宮下洋一 2023.12.01 Wedge ONLINE
ガザ地区のイスラム武装組織ハマスが イスラエルを襲撃した10月7日以降、欧州各国で
さまざまな緊張が高まっている。中でも、ユダヤとイスラム両教徒の人口が 欧州でもっとも多い
フランスでは、戦争や人質、人種差別や反ユダヤ主義の反対を訴える 双方のデモ活動が繰り広げ
られてきた。
中東とは 地理的に離れたフランスで、何が起きていたのか。なぜ フランス人は、この問題に
敏感に反応するのか。パリ市内の異なるデモに参加してみた。
禁じられた親パレスチナのデモ
このデモに参加した唯一の政党は、極左「不服従のフランス」。ジャン=リュック・メランション
党首は X(旧ツイッター)で、イスラエルを訪問していた国民議会のブロンピベ議長に対し、
「 殺戮を推進している 」と書き込み、フランスのイスラエル支持を非難した。
また、同党のマニュエル・ボンパール議員も、ブロンピベ議長が Xに掲載したイスラエル軍との
写真を批判。「 ……議長は、戦争犯罪を犯す軍隊への支持を示すべきではない 」と記し、
「 フランスは、即時停戦、人質解放、ガザ包囲中止を求めるべき 」と訴えた。
反ユダヤ抗議に参列した極右ルペン
フランスでは、10月7日から 1カ月の期間に、反ユダヤにまつわる行為が 1000件以上、報告
されていた。内務相によると、その数は、通常 2年間で累積されるものだという。
この事態を警戒し、上下院の議長や ダルマナン内相らは、反ユダヤ主義を否定するデモ行進を
呼びかけた。
11月12日、パリで 10万5000人、その他の都市で 数万人が参加、フランス全土で 合計18万2000人
(内務省発表)が 反ユダヤ主義に抗議するデモに参列した。
前述の極左「 不服従のフランス 」は、「 ガザ市民虐殺を支持しているデモ 」と非難し、参加を拒否。
国内で 批判の的になった。
そんな中、極右「 国民連合 」のマリーヌ・ルペン党首が姿を現したことが、この日の最大の
ニュースだった。 反ユダヤや移民排斥のイメージを植え付けてきた ルペン党首は、
「 われわれは、いるべき場所にいる 」と述べ、国民やメディアの意表を突いた。
反ユダヤ問題の専門家、マルク・ノベル氏によると、過去20年間で フランス国外に移住した
ユダヤ人の数は 6万7437人に上るという。その理由について、同氏は、『フィガロ・マガジン』
に対し、こう語っている。
「 そのうちの半数は 恐れによるものだが、それは 10月7日に起因するものではない。
その恐怖は、2000年10月に始った第二次インティファーダに遡る。イスラエル・パレスチナ紛争
の緊張が高まると、フランスで 反ユダヤ攻撃が増加するという決まりがある 」
デモの先頭には、ニコラ・サルコジ氏 や フランソワ・オランド氏といった元大統領らが
〈共和国のため、反ユダヤ主義のため〉と書かれた横断幕を持って行進した。
参加者たちも、〈 反ユダヤ主義、人種差別、極右に反対 〉と書いた旗を持ちながら歩いていた。
ここに集まった市民が、ユダヤ人だけでなかったことが 重要視された。
フェミニスト作家で哲学者のエリザベート・バダンテール氏は、これまで イスラム主義には 口を閉ざして
きた。しかし、「 ユダヤ人でない人々の反ユダヤ主義抗議の声は、貴重であり、必要不可欠だ」と
フランス週刊誌『レクスプレス』に語っている。
また、バダンテール氏は、昨今、社会の分断が進む フランスで、民主主義が弱体化している現状
について、独特な視点を示していた。
「 ふたつの理由がある。ひとつは 心理的、もうひとつは 政治的。前者は、我々の超個人主義。
『 私が最初 』で、その他は 二の次。集団の目的を考える前に、個人の喜びを考えている。
後者は、法に対する軽視。(中略)……子供たちに 法の尊重を十分教えてこなかった 」
平和を訴える沈黙のデモ行進
パリでは 翌週の11月19日、パレスチナもイスラエルも敵対視しない「 もうひとつの声 」を
スローガンに掲げた平和デモが行われた。 参加者は、
女優のイザベル・アジャーニ氏やエマニュエル・ベアール氏、元文化相のジャック・ラング氏らを
含む、約600人の芸能人や文化人が集まった。
普段のデモ行進とは違い、参加者は 文字のない白い横断幕や旗を掲げ、無言のまま約2.5km
の道を練り歩いた。これは イスラエル側でもパレスチナ側でもなく、殺戮や暴力に反対するための
「 祈り 」を意味するものだった。
元工学者のディディエ・プル氏(79歳)は、デモの先頭付近を歩きながら、フランスの外交に
対する不満を口にしていた。
「 国民議会の議長が イスラエルに渡り、無条件で 極右のイスラエルを支持したフランスは
間違っている。ハマスは テロ行為をしたかもしれないが、彼らの領土が 長年、イスラエルに
脅かされてきたことも 事実。私は とにかく、停戦を願っている 」
某アジア国のフランス大使館に勤務経験がある元外交官、ロマン氏(69歳)は、
「 ウクライナ戦争も含め、すべての戦争が 停戦に向かうべきだ 」と主張。
「 日本も含め、民主主義国家は まだ未成熟で、必ずしも 理にかなった行為をしているとは言えない。
私は、宗教や人種差別の反対を求めて デモに参加している 」と話した。
約2時間続いた このデモ行進は、最後まで沈黙が保たれた。アラブ世界研究所を出発し、
クリスマスの装飾が始まる市内中心のデパートを抜け、ユダヤ芸術歴史博物館を通過した。
多くの若者たちは、ショッピングに夢中だった。しかし、振り向くと、このデモに 20代と30代の
若者の姿は、ほとんど見受けられなかった。
日本は多元主義を発信せよ
親パレスチナ支持者も 反ユダヤ主義に抗議する人々も、価値観こそ異なれど、彼らの願いには
共通するものがある。殺し合いを止めろ、ということだ。 彼らは おそらく、それだけを祈っていた。
このシンプルな状況を複雑にしているのは 誰なのか。
それは、人間一人ひとりのエゴイズムにほかならない。
3つのデモを観察しながら見えてきたことは、敵か味方かで 正義を捉えようとする物事の難しさだ。
そこには、人種、民族、宗教など、複雑に絡み合う要素はあるが、それ以上に 利権争いを繰り返す
各国の政治家たちが求める「白か黒か」の二者択一に、多大な過ちがあることは 間違いない。
人間は、アイデンティティを持ちたがる生き物だ。親パレスチナ支持 と 反ユダヤ主義抗議に
ついては、フランス全土で 大規模なデモとなった。しかし、中立な平和デモに参加した人々の数は、
圧倒的に少なかった。
言わば、イスラエルやガザで起きている殺し合いに対し、「白か黒か」の二元論をなくした世界
には、あまり興味を示していなかったように見える。
日本は、どのようなアイデンティティを持っているのだろうか。
欧米社会とは、歴史も宗教も異なる中で、米国や欧州のような 二元論主義にこだわるべきなのか。
パリで行われた平和デモのように「 人命第一 」を貫くならば、日本は むしろ独自の多元主義を
世界に発信していくべきではないだろうか。
2023/12/01