蓮見先生曰く、
「東京オリンピックの形はキャンバスに絵を描くように美しかった。
しかし、本来の空手(護身)は泥沼を這いずり回り、敵を殺める技である」
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20年前、極真空手の選手は、「型はできません」と言っていました。
10年前、極真空手の先生は、「型も大事だよ」と教えていました。
現在、極真の道場では、"型が出来なければ空手ではない"と考えられています。
型がその人の歩んできた道だとしたら、型で一つの物語を観せられるくらいになりたいです。
ただ、型は作りすぎてはいけません。
“質素で落ち着いた趣”を「侘び寂」と言います。
観客や審判の目を意識しすぎると、技の緩急が度を超したものになります。
また、力みすぎると、居着いてしまいます。
組手が空手の命だとしたら、型は空手の魂。
型は魅せるより、空手の技量を高めるためにあるべきものです。