「多重下請け」によるしわ寄せをどう改善する?

   ――2024年問題を前に上がる中小物流企業の悲鳴 

      2023.12.18  #令和の人権(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)

 2024年4月1日以降、トラックドライバーの時間外労働時間が 上限年960時間に制限される。

変化が間近に迫るなか、それによって起こる さまざまな問題が「2024年問題」として報道され、

常態化してきた「 物流業界の理不尽 」に光が当たりつつある。

   多重下請け構造が広がる物流業界においては、しわ寄せは 大企業の下請けである中小企業へと

向けられる。物流業界を取材してきたライターの橋本愛喜さんと、中小物流企業を立ち上げた

麻生よう子さんに話を聞いた。

                                        (取材・文:乾隼人 Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

                                                           取材協力:橋本愛喜、株式会社デジロジ

中小企業がさらされる、物流業界の「理不尽」

     働き方改革関連法のなかで、物流・運送業界にも 時間外労働時間の上限が定められることと

なった。しかし、これによって ドライバーの労働時間が短くなることで、物流業界全体の輸送 リソース

が減少するなど、諸問題が起こるとされている。

   2024年問題と呼ばれる この問題では、物が運べなくなると同時に、資材の運搬が滞ることで

製造業への影響も懸念されている。「 商品が届かなくなる問題 」だと認知されがちだが、

「 商品が製造できなくなる問題 」としても切実だ。 

   帝国データバンクの調査によると、2023年1~9月の道路貨物運送業者(トラック運送、宅配便)

の倒産件数は 220件に上った。 燃料価格の高騰に加え、ドライバー不足や適正にならない運賃価格

が要因だとみられる。 今 まさに、物流の現場が バランスを崩そうとしているといえるだろう。 

 

   2024年問題は 物流の現場で働く人々を苦しめる。ライターの橋本愛喜さんは「 ドライバーが

稼げなくなる 」と語る。 「 かつて『24時間戦えますか?』という考えが広まったバブル経済期の

時代に、『長時間のハードワークで稼ごう』と飛び込んでこられたドライバーの方々が、今の物流

を支えている。しかし、同じ稼ぎ方ができない時代になろうとしています 」 

 

   その背景には、物流業界の構造の問題がある。 物流業界の仕事は、「多重下請け」と呼ばれる構造

のもとに成り立っている。大手企業などが 荷主から “元請け(一次請け)” として仕事を受け、

その多くが 仲介手数料をとったうえで 下請け企業へと仕事を流す。

    国土交通省が 全日本トラック協会を通じ実施したアンケートによると、約7割の事業者が

「 下請けのトラック事業者を利用している 」と回答。「 自社のトラックドライバーの不足 」

「 荷主からの突発的な運送依頼 」などの理由から下請けを利用しているという。 

 

   自身も現役のトラックドライバーとして活動し、2020年に「肉体労働の少ない物流」を掲げて

中小物流企業・株式会社デジロジを立ち上げた 同社代表・麻生よう子さんはこう語る。

 「 元請けが仕事を受け、下請けが仕事を分配し、孫請けが現場作業をするという構造はよくあります。

そういうとき、下請け(二次請け)が クライアントである元請けや荷主側に“いい顔”をするために、

孫請け(三次請け)に対して 厳しい条件や必要以上の作業を背負わせる場合がある。現場を担当する

中小企業へのしわ寄せは 大きいと思います 」

 

   ひと口に物流と言っても、業界内では「 積んでいる荷物が違えば異業種だ 」と言われるほど、

その仕事は多岐にわたる。資材を 工場へと運ぶ 長距離のtoB、物流センターへと商品を運ぶ toB、

各小売店へと運ぶ toB、消費者へと直接届ける toCなどさまざまである。 

   なかでも しわ寄せがいきやすいのは、大量の荷物を 長距離運ぶtoBのドライバーたち。荷主と

運送業者という上下関係が、これまで さまざまな労働上の理不尽を常態化させてきたからだ。

 

「サービス」として始まった、付帯作業の常態化

    橋本さんは、自身も かつてトラックドライバーとして輸送業務をこなしていた。現在は
トラックドライバーや物流企業の取材を重ねる。 「 現在のトラックドライバーの仕事は、トラックに
積み込んだ荷物を安全に運ぶことだけではありません 」と橋本さん。
   倉庫や店舗へ到着した際に、荷物を積み下ろしする「荷役」も、ドライバーの付帯作業として
求められるという。 こうした作業は 元来、サービスとして行われていたと橋本さんは語る。
 「 事業参入に関する最低車両台数の引き下げ や 免許制から許可制への見直しなど、90年代に起きた
いくつもの規制緩和をきっかけに、物流を担う事業者が増えました。そこで 競合他社との差別化を
はかるために始まったのが、ドライバーによる『付帯作業』でした。 それが 今でも続いていて、
営業力の弱い中小物流企業にとっては『唯一の営業手段』のようになってしまった 」 
 
   慣例として続く 付帯作業を現場のドライバーたちは どう受け止めているのか。前出の麻生さんは
こう言う。
「 長距離輸送の業界では、運転時間が『休憩時間』だと言われるくらい、荷役の作業時間が長く、
ハードです。トラックドライバーの疾病のうち 一番多いのが腰痛ですが、体への負荷の大きい
積み下ろし作業が原因だと思っています 」 
 
   橋本さんは、トラックドライバーの高齢化も懸念している。 「 総務省の『労働力調査』(2023年
10月発表分)によると、道路貨物運送業で働く方々のうち、50代以上が 全体の48.9%をしめて
います。高齢化しているトラックドライバーの方々が、運転後に積み下ろしの労働まで強いられて
いる 」 
   長距離輸送で疲れた体を、さらに酷使する「荷役」作業。 基本的に単独で行動する トラックドライバー
に すべて任せるのではなく、積み下ろしを 荷主側の業務として切り分け、複数名で作業するなど、
改善策はある。
  「 大手物流企業など、まだまだ 荷役をはじめとする付帯作業を請け負っている企業が多いです。
荷主さんに『 大手さんはやってくれるのに…… 』という交渉の材料を与えるので、あまりよい傾向
とは言えないと思います 」と麻生さん。 
 
   さらに、ここに 多重下請け構造の弊害があると麻生さんは語る。 
 「 下請け(二次請け)が仕事を受けるとき、『ここまでやりますよ』と付帯作業を増やして、
三次請けに 仕事を流すこともある。付帯作業は 書面化されていないことも多いですから、そうした
ことが起きても 世間には伝わらないんです 」 
   トラックドライバーが働きやすい労働環境をつくるためには、荷主側・物流企業側それぞれの
意識変革が求められている。
 
   一方で、トラックドライバーが荷主を選べれば、労働環境改善への希望も見えてくるだろうと
麻生さんは語る。 「 今は 業界全体でリソースが足りていません。荷主から仕事を受けるのは
大手企業ですが、実際に 多くの仕事を担う中小の物流企業にとっては、トラックドライバーが
引っ張りだこの状態。ある程度は 仕事を選ぶことも可能になってきています 」
 
トラックドライバーの労働時間を延ばす「荷待ち問題

   トラックドライバーの労働時間のなかで、運転、積み下ろしなどの付帯作業に並んで多いのが

「 荷待ち 」と呼ばれる時間だ。 

   荷物を時間通りに クライアントや物流施設へ届けても、荷主側の都合により 積み下ろしや

倉庫・店舗への運び込みができず、待機させられることは多い。

橋本さんによれば、2~3時間待機することもあるという。 「 荷主とトラックドライバーには

上下関係が生まれてしまっていて、トラックドライバー側から改善を求めることは難しいんです。

それが 二次請け、三次請けの中小企業であれば なおさらこの荷待ちの時間も 残業時間に換算

されるので、残業時間の規制が始まれば、受けられる仕事の数も減ってしまう 」 

 

   この荷待ちが、トラックドライバーの労働環境を さらに過酷なものにしていると橋本さんは話す。 「 環境問題を理由に、荷主側から待機中のアイドリングストップを要請されることもあります。

過去には 夏場に冷房をつけることもできず、炎天下で体調を崩して亡くなってしまった トラックドライバー

さんもいました。環境のためと言いながら、実際のところは 届け先の近隣住民の顔色をうかがって、

音を出さないように アイドリングストップをさせている側面もある 」 

   環境への配慮を謳いながら、トラックドライバーの人権が軽視されているのが現状だ。

 

消費者からのクレームと、疲弊するトラックドライバーたち
   橋本さんは、消費者の意識も変わる必要があると語る。 
「 あるとき、SNSで 『段ボールに傷がついている』と怒る投稿をした消費者さんがいて、
話題になりました。実際に そうした声は よく届くそうですが、私は違和感を抱いていて。
本来、段ボールは 商品を守るための包装材であるはずなのに、『段ボールも商品のうち』とされる
空気がある。包装材に傷がついて『弁償だ』という理屈になることも、『 弁償の責任が トラックドライバー
にあるのではないか?』 とされる風潮も恐ろしい 」 
 
   さらに、橋本さんは 現場のトラックドライバーたちへの心配を口にする。 「 もちろん、荷物を
乱暴に扱う配達員がいないわけではないでしょう。ただ、世の中が トラックドライバーに責任を
負わせすぎている、と感じます。消費者のサービスに対する要求が高すぎて、現場が疲弊してしまう
のではないかと 」
「 これまで、トラックドライバーは どこか軽視される仕事でもありました。しかし、社会の重要な
インフラを支えている仕事です。入る企業や運搬するものの内容によっては きちんと高い報酬を得る
こともできるし、やりがいも大きい仕事なんです。それをもっと知ってほしい 」
 
   現状を知った読者にできることはあるのか。橋本さんは語る。 「 荷主が 一番気にしているのは、
消費者の反応なんです。だから 物流業界の改善するべきところが世の中にもっと知られて、
『おかしいよね』と話題に出す人が増えれば、運賃の値上げを含めた業界改善がやりやすくなるはず 」
 
   例えば、と橋本さんは 生活に身近な事例を挙げる。 「 よくネットストアで、送料店側負担のこと
を『送料無料!』と書かれていますよね。物流の仕事に対価が支払われていないように見える。
あれを『おかしい』と違和感を持ってくれる人が、少しでも増えるといいなと思います 」