「コロナワクチン を接種しよう」という空気を生み出せたのは日本政府の唯一の功績

     「みんなワクチンを打ってますよ」に弱かった日本人の国民性

                              岩田健太郎       2023.11.24     集英社オンライン

 

ワクチンを学び直す #1

  ワクチンについてさまざまに論じられている中での最新の動き、予防接種制度や海外も含めた
ワクチン接種の全体像に着目。 日本と海外のワクチンの接種状況の違いと、日本でワクチン接種が
機能した理由について考察、書籍『ワクチンを学び直す』より一部抜粋してお届けする。
 
日本のワクチン政策の2つの前進―― HPVワクチンと新型コロナワクチン

  この数年、日本のワクチン接種の環境において 大きな前進が2つありました。

   1つは、新型コロナウイルス感染症に対するmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン提供が非常に

うまくいったことです。これは 当時の政府、内閣、厚労省ら関係諸氏の功績だと思っています。 

   もう1つは、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの積極的勧奨が再開されたことです(*1)。

とはいえ、HPVワクチンについては、巨大なマイナス状態だったのが、ようやく スタート地点に

戻ったという感じではあるのですが。 これまで 日本は、予防接種による感染症の予防にあまり

積極的ではありませんでした。日本の制度は 世界の先進国に大きくおくれを取り、だからこそ

「ワクチン後進国」というありがたくない評価を得てきたのです。

   しかし、世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)と戦うには、

ゲームチェンジャーたるワクチンの活用が欠かせません。日本は 新型コロナワクチンの入手、提供を

迅速に行ない、世界的にも 新型コロナの被害が非常に小さな国となりました。 

 

   本稿執筆時点(2023年4月)で、新型コロナで亡くなった方は 世界で685万人以上にのぼります。

じつは、おそらく これも過小評価で、実際には もっと多くの方が新型コロナで亡くなったであろう

ことが推測されています。世界でも トップレベルの医学雑誌『ザ・ランセット』に掲載された論文

では、新型 コロナウイルス 感染症、COVID-19で亡くなった方は 1800万人以上と推定しています(*2)。

    地球上で こんなに 短期間に たくさんの方が1つの感染症で亡くなった事例は近年ありません。

おそらくは、数千万人が亡くなったといわれる 1918年の「スペイン風邪(パンデミック・インフルエンザ)」

以来の被害といえるでしょう。

 

日本は 新型コロナの死亡者数が 世界的にはかなり少ない国

    まさに COVID-19は 100年に1度の巨大な厄災なのです。最も死者が多かったのは米国でした。

すでに 106万人以上が亡くなっています(*3)。米国では 建国以来、多くの事件や戦争が起き、

そのたびに たくさんの死者が発生してきました。 

  ウィキペディアの情報ですが、独立戦争での死者が 3万1千人、南北戦争の死者が 65万人以上、

第1次世界大戦が 11万6516人、第2次世界大戦のそれが 40万5399人、朝鮮戦争が 3万6516人、

ベトナム戦争が 5万8220人、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが 2996人、イラク戦争が

4492人だったとされています(*4) (*5)。 

   また、1981年に発見されたエイズの米国における総死亡者は、現在までに 約70万人、1918年

のスペイン風邪の死者が 67万5千人、2017年のハリケーン・マリアの死者が およそ3千人、

2005年のハリケーン・カトリーナの死亡者が 2千人弱です(*6)。 

 

    つまり、COVID-19は、米国建国以来、人災、天災を含めて最大の死者を出した悲惨な感染症

だったのです。同様に、フランスでは 16万人以上ドイツでは 17万人以上英国では 20万人以上

イタリアでは 18万人以上の方がCOVID-19のために命を落としています。 

  では、日本ではどうか。日本での死者は 7万3791人と、他の先進国よりもダントツで少ないのです。

G7(先進7カ国)加盟国の中では唯一、カナダの死者が 5万1930人と日本よりも少ないですが、

人口あたりの死亡者数は カナダが 100万人当り1353人に対して、日本が 100万人当り 588人です。

   G7の中でも日本は、COVID-19の被害が圧倒的に小さな国だったのです。

もちろん、日本よりも よい結果を出した国は他にもあります。例えば、インドネシア。例えば、タイ

例えば、ベトナム。例えば、シンガポール。こうした国では、人口当りの死亡者数が日本のそれより

少なく抑えられていました。

   しかし、それでも 日本は 新型コロナの死亡者数が 世界的には かなり少ない国です。

新型コロナで死亡リスクが非常に高い高齢者が多い国にもかかわらず、です。 そんなわけで、日本の

新型コロナ対策は 国際的には 一般に高く評価されています。もちろん、あれやこれやの局地的な失敗

はありましたし(クルーズ船とか)、構造的な欠陥も多々あるのですが、全体としては 日本は

コロナ・パンデミック対策の成功国なのです(*7) (*8)。

 

日本でCOVID-19の被害が小さかった理由

   では、なぜ 日本は COVID-19の被害が(相対的に)小さかったのか。

理由は いくつか指摘されています。例えば、社会活動抑制策への国民の遵守率が非常に高かったこと

などです。 そして、成功の最大の理由の1つとして 指摘されているのが、高いワクチン接種率だった

のです。

  2023年1月16日の段階で、人口100人当りのワクチン接種回数は 302・82回。1人当り3回以上で、

これは 世界平均を大きく上回りますし、先進国では トップレベルです。

プライマリ・ケアや予防医療で 世界最先端を行っているキューバには及びませんが、素晴らしい数字

だと思います(資料1)。 日本は OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で、国民の 政府への信頼度

が非常に低い国で、コロナ禍にあった 2021年時点では、29.1%しかありませんでした(資料2)。 

 一般に、政府への信頼が低いと、予防接種の接種率は低下するのが普通ですが、「にもかかわらず」

新型コロナワクチンは 日本で よく接種されてきたのです。 その理由は はっきりしませんが、

ぼくの推測では「ノリ」のおかげだと思っています。あるいは「空気」と言ってもよいでしょうか。

 

「ワクチンを接種しよう」という同調圧力を醸し出すことができた日本政府

   昔から日本人は、「皆がやる」という「ノリ」さえ作ってしまえば、同調圧力が広く作動して、

皆で同じような行動をとってくれるのです。だから、日本では「ワクチンを打つ」という「ノリ」

さえ醸成されてくれれば、皆が ワクチンを打ってくれるのです。 

有名な沈没船ジョークがあります。豪華客船が沈没しそうになり、救命ボートはキャパがいっぱいで、

誰かが 海に飛び込まなくてはいけません。船長は 各国の乗客を説得して海に飛び込ませようと試み

ます(あくまで、ジョークです)。 アメリカ人には「ここで飛び込めばヒーローになれますよ」

と言うと飛び込む。 ロシア人には「海にウォッカの瓶が流れていますよ」、 イタリア人には

「海中を美女が泳いでいますよ」、 フランス人には「絶対に海に飛び込まないでください」、 

イギリス人には「紳士はこういう時、海に飛び込むものです」、 そして、日本人には「みんなも、

飛び込んでますよ」と言うと飛び込む。 というものです(しつこいようですが、あくまでジョーク

です)。 

   これが 日本人の大好きな「同調圧力」というわけです。 しかし、日本人が同調圧力に弱いのなら、

逆に「ワクチンを接種しない」という同調圧力だって醸成できたわけです。そうなれば、日本では

「皆が」ワクチンを接種しない状態となり、現在よりも もっともっとたくさんの方が新型コロナで

死亡していたかもしれません。 同調圧力は 吉と出ることもあり、凶と出ることもあるのです。 

  だから、日本の新型コロナワクチン接種政策の「成功」に、日本人の国民性が大きく寄与していた

ことはおそらく間違いないと思います。 けれども、だからといって「政府には なんの功績もない」

などと言うつもりはありません。「ワクチンを接種しよう」という同調圧力を醸し出すことができた

日本政府や担当者の力量は素晴らしかったと ぼくは思います。こんなに 政府が信用されていない

にもかかわらず、その「空気」を作ることに成功したのだから。