕され、11カ月も勾留されたうえに 病気になっても 保釈請求が通らなかった

ことの真相解明と、名誉回復の2つです。

 

   メディアや国民の皆さんに関心を継続的に持ってもらうためには、文書そのものの提出に 1年

かけるのは得策ではない と判断し、文書提出命令は トーンダウンさせて、経産省と警視庁公安部の

打合せや、その打合せの内容が記載された捜査メモ作成にかかわった関係者の証人尋問を求める方向

に切り替えました。

   どこまで どんな証言が出るか、もちろんやってみなければわかりませんでしたが、結果的には

2人の警察関係者が、我々が期待していた以上の証言をしてくれました。

 

   捜査メモ自体は いまだに裁判所に提出されていませんが、証人尋問の結果を見れば、メモ以上に

生々しい発言が、警察の恣意的な捜査の証拠として残ることになったのではないかと思います。

これは 正直、期待以上の成果でした。

 

●警視庁の証人は「全員外れの可能性もあった」

―― 「 良心の残っている警察官もいたのだな 」と思う一方、もし その証言がなかったら

どうなっていたか、とも思います。

 

   そこは その通りなんです。捜査を取り仕切ったのは、外事第一課第五係の係長である警部

(当時、現在は警視)ですが、警部は 部内から上がった慎重な捜査を求める声に、「 事件を潰す

つもりか。責任をとれるのか 」と反論したといいます。

   公安部は 警察内部でも〝 異色 〟で、特に 公安部長の発言は絶対だという組織のようです。

おそらく、大川原化工機を 不正輸出で立件できれば、公安部としては大きな功績になる、警部

としても 自分の得点になると考えたのでしょう。政治的にも「経済安全保障」の論点がクローズアップ

され始めた頃ですから、事件化できれば 注目度も高いと考えた。

 

   警察では 内部事情を明かす証言が出た一方経産省の役人2人は 裁判で、警察との間で見解の相違

があった経緯も否定していました。さすがに 全く嘘の証言をするような偽証はできなくても、

「 知らない 」「 覚えていない 」と白を切るのが通常です。かばうわけではありませんが、公務員

である以上、組織を守る姿勢に出るのは ある程度は仕方ない面もありますから。警察側から証言が

飛び出したことの方が異例です。

 

       ※ 日本国憲法 

        〔公務員の選定罷免権、公務員の本質、普通選挙の保障及び投票秘密の保障〕

        第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

         2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

         3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

         4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。

          選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 

        ※ 平成17年度 年次報告書 公務員の種類と数

         日本国憲法第15条は「 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、

         国民固有の権利である。」(第1項)とし、「 すべて公務員は、全体の奉仕者

                          であつて、一部の奉仕者ではない。」(第2項)と定めているが、

                             ここにいう「公務員」は、国会議員をはじめ 立法、行政、司法の各部に属する

                          すべての職員を含み、かつ、地方公共団体についても、長、議長その他の職員の

                          すべてを含む概念であり、広く 国民に代わって公務に従事する者のすべてを指す

                          と解されている

 

―― 今回の事件は 本来、システムとして冤罪を防止すべきところ、「職員個人の良心」という

属人的な要素が  たまたまプラスに働いたから冤罪が明るみになったという印象です。

 

    確かに、結果的には 警視庁の証人に「 当たり 」が 2人いたわけですが、「 全員外れ 」の

可能性もあったのです。

もちろん、あてずっぽうで 証人を指名したわけではなく、国賠訴訟を2年間担当する中で、

「 誰なら 本当のことを証言してくれるのか 」については、かなり入念に検討しました。すべての

捜査資料を見直して、誰が どの捜査に関与し、どの文書を作り確認したのかを整理し、可能性を

精査していったのです。

 

   実は もう1つ、期待を持っていた理由があります。すでに 一部の報道では出ていますが、

大川原社長が まだ勾留されている時期の2017年11月に、会社に 内部告発文書らしきものが届いた

のです。「警視庁」と書かれた封筒で届いた手紙には、内部の人でなければわからないような

細かく生々しい情報が書かれていました。

さらに、次のような主旨のことまで書かれていたのです。

 「 この捜査にもかかわっている Aという刑事は、その経緯に疑問を持っている。正義感も強いので、

   何かあった時には 自分の信条に従って、真実を話してくれる人だと思う。仮に 刑事事件で

    証人尋問になった場合には、この刑事を呼ぶといいと思う 」

 

   この内容が どこまで信用できるか というのはありました。しかし その刑事の名前で資料を調べて

みると、確かに捜査にかかわっている。心のどこかで、「 こういう捜査官もいるのか 」と思いました

し、何かあったら 証人として呼びたいな、という気持ちはありました。

 

●60~70人くらいの大きな捜査本部、証人をどう絞り込んだのか?

―― やはり 警察内部でも、疑問を感じている人がいたんですね。

 

  「 この人なら 」と名指しされた人と、手紙を出した人とで 2人。60~70人くらいの大きな捜査本部

の中で、少なくとも 2人は 正義感を持った人がいるのだなと。手紙で 名前が挙がっていた刑事は

裁判上明らかになっていた捜査書類上は それほど重要な部分を担っていなかったので、最終的には

証人とすることはできませんでした。

   しかし 立場的に 中間管理職的に上からと下からの情報を取りまとめる立場にいた警部補と、

捜査メモのやり取りに関する報告書をまとめていた、つまり すべての捜査メモの内容を確認していた

とみられる警部補を証人として呼ぶことで、何か話してくれるのではという期待はありました。

この2人から、期待以上の証言が得られたのは 大きかったです。

 

―― 検察側で 刑事事件において 大川原社長らを起訴した塚部貴子検事についてはいかがでしょうか。

 

    裁判では「 もし同じ状況になれば また同じ判断をする 」「 誤った判断だとは思っていないので

謝罪しない 」と証言しています。

 

   報道されている内容に基づけば、塚部検事の前々任・前任の検事は 捜査の不備や、立件は難しい旨

を指摘していたようです。塚部検事は 2019年6月から 大川原化工機の件の担当となり、逮捕状請求

を了解したことで、大川原社長たちは 2020年3月に逮捕されています。

   内偵捜査を進めて 立件する事件の場合、立件に先立って、警察と検察の間では、「検事相談」が

行われます。この事件では、経産省から協力を取り付けることに成功し、強制捜査であるガサに入る

2カ月前くらいから検事に「 立件できるか 」を相談していたようです。

   しかし この時点で、警視庁側が 検察側に「 経産省との間でもかなり揉めました 」とは伝えては

いないでしょう。経産省は 強制捜査に入っていいと言っている、という結論のみを検事に報告して

いたのではないでしょうか。

 

   その後、2019年6月に着任した塚部検事が、その後の検事相談において どこまでの情報共有を

受けていたのかは、判然としません。しかし、前任の検事が 立件に向けての課題を警視庁に伝えて

いたのに対し、塚部検事からは 特段の指摘はなされなかったと聞いています。

警視庁で 捜査を指揮していた係長からすれば、塚部検事は 他の検事と比べて「やりやすい」存在

だったのかもしれません。

    2020年3月の大川原社長らの逮捕後、起訴前に 警部補が 塚部検事と行った検事相談で、実は

大川原化工機のみならず 日本の同業他社の殆どが 噴霧乾燥機の輸出につき 経産大臣の許可を得て

いないこと、経産省ですら 自ら定めた規制要件について 明確な解釈を有していないこと、を報告した

と証言しています。警部補によれば、「 それを聞いた塚部検事が怒った 」と。だから遅くとも起訴の

時点では、知らないはずはないのだと。

 

●「逮捕・勾留して自白さえ取れれば有罪にできると高をくくっていた」

―― この時のメモも 報道機関に流出したようで、時期は 起訴の1週間前。 塚部検事は「 規定が

おかしいという前提であれば起訴できない 」「 不安になってきた。大丈夫か 」と述べていたと

報じられています。

 

   本来であれば 独立した捜査機関であり 法律家である検察官は、警察とは全く違う目で事件を

精査しなければなりません。特に 公安部の事件については、事件を作り出していく側面があることを

踏まえ、より慎重に見るべきだったと思います。

   また、検事相談の過程で こうしたメモが作られていることは、警察側は もちろん検察官も

知っていたはず。隠し通せると思ったのか、あるいは 警察側から正しい情報が伝達されなかったのか。

いずれにしても、大川原社長らを逮捕・勾留して 自白さえ取れれば有罪にできると高をくくっていた

のかもしれません。

   しかし逮捕したら、3人は 完全に黙秘してしまった。塚部検事も 複数の応援検事をアサインして

大川原化工機の社員を片っ端から呼び出して 参考人として取調べを行い、故意の立証資料を補強

しようとしましたが、かえって、捜査機関に 不利な供述が複数の社員から出てきてしまった。

しかし それでも引き返せなかったところに、この問題の根深さがあるのではないでしょうか。