身を以て人質司法を経験した弁護士は いったい、どのように自身の体験を振り返るのか。
登壇される前から そのスピーチ内容に関心を持っていたのだが、期待に違わぬものだった。
江口大和さんは 2018年10月15日、弁護士として担当していた事件の関係者に 虚偽の事実を
供述するよう頼んだとして、犯人隠避教唆の疑いで 横浜地検特別刑事部に逮捕された。
江口さんは 一貫して無罪を主張し、黙秘権行使を告げたのだが、合計56時間にわたり取調べを
強いられ、保釈が許可されるまで、逮捕から 250日間勾留されている。
「 人質司法は システムです。敵の顔は見えません 」
まずは 江口さんの発言の前半部分をそのまま掲載しよう。
「 人質司法はシステムです。敵の顔は見えません。そこで わたしからは 人質司法を成り立たせて
いる代表的な要素、ファクターを3つ挙げます。
ひとつ目が 保釈実務です。否認や黙秘をしていると、長期間 身柄拘束されます。いつ身柄が
解けるかわからないという不安を生みます。
ふたつ目が 取調べや収容施設の処遇。取調べでは 不安をあおり、あるいは 被疑者の人格や尊厳
を傷つける言動が行われます。処遇においては 名前を奪われ、番号が与えられて、番号での呼称を
強制されます。
3つ目は 意外と知られていませんが、気分転換を妨げる物理的、閉鎖的な環境です。日の光を
浴びられない、散歩は 週に2回しかできない、風呂に入ることも 週に2回しかできない。移動
できない。
これらの3つの問題が相互に補強し合っています。これが 人質司法の特徴のひとつ目、相互に
補強し合っているということです。
そして 人質司法の特徴のふたつ目、最大の問題かもしれません。この3つのファクターについて
誰も なんの責任を負いません。無責任体制と相互補強の体制、これが 人質司法を成り立たせている
三位一体のシステムです 」
まさに体験した方の口からしか出ることのない「 人質司法は システム です。敵の顔は見えません 」
という至言。実際に 身の上に降りかかってきた人は、フランツ・カフカの小説の主人公が覚える
ような不条理を実感するのだろう。
江口さんが 3つ目の要因に挙げられた「物理的、閉鎖的な環境」については、以前 筆者が取材した
籠池泰典氏や山岸忍氏など、長期にわたって拘禁された方が 一様に口にしている。
いわく、「 まったく日の光を浴びることの出来ない生活が、いかに耐えがたいものであるか 」
ということである。無罪が推定されるはずの被疑者・被告人は 人間性を阻害するような劣悪な環境
にとどめ置かれてしまうのだ。
そして 江口さんは「無責任体制」にも言及していた。
検察官は「 罪証隠滅のおそれ 」を錦の御旗のように振りかざして保釈に反対し、思考停止状態
の裁判官は その主張に盲従して 勾留を延長する。 警察庁は 諸外国から非難され続けている
代用監獄制度を、法務省は 劣悪な拘置所の環境を是正しようとしない。
そこで 重大な人権侵害が起きようとも、新たな冤罪が生まれようとも、誰も なんの責任も
取らないのである。
世界標準からかけ離れた 人質司法は国益を毀損する
江口さんの言葉に戻ろう。
「 次に 残りの1分で わたしはふたつ目に挙げた取調べの問題について、個人的な体験から
お話しします。中国では 取調べでは 被疑者に黙秘権は与えられていない と言います。ひどい話です。
でも 日本も 決して中国のことは笑えません。日本の捜査実務では 否認や黙秘をしている被疑者
に対して、実質的に 無制限の長時間の取調べが可能になっています 」
江口さんは 黙秘権を告げていた。「 事実無根。これ以上話すことはない 」。
こう話したにもかかわらず、取調べは 56時間にわたって続いた。第2回の赤阪正昭さんのパートでも
述べたが、この国では 憲法上の権利である黙秘権を告げても、取調べには 応じなくてはならない
という蛮行が いまだに続いているのである。
さらに、
「 このこと(日本の捜査実務では 否認や黙秘をしている被疑者に対して、実質的に無制限の
長時間取調べが可能になっていること)は 海外に知られ、もはや 国益を毀損する事態になっています。
先ほど 打越さく良議員が挙げられたましたが、イギリス国籍の被疑者が 日本に引き渡されなかった
という事例がありました。そのときに イギリスの裁判所が挙げた理由は 捜査機関による長時間の
取調べで 自白を強要される怖れがあること、これです」
とも話す。
「 イギリス国籍の被疑者が 日本に引き渡されなかった 」とは どういうことなのか。
2015年11月、東京・表参道の宝石店「ハリー・ウィストン」でダイヤの指輪など46点、
計約1億600万円相当が奪われた。事件2日後に出国した男3人を 警視庁が特定。 2017年に
強盗傷害容疑などで 国際刑事警察機構(ICPO)を通じて 国際手配をする。
その後、3人は それぞれ別の容疑で 英国内にて拘束。日英は 犯罪人引き渡し条約を締結して
いないため、日本政府が 引き渡しを求めていた。ところが である。2023年8月11日、英国の
裁判所は「 日本の刑事手続に人権上の問題がある 」として、犯人のうちのひとりの引き渡しを
認めない判決を下したのだ。(英国の検察当局は 日本政府の意向を受けて控訴)。
江口さんは この事案について俎上に載せているのである。
英国の裁判所が 日本の刑事手続に どのような人権上の問題があると述べているのかというと、
「 圧迫的な取調べとその長さ 」「 抑圧的な取調べテクニック 」のみならず、「 弁護士の立ち会い
がないこと 」「 運動や医療など拘禁施設の環境の問題 」「 保釈がないこと 」など多岐にわたる。
人質司法を成り立たせている 様々な構成要素すべてが人権上、許されざるものであると述べている
のである。
詳しくは 高野隆弁護士がブログに判決全文の試訳を掲載しているので参照していただきたい。
http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65996636.html
江口さんは 次のような言葉でスピーチを締めくくった。
「 国会議員のみなさん、国益を守るために どうか頑張って下さい。以上です。ありがとう
ございました 」
人質司法は 国益を毀損するレベルにまで達していると喝破したのである。
法律家たる検察官は「 黙秘権が理解できない 」と言った。
さて、江口さんは スピーチの冒頭で「 取調べでは 不安をあおり、あるいは 被疑者の人格や尊厳を
傷つける言動が行われます 」と述べた。
実際の取調べにおいて、江口さんは どのような言葉を投げかけられたのだろうか。
江口さんは 逮捕された際、取調官である川村政史検事から 侮辱されるなど黙秘権や人格権を
侵害する違法な取調べがあったとして 国に1100万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。
国家賠償請求訴訟をめぐる 共同通信の報道によると、川村政史検事は、
「 あなたの言っている黙秘権ってなんなんですか。全然理解できない 」、「 うっとうしいだけ 」、
「 お子ちゃま発想だった 」、「 弁護士としての能力が相当程度劣っている 」などと発言しただけ
でなく、江口氏の中学時代について「 数学とか理科とか理系的なものが得意じゃなかったみたい
ですね。論理性がずれているんだよな 」とも述べたという。
横浜地検特別刑事部の独自捜査だったため、その取調べは 録音録画されていた。東京地裁の勧告
を受け、国側が 約2時間20分の映像を証拠として提出。 さらに 裁判所は 2023年10月5日、
江口氏への尋問の際、必要な範囲で再生することを認める方針を示した。
年明けにも 法廷で取調べの様子を記録した可視化ビデオが上映されるのである。
この国の人質司法の実態を考えるうえで、極めて重要な口頭弁論期日となるに違いない。
刑事裁判では 不可解な判決で執行猶予つきの有罪となってしまった江口さん。
一日も早く 弁護士資格を回復されるよう願うばかりである。
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『人質司法サバイバー国会』の動画はこちらから視聴可能です。