局庵のブログ

局庵のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
 
前々回の総選挙の時だった。
 
「税は民主主義の基本です! (公約した消費税の増税について、延期する、という)税についての公約違反だから国民の信を問うため解散するのです! 」と、
腹の底から絞り出す声、悲壮感に顔が歪むかのような表情で、マイクを手に絶叫するテレビ映像が、ずっと脳裏に残っている。
 
もともと、景気によっては増税しない、との但し書きがあった公約だった。だから増税しなくても公約違反ではなかった。
また、与党・野党・世論とも増税延期を主張していた。
だから、めずらしく、打開策について与野党で論議ができる政策だった。
 
つまり、解散・総選挙の理由は成り立たなかった。
しかし、「理由不明」の解散・総選挙だったのではなかったのだ。
 
景気の先行き予想からも、政権の任期末では、総選挙の勝利が危ぶまれて、今解散すれば大勝すると予測できたから、という理由だと理解できた。
 
今なら総選挙で勝てるからという突然の解散の理由を、国民に気付かせないため、
「税は民主主義の基本だから解散する」と、 ゛「民主主義」の筋を通した゛、この上なく ゛良心的゛な「虚偽」の「解散理由」を、悲壮な表情で絶叫して国民を゛教育゛した。
                                                           
 
前回の総選挙では、
 
゛切羽詰まった、悲痛な表情゛で、人口減少と北朝鮮問題という「国難突破」のための解散だと  ゛固い決意゛  を述べた。
 
「国難」とはもともと、元寇や東北大震災のように、一国に「不意に起こる不幸事」の意で用いられ、外から襲いかかった災難とのニュアンスがある。
「大日本国語辞典」には、「国家の災難。一国の危難。」とある。「災難」とは「突然身にふりかかるわざわい」とある。

国が人口統計をとり続け、人口減少はずっと以前から予測できていた。時間を掛けて進んできた「状況」であって、不意に起こった「事件」ではない。
 
太平洋戦争後の現在まで、七十四年間、田舎・地方から選出された国会議員は、断然、自民党議員が多かった。政権を握っていたのはほとんどが自民党だった。
 
さらに、第一次・第二次政権と、長期に政権を維持している゛地方選出゛の安倍首相が、地方の状況を知らないことはない。
「人口減少」もとっくに首相が率先して、国会で討議するべき長期の「課題」だった。
 
国会で圧倒的多数の議席を維持している首相が、「人口減少」対策のために解散総選挙しなければならない、どのような理由があるだろう。
 
「人口減少」という継続してきた「状況」を、突然に出現した「国難」だと叫んで「解散理由」にしたのは、
「見かけ上は正しそうな、だますための言葉」、つまり「詭弁・きべん」であり、
「国難だ!」と驚かして、「権力維持のため」という「解散理由」をごますための、国民への「目くらまし」の言葉だった。
 
また、第一次・二次と政権を長期に維持していながら人口減少という「課題」解決を放置した自分の責任を言わず、
逆に、自分だけが解決できる「救世主」であるかのように演じた。

「北朝鮮」の日本に届くミサイルも、とつくに完成しており、北朝鮮問題という「課題」は以前から「存在している」ことを多くの国民が理解していて、゛不意の出来事゛ではなかった。
 
もし、「米・朝」の緊張が「国難」だったなら、国民の生命守るために、すぐさま全力で対応する義務があった。
その義務を放棄し、解散・総選挙をして「安倍一強」維持しようとした。
 
万全な危機対応が可能な圧倒的「議席数」と、長い「任期」が残っていながら、「解散・総選挙が危機対応」だという「虚言」を全国民に発信し、より長期の政権維持を画策した。
 
「戦争危機への対応」よりも、「安倍一強維持」を、優先させたのである。
 
 
 
安倍首相の゛力強い決意゛や゛静かな決意゛や゛沈痛な決断゛などの「表情・口調」は、
一般的に政治家が自分の信念を〈強調・誇張〉する「表情・口調」ではなく、
「日本国首相」が、その時々の「日本国民」を「あざむく」ための、主として「本心と正反対」の「嘘言」の表情だった、と明確に理解できる。
 
日本国安倍首相は、゛沈痛な表情゛゛怒りの表情゛゛静かで力強い決意の表情゛などの「嘘の表情」を、心に恥じることなく、「日本国民」に向かって演じ続けている。

政権の「自国民への蔑視と虚言」の体質は、
日本国内の、権力を行使する者が「組織内下位者への蔑視と虚言」を習慣化する環境をつくり、
日本国の「倫理観の劣化」と「国力の劣化」を招く、と感ずる。