🍀斎藤一人 みっちゃん先生 新刊🍀
『きせきのばかず』より
目の前の生活の中で、自分なりの愛を一生懸命に出そうとするとき、どうしても私たちがぶつかってしまいがちな大きな壁があります。
それが、「理不尽な人間関係のイライラ」です。
生真面目な人や、正義感が強くてがんばり屋な人ほど、誰かと意見が食い違ったり、職場で筋の通らない理不尽な目に遭ったりしたときに、
ついつい「どちらが正しいか」という「正論』という名の鋭い武器を振り回してしまいがちになります。
「だって、そっちの言っていることは筋が通っていないじゃない!」
「社会人として、普通はこうするべきでしょ!」
そうやって、相手をぐうの音も出ないほど理屈で論破して、ねじ伏せようとしちゃう。
相手の間違いを正すことこそが正義だと思っちゃう。
だけど、ひとりさんは私の顔をじっと見て、
「みっちゃん、あのね。人間関係で正論を言い始めたら、その関係はどこまでも泥沼になって、どんどん悪くなる一方なんだよ」って、驚くような真実を教えてくれたのです。
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正論を振りかざして「ほら見ろ、俺の言っていることの方が正しいだろ!」って相手を論破しようとするとね、
一見、勝ったように見えるかもしれないけれど、実は大負けなの。
なぜかっていうとね、今度は自分が相手にぶつけたその厳しい正論に、自分の行動が縛られるようになっちゃうんだよ。
自分で自分の首をギュッと絞めて、一歩も身動きが取れなくなるような、狭くて暗い部屋に自分を閉じ込めているのと同じなんだよ。
真面目な人っていうのはね、何か問題が起きると、自分で勝手に作った「真面目の方程式」の中にすべての現実をきっちりはめ込んで、綺麗な回答を出そうとするの。
だから、ちょっとでもそこから外れると反論もできなくなって、どんどん自分の素直な意見や本音が言えなくなって、生きるのが苦しくてしょうがなくなっちゃうんだよ。

この世の中の人間関係っていうのはね、最初からきれいに筋が通っているものじゃないんだよ。
みんな未熟な魂のままで生きているんだから、理不尽なことなんてあって当たり前なの。
それなのに、理論的にあらかじめ最初から筋を通そうとする人は、話がややこしくなってこじれるんだよ。
そうじゃないの。
あなたがどんな時も上気元で、笑顔を絶やさず、一歩一歩楽しく歩いていった、そのあとに自然とできる足跡のことこそを「筋(道)」って言うんだよ。
だからね、職場でも家庭でも、誰かと不毛な言い争いになりそうになったり、理屈っぽくて攻撃的な人とぶつかりそうになったりしたら、絶対に正論という同じ武器を持って戦おうとしちゃダメだよ。
「あ、こいつはいくら話してても時間の無駄だな、話が通じないな」と思ったらね、
戦わずに「へえ、そうなんですか。勉強になりました。ではごきげんよう!」って、サッと満面の笑顔を作って、その場を離れちゃえばいいんだよ。
心の中で「やめやめ!解散!」って言ってね、
相手の不機嫌に付き合わずに、自分の機嫌を最優先にしてサッと帰っちゃうのが、宇宙で一番の正解で、大人の賢い生き方なんだよ
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このお話は、イソップ童話で有名な「ウサギとカメ」の話にたとえると、すごくよく分かります。
イソップ童話では、ウサギが寝たから、カメが勝ちましたが、 もし足の遅いカメが、わざわざウサギの得意な「陸の上」で、走る速さを競おうとしたら、どれだけカメが正論を吐いたって、絶対に勝てるわけがありません。
だけど、もしカメが賢くて、「ねえウサギさん、あそこの川で『水泳』の勝負をしましょう」と、自分の得意な土俵に持ち込んだとしたらどうでしょう。
カメは自分の大得意な水の中で、ウサギに大差をつけて、スイスイと気持ちよく泳いで勝つことができますよね。
私たちは、わざわざ不機嫌な相手や、理不尽な相手と同じ土俵に上がって、正論という血だらけになる武器で傷つけ合う必要なんてないのです。
カメが迷わず水泳を選ぶように、あなたも「自分が一番、上気元で、心が軽くいられる土俵」から一歩も降りないこと。
相手の不機嫌な波に巻き込まれないこと。
理屈の通らない、嫌な相手に出会ったときは、「お、神様が『スルーする場数』 を修行させてくれているな」と思って、爽やかに受け流して、さっさと自分の楽しい場所へ移動していきましょう。

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