Les roses que nous rencontrons



~巡り逢う薔薇たち 番外編③


↓前回のお話




2024年7月8日


書き下ろし



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人々の叫び。



激しい砲弾の音。




それは、


敵か?


味方か?




あちこちで銃撃戦が起きている。



火薬の臭い。


白煙。


黒煙。



撃たれ、倒れている人々の真っ赤な血の色。




そして、その血の臭いを、

銃撃戦の中を、




我が隊は突き進んだ。




その時。




女軍人に照準を向けられた銃の音を聞き




「オスカル!」


そう叫んだ男が馬を走らせ女軍人の盾となり、


轟音と共に、男は血まみれとなり、


馬からズルリと、ゆっくり落ちていった…。







「アンドレ!見えていないのか!?なぜ着いてきた!!このばか野郎!!」




アンドレの身体から、溢れてゆく血を必死に押さえようとしても追い付かない。




愛する人の血が、彼の身体からおびただしく溢れてゆく……。





水を欲しがるアンドレに、コップ一杯の水を持って行った………






「シトワイヤン…アンドレ・グランディエ…」


男の静かな声が聞こえた。



アンドレは穏やかな顔をして、眼を閉じ




もう………二度とその美しい黒曜石の瞳は開かない。






アンドレ!

アンドレ!

アンドレ!


アンドレーッ!!










「……アンドレ………」



眼を開けると、


両目のある21世紀のアンドレが、心配そうな顔をして、ベッドの隣にいるオスカルを見つめていた。


「オスカル!…オスカル、大丈夫か!?」「………あ………アンドレ…」


オスカルは、眼にいっぱいの涙を溜めて、隣で心配そうに見つめていた彼を、

思い切り抱きしめた。


「どうした?オスカル?……怖い夢でもみたのか?」


アンドレは、安心させるように抱きつくブロンドの柔らかな髪を、ゆっくりと撫でた。



「あの日の夢をみた…」

「あの日?」





オスカルは、さらにぎゅっと隙間なくアンドレを抱きしめる。


「7月…13日の……お前が撃たれて…」

「大丈夫だ。俺はここにいるよ?」


オスカルの震える身体を抱きしめ、ここにお前が愛する男がいる、

と、己の体温をオスカルに与えた。



「アンドレ…」


「確かに、あの時の俺は死んだ。……でも、生まれ変わってお前と出逢った。間違いなく俺はここにいる」

「うん…」


サファイアの瞳から流れては落ちる美しい雫を、アンドレは指で拭った。



「でも。お前のお腹の中にいる子供は、あの時の俺と、お前との間に出来た子だ。俺たちの生命を継承してくれる、尊い生命だ」

オスカルは黙って何度も頷いた。



「オスカル、夢だとしても怖かったろう。気が済むまで俺を抱きしめていろ。俺は何処にも行かないから」


今日は、

セント・バレンタインの日2月14日。



アンドレの会社も、今日は休日。








(なぜあんな夢を見たのだろう……あの時を思い出すと、胸が張り裂けそうになるのに)


1時間は、アンドレに抱きついていただろうか。



妊娠7ヶ月になったオスカルのお腹は、漸く妊婦らしくなり、ポッコリと膨らんでいる。


産婦人科の医師から、妊娠すると、気分が時々不安定になる事もあるので、何か趣味を持ったらどうか?と提案されたり、旦那様とのスキンシップはとても大切です。

辛い時は、旦那様に話を聞いてもらいなさいね、と提案されたりもした。

それは1つだけ除いて、全部叶っている。

乗馬だけはnon!と言われた。





逆にアンドレの方から、恥ずかしい位の優しく、とろけそうなスキンシップを仕掛けてくる時も多い位だ。



では、何故…?あんな夢を…。



オスカルがアンドレを近く近く抱き寄せようにも、彼女のお腹が邪魔をしていた。




大丈夫。

今は21世紀。

フランスで戦いはない。

大丈夫。

アンドレは、私の隣にいる。


私のお腹にはアンドレと私の子がいる。

大丈夫。



私は……生まれ変わったアンドレと逢う為にこの21世紀にいつの間にか……


いや、神が、連れてきて下さったのだ…。





「オスカル?何をぶつぶつ言ってる?体調悪いのか?」


ベッドの中で、アンドレはごそごそとサイドテーブルに腕を伸ばし、カシミヤのブランケットを引き込み、オスカルのお腹を包んだ。


「あ……ありがとう…」

「寒くはない?」


その問いに、オスカルは口づけで応えた。



唇が離れると。


「本当に怖かった…。もうあんな思い、二度としたくない」


そう少し掠れた声でアンドレに訴える。

「そうだよな。…俺も何度も死ぬのは嫌だよ」


「アンドレ、そういう冗談はやめろ。私は本気で怖かったんだからな」


「ああ、ごめんごめん!じゃあ、気を取り直して、朝食を食べたら、外に行こうか?外出」

「外出?どうして?」

「今日、何の日か忘れたのか?」



アンドレは、呆れた声で言った。


何の日…?今日は、何日だ?

悪い夢を見たせいか。

オスカルは頭が回らなかった。



「2月14日」

アンドレは言う。



2月14日。


La Saint Valentine


フランスでは、愛する女性に薔薇の花をプレゼントするのが定番になっている。



そして、夜には二人きりでディナーを楽しむのだ。


ああ、そう言えば…。


昨夜、アンドレが世話をしている若い薔薇栽培農家から、真っ赤でいて、まるでベルベットのような珍しい薔薇がブーケのようにラッピングされて届いていた。





オスカルはそれを思い出した。


そうだ…。私は平和なフランスで生きているんだ。

愛する夫と共に…。


「そう。2月14日。大切な日だよ。俺たちのValentineなんてした事なかったろう?昨夜、薔薇が届いて、喜んでたじゃないか、オスカル」「そう…だな…。でも、夢で一気に体温が下がった思いをした」

「ああ…怖かったな。…思い出させてごめん。今日はとびきり素晴らしい1日にするから」

「ありがとう。…じゃあ、まず朝食を作って」


漸くニコリと笑うと、オスカルはベッドから降りて、朝陽の入るカーテンを開けた。




遠くにエッフェル塔が見える。



大好きな光景。








朝食(と、言うよりブランチ)を終えると、アンドレはオスカルに以前プレゼントしていた真っ白なニットの、胸下からAラインになる愛らしいワンピースを着せてあげた。


妊娠7ヶ月なので、お腹のラインを目立たなくするデザインだ。


靴も、真っ白なボアのブーツ。


そして、ブロンドの柔らかな髪に、レースも刺繍も織り込んだベレー帽を被らせた。全身真っ白なオスカルは、さながら雪の妖精に見える。


「似合うの…か?これ…」

「似合い過ぎて…俺、倒れそう…」

「ばか。ほら、出かけるんだろう?何処に行くんだ?」

「こっち(21世紀)に来て、まだ行った事がないだろう?…今のヴェルサイユ宮殿に行ってみようか?」

「ヴェルサイユ……?革命が起きたのに、宮殿はまだあるのか?破壊されていないのか?」

「うん。1979年に世界遺産になったよ。今は観光地だ。…庭園も宮殿も昔と変わらない。俺たちの青春が詰まった懐かしい場所だ」



「ヴェルサイユ宮殿…か…」







アンドレの愛車真っ赤なシトロエンで、二人きりのドライブ。



ベルサイユ宮殿に近づいてゆく道のりで、オスカルは外の流れる光景を見つめていた。





マリー・アントワネット様がお輿入れなされた時、まだ子供も同然だった私が、

近衛隊に入隊し、この道を白馬で宮殿に随行した。




フェルゼンと出会い、


恋をし、破れた。


そして、アンドレが自身を愛している事を知り、幼なじみだと思っていたが、危険な時は必ずアンドレが助けてくれた。


アンドレは…次第に自分の心の中に溢れていった。


身分なぞ、二人には関係なかった。


想い想われるその深く美しいエネルギーこそ、二人の絆を固くした。








「オスカル。着いたよ」


考え事をしながら、ぼんやり外の景色を眺めていたオスカルは、ハッと我に返った。


「ど…どうやって入るのだ?門番もいない…」「ああ。今はお金を払えば、入れるよ。観光地だからね。あ、もう入場料は支払い済みだから、そのまま入れるよ、さ、いこう」

「ま、待てアンドレ!…正装していないぞ。私はこんな格好だ」

と、白いニットワンピースに、真っ赤なカシミヤのロングコートを指差す。


「一応、ドレスコードはあるけど…。昔みたいに正装とか、ドレスとかじゃなくていいんだよオスカル」


アンドレは、面白そうにクスッと笑った。

「ヴェルサイユも…何百年も経つと、変わるものだな…」

「そうだよ。今、フランスが平和な証拠だ。さ、オスカル、お前をエスコートするよ、腕を取って」


アンドレは、笑顔で腕を差し出した。オスカルは、その腕を掴む。


庭園も、手入れが行き届いてとても美しい。

当時とさほど変わらない。








宮殿の中に入る。



オスカルは、緊張して少し指が震えていた。









私は…アントワネット様を裏切り、市民に着いた人間だ…。



「どうした?オスカル」

「なんでも…ない…」


鏡の間に入ると、懐かしく、絢爛豪華な調度品があちこちキラキラと輝く。



(ここで、アントワネット様の警護をしていたんだな…。)










オスカル……



オスカル……




華やかな歌うような女性の声が聞こえる。



だれだ?私の名を呼ぶその声は…。




オスカル……






鏡の間の1枚の鏡の奥に。


かつてオスカルが尊敬し、その御身を御守りしていた…その姿が映し出されていた。





「王后陛下……!!」

オスカルはアンドレの腕を離れて、思わず跪く。

「オスカル?どうした?」

アンドレは、身重のオスカルが跪く体位に、心配し立ち上がらせようとした。

が、オスカルは身動きひとつしない。







オスカル……


懐かしい貴女…ようやく久しぶりに逢えました。



「陛下…」




私の祈りが神様に通じたのですね。

あの戦地から、どうか助けて頂きたい…

そう、必死に祈った甲斐がありました。



「アントワネット様が…私を…!?」



そうです。

貴女とアンドレの事は、フェルゼンから聞いておりました。

平和なフランスで、また再会出来ていて、わたくしは嬉しい。



「アントワネット様…」




私は愚かでした。

国民の苦しみも何も耳に入れず、

ただ、自分の事ばかりで…。貴女とは真逆の人生。

だから貴女には死んで欲しくなかった。


また…いらして下さいね…。


私はいつでも、ここにおります。







そう言うとマリー・アントワネットは、


鏡の中から、すうっと姿が消えた。



「アントワ……!あ!アンドレ!」


跪く体位をアンドレが引き上げた。




「俺も…見えた」

「見たのか?」


オスカルのお腹をゆっくり撫でながら、アンドレが頷く。


「アントワネット様が、お前をこの時代に連れてこられたんだな…。それは相当な祈りの力だ…」

オスカルは、鏡を見たが

もうその姿はなかった。



映るのは、21世紀で生きる二人の姿のみ。




「時代が時代じゃなかったら…陛下も、平和な何処かの国で、普通の恋人のように、フェルゼン様と一緒に暮らせただろうな…」

「……あ、ああ…。本当にそうだな…二人は生まれ変わっていないんだろうか」

アンドレが首を横に振る。

「わからない。でもいつかは、必ず…」



そういった後、アンドレはオスカルの腕と腰に手を添えて、鏡の間を後にした。


「オスカル。愛しているよ。さあ、今夜はレストランで美味しい料理を食べよう」

オスカルは少し潤んだ瞳で頷き、

「ありがとう…」


そう。囁いた。














Les roses que nous rencontrons



~巡り逢う薔薇たち 番外編③




次回④に続く





また終わらなかった……