ウォール街からあぜ道へ、CLO市場の「クジラ」農林中金が原点回帰

           萩原ゆき    Bloomberg

 

  国際金融市場で 巨大ファンドと見られていた農林中央金庫が、投資対象の重点を 国内の

農業関連融資や企業への貸し出しに移しつつある。

背景にあるのは、変革期にある農林水産業を支えるという「原点回帰」の姿勢だ。

 

  農林中金は かつて、格付けの低い企業への融資を束ねて証券化したローン担保証券(CLO)

の保有規模の大きさから「CLO市場のクジラ」と呼ばれていた。 米金融当局が 利上げ開始に

向けて動く中、金利上昇への耐性が強い側面を持つ CLOの販売は加速しているが、農林中金は

現時点では 積極的にポジションを積み増すことは検討していない。

 

   農業・漁業・森林組合の出資による協同組織である農林中金は、農業協同組合(JA)をはじめ

とする 約3400団体から 約107兆円の資金を預かり、投資運用益を還元している。海外投資で得た

運用益は「奨励金」と呼ばれる預金金利として還元されて 農林水産業を支える役割を担っている。

 2018年ごろから CLO投資を急速に増やした農林中金の保有残高は 19年6月末に約8兆円に達し、

世界全体の約10%を保有。しかし、12月以降は 四半期ベースで減少が続き、21年9月末時点の

残高は 約4兆8000億円、12月末時点では 約4兆9000億円、ピーク時の6割程度となっている。

農林中金が保有を減らした後のCLO市場には 新たに米銀などが参入したことで 混乱は見られて

いない。

    ※ CLOは、信用力の比較的低い企業が金融機関から借りたローンを元に作られた金融商品。

     超低金利が続く中、CLOのような金融商品や低格付け企業の社債は、高利回り商品として

     人気を集めている。

      だが、新型コロナで幅広い分野のビジネスが停滞し、財務基盤の弱い企業の信用力が

     低下している。企業の先行きに対する不安が金融市場に広がり、クレジット 商品の価格下落が

     続けば、CLOも値崩れが進み、CLOに投資する金融機関は含み損を抱えることになる。

     高リスクの金融商品が値崩れし、その影響が 金融市場全体に波及する構造は、2008年の

               リーマン・ショックを彷彿とさせる。今回は大丈夫なのか。   2020/4/9

      ※ 「リーマン」類似、投資急増 農林中金など3社 CLO、計12兆円

                  2019年11月27日     東京新聞

     大手金融機関が、信用力の低い米国企業向けの貸出債権を束ねた金融商品「ローン担保証券」

     (CLO)への投資を急増させている。・・・米国の景気次第で価格が大きく下がる懸念

     もあり、日銀は リスクに留意するよう促す報告書をまとめた。

               9月末時点の国内のCLOの保有額は、農林中央金庫(農林中金)が突出しており、

               7兆9千億円。三菱UFJフィナンシャル・グループが 2兆4,733億円で続き、

     ゆうちょ銀行も1兆5,241億円に上る。この三つの金融機関の保有分が国内の残高の

     大半を占める。・・・

 

 奥和登理事長は 昨年11月、「 私たちの使命は 農林水産業を支えること 」と語った上で、

支える方法は 投資資金や収益還元によるものと、コンサルティングや出資によるものの二通りある

と指摘。「 収益還元を 今以上に増やすことが難しい現状では ヒューマンリソースを使いながら

支援していきたい 」と説明していた。

 

  国内に先駆けて 国際分散投資体制を築き上げ、巨大ファンドと認識されるまでになった農林中金

のCLO投資姿勢の変化は、その役割が大きく変わろうとしていることを物語っている。

 

「孤独な長距離ランナー」

  年金積立金管理運用独立行政法人(GPIFの宮園雅敬理事長は、農林中金の国際分散投資体制

を築いた1人だ。1997年、農林中金は 投資先進例を学ぶため、7-8人ずつ4グループの視察団

を欧米に派遣した。当時、熊本支店から帰京した宮園氏は、総合企画部の副部長として 欧州への

視察団に参加した。

  バブル崩壊や住宅金融専門会社の不良債権問題を受けて 日本版金融ビッグバンが進む中、

資金の安定運用は 喫緊の課題だった。23年に設立された農林中金は、64年には 預金高が1兆円を

超える規模となり、90年代には 農産物で十分な利益が得られなくなった農業団体等が 預金を同社に

預けて増やしてもらう形が定着していた

   宮園氏と共に 体制構築に関わった八木正展代表理事は、還元を続けるためには「 運用の世界で

やっていくしかない 」との決意で視察に臨んだと語る。しかし、銀行勘定で 毎年利息還元をしながら

長期運用を行うモデルは 当時の視察先では見当たらず「 まるで孤独な長距離ランナーのようだった 」

と振り返る。 欧州で視察した宮園氏も「 一緒に走る仲間もゴールも見えないまま一定距離ごとに

ラップを刻み続けている 」ようだったと語る。

 視察の翌年、農林中金は それまで 国内と海外を分けて管理していた投資体制を 債券や株式など

アセットごとに再編し、開発投資部や資金為替部などを独立させる今の体制の礎を築いた。

 

農業を考えるDNA

 この時、農林中金があえて取り入れなかったのが専門人材の積極採用だ。視察先ではリスク計測の

専門家らを高報酬で迎えていた。しかし、個人の能力を重視するより 組織力を高めることを優先し、

給与体系も変えない決断をした。

 宮園氏は、この決断が 農林中金の投資体制の強さにつながったとみている。同社には「 あぜ道

からウォール街へ 」との言葉があり、地方で 農家に関連する業務に携わった数カ月後に ニューヨーク支店

で 国際金融を担当する人事異動を指す。「 いつも頭のどこかで農業のことを考えている 」のが

他の銀行とは違う点で「 そのDNAがあるからこそ投資運用組織としてまとまりがある 」と語った。

 

転機

  国際投資の運用益で農業を支える方針は、2016年に転機を迎えた。15年には 農業総産出額が

1984年のピーク時から約3割減少し、農業従事者の平均年齢は 65.9歳と高齢化が進んでいた。

食料自給率が 39%にとどまる中、自民党農林部会長だった小泉進次郎氏が掲げた農政改革で農林中金

の役割が問われるようになったのだ。

 

農業は継続性が危ぶまれていた                     

     農業の現状                                 2015                                2019                 

     1経営体あたり農業経営収支        736万円                             892万円

     農地面積                                  26%減                    1経営体あたり耕地面積20%増加

                                                 (1961年ピーク時比)                 (15年比)
     農業従事者の平均年齢                65.9歳                               67.8歳
     農業総産出額                            27%減                                24%減

                                                 (1984年ピーク時比)                 (ピーク時比)
     食料自給率(カロリーベース)     39%                                   47%

                                                データ出所:農林水産省の食料・農業・農村白書

 

     18年当時、農林水産事務次官だった末松広行氏は、農林中金の奥理事長に「 海外でもうけて

仕送りを続けることが 本当に持続的なのか 」と問いただし、同社の持つ人材や知見を農協の経営や

事業に生かすべきだと進言したという。

  同じころ、農林中金のCLO保有に対して 不安の声が上がり始めた。投資対象は 裏付け資産に

厳格な基準を設定したAAA格に限定されていたが、農林中金を監督する吉川貴盛農相(当時)は

19年4月の参院農林水産委員会で、「 仮に損失が発生すれば、JAバンク等や農村地域に甚大な

影響を与える恐れがある 」との認識を示した。

 CLO保有に対する国会での追及は 21年春まで続き、同時期に金融庁のある幹部は、農林中金幹部

に対し「 池の中のクジラにはならないように 」という言葉で対応を求めた。

 市場運用資産の7割が外貨建てで、1年間に支払う奨励金が 約4000億円に上る農林中金でも

見直しの必要性を感じていた。外貨調達コストも膨らみ、増加を続ける農協からの預金に合わせて

運用規模を拡大するのは 限界にきていた

 

   市場運用資産の7割が外貨建て

             市場運用資産の通貨別内訳

      USドル:51%   円:25%   ユーロ:16%   その他:8%

                                      データ元:農林中金決算資料

現場へ

  農林中金は 18年、日銀のゼロ金利政策開始以降も 政策金利に一定水準を上乗せしてきた奨励金

の金利を19年度から4年間で段階的に引き下げることを決めた。開示資料によると、短期金利に

奨励金利回りを乗せた信連等調達利回りは 18年度の0.56%から 21年上半期に0.48%まで減少した。

 同時に、全国の農協団体が 奨励金に依存しなくて済むように 経営支援に乗り出した。

19年からの中期経営計画では 業務効率化で 600人の人員再配置を進め、うち6割を農作物販売

による収益向上や 販路開拓など現場力の強化に充てている。 農業関連融資や、食品や卸業者などを

含めた「食農バリューチェーン」に関わる企業への貸し出しは、16年以後着実に伸びている。

 

農業の現場力強化へ

  農業関連融資は 2016年から増加

 

                              データ元:農林中金資料

 

  日銀や金融庁を経て 15年から農林中金で国際戦略アドバイザーを務めた早崎保浩氏は、

在任中の5年8カ月で ダイナミックに変わる組織を目の当たりにした。花形である投資部門の

バンカーが農業融資部門に配置転換されると「 最初は渋っていたのに目が輝くようになってきた 」

という。

 「 もうかる農業 」を掲げた小泉氏の農政改革は、流通加工業者や肥料を扱う小売業者、商社の

新陳代謝を促した。早崎氏は、戦後の農業を支える手段として「 預かった資産を運用して増やす 」

ことを選んだ農林中金が、「 もう一度ちゃんと農業に向き合おう 」と原点回帰をしたと振り返る。

 

新たな役割

  末松氏は、技術革新が 農業と金融機関の関わり方を変えるとみている。自動運転技術は 人手不足

を解消し、ハウス内の二酸化炭素(CO2)濃度制御技術は高付加価値の果物生産を可能にした。

「 長い農業の歴史で 久しぶりに投資をしようという機運が生まれている 」と感じたという。

18年の リポート で「 日本の農業が投資対象になりつつある 」との見解を示したモルガン・スタンレー

MUFG証券のシニアアドバイザー、ロバート・フェルドマン氏は、産業に投融資機会が増えること

を評価する。

 しかし、日本の農業が直面する「高齢化」と「地球温暖化」に対しては スピードが追い付いて

いないと指摘。既存の農業を変えることに抵抗がある人たちも多く、新技術利用に向けた規制緩和

の遅れもあるとして、今後は 行政や既存の農業従事者を巻き込んで改革への「リーダーシップ」を

取ることも 金融機関の重要な役割になると述べた。