清水 奈名子 , 手塚 郁夫 , 飯塚 和也
宇都宮大学国際学部研究論集,(48号),39-46 (2019-09)
 
栃木県北部の宅地敷地内における土壌中の放射性セシウム
- 2018 年12 月の調査結果報告-
清水奈名子・手塚 郁夫1・飯塚 和也2
 
序 東京電力福島第一原発事故による栃木県における放射能汚染問題
  2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下、東電福島第一原発)の事故によって
放出された放射性物質は、福島県境を越えて東北・関東地方に広く拡散し、深刻な広域汚染をもたらした。
原発事故から四ヶ月後の 2011年7月27日に公表された文部科学省及び栃木県による航空機モニタリングの測定結果によれば、福島県に隣接する栃木県もまた、県北部を中心に 福島県の一部と同程度の放射性
セシウム134 及び137 による汚染を受けていることが明らかになった。
 この 2011年の測定結果によれば、栃木県北部の汚染が最も深刻な地域では、地表面への放射性セシウム
134 と137 の蓄積量の合計が、1 平方メートル(㎡)あたり 3万ベクレル(Bq)以上、10万Bq 以下となっている。
これは 2011 年時点の福島県中通りの一部と同程度の汚染である。
さらに、必要のある者以外の立ち入りが禁止されている「放射線管理区域」の基準4 となる 1㎡当り 4万Bq 
と同等、または この基準をはるかに超える土壌汚染が発生していることが分かったのである。
 しかしながら、上述の文部科学省及び栃木県による土壌中のセシウム蓄積量の測定結果は、航空機モニタリング 
による推計値であり、実際に土壌を採取して測定されたものではない。現時点において、政府機関による
栃木全県規模の体系的な土壌調査結果は公表されていない。
 一方で、栃木県内の一部の市町では 食品中の放射性物質を測定する検査を続けており、その測定結果は
自治体のホームページ上で公開されている。那須塩原市のホームページでは、市内で採取された山菜や菌類、
果実、野生動物の肉等の一部から、現在にいたるまで 依然として 放射性セシウム134 および137 が検出されて
いることが報告されている。  
  表1 は、2019年4月から5月にかけて測定された食品のうち、一般食品の放射性セシウムの基準値 である
1 kg当り 100Bq を上回った食品(いずれも那須塩原市内で採取)の測定結果をまとめたものである。事故
から 8年以上経った 2019年になっても、いまだに基準値を超えるセシウムが検出され続けていることが分かる。
 
     表1 2019年度の食品測定結果
      測定日    検体名      セシウム134と137の合計(Bq/kg)
       5/22    コシアブラ(葉)       217.7
       5/13    サンショウ          115.8
       4/22    タケノコ                210.3
                           出典:那須塩原市ホームページをもとに筆者作成
 
 これらの食品測定結果から、東電福島原発事故によって放出された放射性セシウムは、2019年現在にいたる
まで栃木県北部の土壌に深刻な汚染を与えて続けており、食品を経由した放射性セシウムによる内部被ばく
について、今後も注意が必要であることが指摘できる。
 
 前述したように、日本政府は体系的な土壌測定を行っていない。 政府が避難指示や除染の基準として
採用してきたのは、空間線量率である。福島県境を超えた放射性物質による汚染についても、環境省は
放射性物質汚染対処特措法第32 条に基づき、空間放射線量が 1時間当り 0.23 マイクロシーベルト(μ㏜)
以上の地域を、2011年12月に「汚染状況重点調査地域」として指定した。
栃木県では、佐野市、鹿沼市、日光市、大田原市、矢板市、那須塩原市、塩谷町及び那須町の全域が
指定されている(その後、佐野市は 2016年3月31日に指定が解除された)。
 
     ※ 那須与一の生誕地・大田原市は、私が住む岡山県井原市(代々那須家の領地があった)と、
      昭和59年に友好親善都市縁組を締結している。
 
 しかしながらこうした空間線量率の基準のみで、内部被ばくの予防を含めた適切な防護対策を行うことは
可能なのだろうか。一部の食品の放射性セシウムによる汚染が続く現状では、空間線量率に加えて土壌汚染の実態を知ることが、汚染を受けた地域で暮らす人々の 今後の生活や生業に関わる活動のなかで、適切
な放射線防護対策を行うためには必要であると言えよう。
 
 栃木県における放射性セシウムによる汚染状況については、先行研究においても調査、報告が行われて
いるが、森林中の堆積有機物層や土壌、樹木、キノコ、イノシシなどの野生動物、魚類、中禅寺湖の湖底土
などの調査報告はあるものの、住民が日常生活を送る住宅敷地内の土壌調査はいまだ少ない。以上の背景
を踏まえて、本調査の目的は、東電福島原発事故による深刻な汚染を受けた栃木県北部の宅地敷地内に
おける土壌中のセシウムによる汚染の度合いを明らかにすることである。
 栃木県内の汚染状況重点調査地域の住民のうち、測定結果の公表について同意の得られた調査協力者
の自宅敷地内を測定した結果を明らかにする。
 
・・・
 
Ⅲ 考察
 今回の宅地敷地内における土壌中の放射性セシウムの調査によって明らかになったデータから、
以下の2つの問題を考察する。
 第一は、住民が日常生活を送る宅地の敷地内において、依然として放射性セシウムによる土壌汚染が
深刻であるという問題である。原発事故から 8年の間に地表面は多様な要因によって変化していることが
推測され、今回の調査対象となった地点に関しても、一部は 農地として利用されたり、自治体による除染が
行われたことが分かっている。
 にもかかわらず、先述した放射線管理区域の基準にあたる 1㎡当り4万Bq(40kBq)を超える放射性セシウムが、5軒すべての敷地内で見つかったことは、栃木県北部においても原発事故によって放出された放射性
物質による汚染がいかに深刻であるかを、表していると言えよう。
 
 第二は、土壌汚染が最も深刻であった2点(T1-3,T4-6)の土壌汚染の深刻さは、50cm 及び1m高の空間
線量率だけでは推測できないという点である。サンプル数が少ないために 一般的な推論を行うことは困難
であるが、空間線量率の計測のみでなく、土壌の測定もあわせて行うことで、放射性セシウムが集まりやすい
土壌とその周辺の空間線量率の関係について、今後も さらなる調査研究を続ける必要があることが明らかに
なった。
 1986 年に発生したチェルノブイリ原子力発電所における事故の際には、被災地域を分類する基準として、
空間線量率だけでなく、セシウム、ストロンチウム、ウラン等の放射性核種による土壌汚染の程度が用いられた。
ロシア連邦の「チェルノブイリ法」によれば、表4 に示した基準が採用されている。
土壌汚染の程度が基準として採用された背景には、汚染を受けた広大な地域における全ての住民の被曝量
を計算することが容易ではなかったため、土壌汚染基準の方が、適用が簡単であるが故に採用されたという
事情があり、一種の妥協案であったとの意見がある一方で、汚染地域における主要な産業は農業生産であり
、地域の農産物が住民の主な栄養源であることを考えれば、住民の内部被曝リスクを検討するうえで土壌汚染
を基準とすることには正当性があるとの意見もある。
 
  表4 ロシア連邦「チェルノブイリ法」におけるセシウム137 土壌汚染度合いによる被災地分類
                                                      ――― 割愛
 
 栃木県北部を含めた東電福島第一原発事故による被災地域においても、農業をはじめとする第一次産業
が営まれており、また今回の調査対象となった敷地内に暮らす住民の多数も、事故前までは家庭菜園等を
利用していたことを考慮すれば、チェルノブイリ法と同じように土壌汚染の程度による被災地域の指定や支援
の提供が必要である。
 放射性セシウム137 の半減期が約30 年であることを考慮すれば、今後 短期間では放射性セシウム濃度の低減は見込めないことから、被災地域の土壌に関する長期的な調査と対策が求められるのである。