[ 菅井良・日記 ] その証拠、捏造につき…
「菅井良・日記 」というブログがあります。管理人さんははてなダイアリーのIDでnobtotte さんとお呼びすることにしましょう。
このブログ、なかなかステキな電波を発信しているのですが、ファイヤーブロガー のカリスマ、フクダユウイチ 氏やカレン 様と比べると、出力が「弱い」と思います。
さて、私が気になったのは2005-12-23 のエントリー『証拠をさがす その2』です。
今回も本をスキャンしたもの(写真?)を証拠として提示されるようです。
紹介される資料は、
曽根 一夫 著『元兵士が語る 戦史にない戦争の話〈2〉 』。
どんな本なのだろうと、まずアマゾンを検索。カスタマーレビューはありませんでした。
では著者はどんな人物か? グーグルで調べてみました。
あらかじめ絞り込むため「曽根一夫 南京」で検索。
曽根 一夫 南京 の検索結果 約 3,530 件
なかなかの有名人?
『南京事件』偽史料列伝(6) から引用します。
~~引用開始~~
『曽根一夫』氏については経歴詐称が発覚しています。曽根氏が行った強姦や虐殺などは、最前線の歩兵の分隊長としての視点で書かれていますが、実際の曽根氏は砲兵隊の所属であり、しかも初年兵で馭者(大砲を馬で引っ張る係)であったことが確認されています。つまり、曽根氏の強姦や虐殺談は虚構ということになります。また、曽根氏も「日記」を発表していますが、曽根氏の所属部隊は南京に入城していないにも関わらず「十二月十四日、南京到着、敵死体散乱し、死臭甚し」などと書かれており、史料価値は全く無いことになります。
~~引用終了~~
続いて大虐殺派のウソの写真、証言 から。これはページの表示ができないのでキャッシュ から引用。
~~引用開始~~
曽根一夫氏は、昭和59年に『私記・南京虐殺』、続いて『続私記・南京虐殺』、『南京虐殺と戦争』』と、連続3部の日本軍残虐告発本を出版している。この曽根氏を最初に絶賛したのが秦氏で、『諸君!』84年10月号「松井大将は泣いたか」の中で、曽根氏を静岡連隊の分隊長・軍曹と紹介し【略奪、強姦、殺人を含む自身の残虐行為を率直すぎるほどの姿勢で語ると共に、そこに至る兵士達の心情を冷静に記録している点で、類書にない特色を持つ】と高く評価している。この所属連隊について秦氏は、「新潮45論文」では【豊橋歩兵18連隊】と書いているが、この豊橋連隊は、筆者が曽根氏の出身地(御前崎)から「大井川以西は豊橋部隊」と調べての話である。結論としては、秦氏はこの所属連隊の誤りだけを認めて著書を修正し、肝心の曽根氏の体験談?は【削除する必要は認めない】と曽根支持の主張を繰り返している。ここで「繰り返して」と書くのは、初出、再出のいずれも、出版直後に『正論』編集部、文芸春秋に抗議の手紙を出し、秦氏本人とも話した(特に平成5年末には強く)が、常に修正を拒否されているからである。
曽根著書については、筆者が『諸君!』1988年12月号に「『南京虐殺』のザンゲ屋、『曽根一夫』の正体」と題して、徹底的に論破してある。その結果、藤原彰氏は岩波ブックレット『南京大虐殺』の新版から削除する旨をT・M氏を介して返答している。また平成5年の一橋出版『世界史B』に、『私記・南京虐殺』からの「軍命令による略奪」部分が引用されたことに対し、出版社、著者に抗議すると共に、『諸君!』94年2月号に「世界史教科書に出現した曽根一夫氏の亡霊」という小文を掲載した。その効果があったのか該当部分は削除されたが、これは「大虐殺派」学者でも、曽根著作を信じて頑張る者はいなくなった、ということである。
日本で曽根著作を今でも支持する“学者”は千葉大学教授・秦郁彦氏のみである。しかし中国では、曽根著作はまだ東史郎日記(虚偽記載による名誉毀損が東京地裁で認められ、高裁での控訴審が進行中)と並んで、「南京大屠殺」の有力な資料として使われている(『悲憤・血涙』1988年・吉林人民出版社など)。中国が「南京大屠殺」の資料として、日本軍兵士の著作を使う際に、日本の学者の保証は極めて有効なことであろう。
~~引用終了~~
う~んと、つまり曽根一夫さんは嘘を吐いていたと。
当時南京にいなかった人物がどうして南京での出来事を体験談として語ることができるというのでしょう?
それこそドラえもん を呼ばなくてはいけません。
おそらく古本屋で買ったのでしょうか、 私の大学での恩師が言っていました、「本は自腹を切って買ってこそ、その価値がわかるんだ」と。よい経験になったと思いますよ。


