親パレスチナと反ユダヤ抗議 フランスデモの分断と共通点

     宮下洋一   2023.12.01   Wedge ONLINE

 ガザ地区のイスラム武装組織ハマスが イスラエルを襲撃した10月7日以降、欧州各国で

さまざまな緊張が高まっている。中でも、ユダヤとイスラム両教徒の人口が 欧州でもっとも多い

フランスでは、戦争や人質、人種差別や反ユダヤ主義の反対を訴える 双方のデモ活動が繰り広げ

られてきた。 

 中東とは 地理的に離れたフランスで、何が起きていたのか。なぜ フランス人は、この問題に

敏感に反応するのか。パリ市内の異なるデモに参加してみた。

 

禁じられた親パレスチナのデモ

    フランスには、欧州最多 約500万人のイスラム教徒がいるといわれている。
一方、米国とイスラエルに次ぐ 世界最大規模のコミュニティーを持つユダヤ教徒の数は、約50万人
と推定される。 
 ハマスのイスラエル襲撃で、これまでに 少なくとも 40人のフランス人が殺害されている。
当初は、世界中が ハマスを非難し、イスラエルを擁護する報道が見られた中、フランス政府も、
ユダヤ人に対する町中での 人種差別攻撃などを危惧していた。 
 ダルマナン内相は、「 公共の秩序を乱す恐れがある 」との声明を発表し、パレスチナやハマスを
支持するデモを禁止した。しかし、パレスチナの旗を持つ市民が パリ市内で抗議し、10人が 逮捕
された。10月12日、マクロン大統領は 民放を通じ、「 イスラエルの悲しみを分かち合う 」と述べ、
ハマスのテロリスト行為を非難した。 
 
  その後、イスラエルによるガザへの報復攻撃が進む中、フランス政府は、親パレスチナ派デモの
禁止を継続させることもできなかった。10月22日、パリ市内の共和国広場には、約3万人(主催者
発表、警察発表はその半数)のパレスチナ支持者が怒りの声を上げた。
  〈パレスチナの子供たちへの殺戮を止めろ〉、〈虐殺、フランスは共犯者〉、〈子供たちへの爆撃
   は、自衛行為ではない。パレスチナを解放せよ〉、〈ネタニヤフ(首相)テロリスト、マクロン
  (大統領)共犯者〉、〈メディアは、反パレスチナ〉――。
   さまざまな抗議文を書いたプラカードを持つ参加者や、パレスチナの旗を振り続ける若者たちが
共和国広場を埋め尽くした。
 

   このデモに参加した唯一の政党は、極左「不服従のフランス」。ジャン=リュック・メランション

党首は X(旧ツイッター)で、イスラエルを訪問していた国民議会のブロンピベ議長に対し、

「 殺戮を推進している 」と書き込み、フランスのイスラエル支持を非難した。 

 また、同党のマニュエル・ボンパール議員も、ブロンピベ議長が Xに掲載したイスラエル軍との

写真を批判。「 ……議長は、戦争犯罪を犯す軍隊への支持を示すべきではない 」と記し、

「 フランスは、即時停戦、人質解放、ガザ包囲中止を求めるべき 」と訴えた。

 

反ユダヤ抗議に参列した極右ルペン

   フランスでは、10月7日から 1カ月の期間に、反ユダヤにまつわる行為が 1000件以上、報告

されていた。内務相によると、その数は、通常 2年間で累積されるものだという。

この事態を警戒し、上下院の議長や ダルマナン内相らは、反ユダヤ主義を否定するデモ行進を

呼びかけた。 

 11月12日、パリで 10万5000人、その他の都市で 数万人が参加、フランス全土で 合計18万2000人

(内務省発表)が 反ユダヤ主義に抗議するデモに参列した。

前述の極左「 不服従のフランス 」は、「 ガザ市民虐殺を支持しているデモ 」と非難し、参加を拒否。

国内で 批判の的になった。

 

  そんな中、極右「 国民連合 」のマリーヌ・ルペン党首が姿を現したことが、この日の最大の

ニュースだった。 反ユダヤや移民排斥のイメージを植え付けてきた ルペン党首は、

「 われわれは、いるべき場所にいる 」と述べ、国民やメディアの意表を突いた。

  反ユダヤ問題の専門家、マルク・ノベル氏によると、過去20年間で フランス国外に移住した

ユダヤ人の数は 6万7437人に上るという。その理由について、同氏は、『フィガロ・マガジン』

に対し、こう語っている。 

 「 そのうちの半数は 恐れによるものだが、それは 10月7日に起因するものではない。

   その恐怖は、2000年10月に始った第二次インティファーダに遡る。イスラエル・パレスチナ紛争

   の緊張が高まると、フランスで 反ユダヤ攻撃が増加するという決まりがある 」 

 

  デモの先頭には、ニコラ・サルコジ氏 や フランソワ・オランド氏といった元大統領らが

 〈共和国のため、反ユダヤ主義のため〉と書かれた横断幕を持って行進した。

参加者たちも、〈 反ユダヤ主義、人種差別、極右に反対 〉と書いた旗を持ちながら歩いていた。

 

   ここに集まった市民が、ユダヤ人だけでなかったことが 重要視された。  

フェミニスト作家で哲学者のエリザベート・バダンテール氏は、これまで イスラム主義には 口を閉ざして

きた。しかし、「 ユダヤ人でない人々の反ユダヤ主義抗議の声は、貴重であり、必要不可欠だ」と

フランス週刊誌『レクスプレス』に語っている。 

 また、バダンテール氏は、昨今、社会の分断が進む フランスで、民主主義が弱体化している現状

について、独特な視点を示していた。 

 「 ふたつの理由がある。ひとつは 心理的、もうひとつは 政治的。前者は、我々の超個人主義。

 『 私が最初 』で、その他は 二の次。集団の目的を考える前に、個人の喜びを考えている。

    後者は、法に対する軽視。(中略)……子供たちに 法の尊重を十分教えてこなかった 」

 

平和を訴える沈黙のデモ行進

     パリでは 翌週の11月19日、パレスチナもイスラエルも敵対視しない「 もうひとつの声 」を

スローガンに掲げた平和デモが行われた。 参加者は、

女優のイザベル・アジャーニ氏やエマニュエル・ベアール氏、元文化相のジャック・ラング氏らを

含む、約600人の芸能人や文化人が集まった。

  普段のデモ行進とは違い、参加者は 文字のない白い横断幕や旗を掲げ、無言のまま約2.5km

の道を練り歩いた。これは イスラエル側でもパレスチナ側でもなく、殺戮や暴力に反対するための

「 祈り 」を意味するものだった。

 

  元工学者のディディエ・プル氏(79歳)は、デモの先頭付近を歩きながら、フランスの外交に

対する不満を口にしていた。

  「 国民議会の議長が イスラエルに渡り、無条件で 極右のイスラエルを支持したフランスは

    間違っている。ハマスは テロ行為をしたかもしれないが、彼らの領土が 長年、イスラエルに

    脅かされてきたことも 事実。私は とにかく、停戦を願っている 」 

 

 某アジア国のフランス大使館に勤務経験がある元外交官、ロマン氏(69歳)は、

「 ウクライナ戦争も含め、すべての戦争が 停戦に向かうべきだ 」と主張。

「 日本も含め、民主主義国家は まだ未成熟で、必ずしも 理にかなった行為をしているとは言えない。

私は、宗教や人種差別の反対を求めて デモに参加している 」と話した。

  約2時間続いた このデモ行進は、最後まで沈黙が保たれた。アラブ世界研究所を出発し、

クリスマスの装飾が始まる市内中心のデパートを抜け、ユダヤ芸術歴史博物館を通過した。

多くの若者たちは、ショッピングに夢中だった。しかし、振り向くと、このデモに 20代と30代の

若者の姿は、ほとんど見受けられなかった。

 

日本は多元主義を発信せよ

 親パレスチナ支持者も 反ユダヤ主義に抗議する人々も、価値観こそ異なれど、彼らの願いには

共通するものがある。殺し合いを止めろ、ということだ。 彼らは おそらく、それだけを祈っていた。

このシンプルな状況を複雑にしているのは 誰なのか。

    それは、人間一人ひとりのエゴイズムにほかならない。 

3つのデモを観察しながら見えてきたことは、敵か味方かで 正義を捉えようとする物事の難しさだ。

そこには、人種、民族、宗教など、複雑に絡み合う要素はあるが、それ以上に 利権争いを繰り返す

各国の政治家たちが求める「白か黒か」の二者択一に、多大な過ちがあることは 間違いない。

 

  人間は、アイデンティティを持ちたがる生き物だ。親パレスチナ支持 と 反ユダヤ主義抗議に

ついては、フランス全土で 大規模なデモとなった。しかし、中立な平和デモに参加した人々の数は、

圧倒的に少なかった。

   言わば、イスラエルやガザで起きている殺し合いに対し、「白か黒か」の二元論をなくした世界

には、あまり興味を示していなかったように見える

 

  日本は、どのようなアイデンティティを持っているのだろうか。

欧米社会とは、歴史も宗教も異なる中で、米国や欧州のような 二元論主義にこだわるべきなのか。

パリで行われた平和デモのように「 人命第一 」を貫くならば、日本は むしろ独自の多元主義を

世界に発信していくべきではないだろうか。

 

 

 

2023/12/01