前回のお話


Les roses que nous rencontrons~
~巡り逢う薔薇たち④





🟣If...もしも…。

🟣オスカルがあの日、死ぬ事なく現代にタイムスリップしたら。
生まれ変わっていたアンドレと再会したら…?


とある方の言葉をヒントに物語をかいて見ました。


何話か連載になりそうです。


2024年6月20日
第4話目 
書き下ろし



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2024年
 8月初旬

パリのオリンピックも、始まった。


薔薇の花を、アンドレの配慮であちこちにしつらえた彼女の部屋で。





オスカルが、手紙を書いている。

濃紺のインク瓶に、羽根ペン(アンドレが万年筆店で、特注で作らせたものだ)を着け、


美しい便箋に、時折、考え事をするような仕草をしては、
思い出したように、またサラサラとペンを走らせている。



オスカルが生活しているアンドレ所有のアパルトマンの中にある広いゲストルーム。

アンドレは、先ほどオスカルに頼まれ、ショコラを作った。



ノックをすると、「ああ、どうぞ」と、
落ち着いた彼女の声が部屋の中から静かに聞こえた。



「オスカル、ショコラを持ってきたよ」
オスカルは羽根ペンを置き、立ち上がる。

ラヴェンダー色のクラシカルなワンピースが、とても似合う。
足元も、少し濃い紫色のパンプスを履いていた。


「ああ!ありがとう!アンドレのショコラは美味しいんだ」
アンドレからカップ&ソーサーを受け取るとひとくち飲んだ。
あまり熱くない、のど越しのよいショコラが口いっぱいに広がる。

「オスカル……美味しいって言われても…ショコラは初めて作ったんだけど…どう?」

オスカルは嬉しそうに笑うと
「これが初めてか?昔の味と全く変わらない。お前のショコラが一番美味しいんだ」

「昔…って、夫のアンドレの事?」
オスカルは、ハッとして、ソーサーを机に置いた。
「……あ……。すまない…。そう、夫が作ったショコラだ。誰にもあの味は作れなかった。だから、殆ど毎晩、休む前に持って来てくれていた…」


最近、18世紀に残して行った夫の話になると、オスカルは、彼に言いにくそうな顔つきになる。

21世紀のアンドレに、18世紀の夫の話をするのが、悪いと感じているからだ。


「オスカル、冷めるから飲んで」

「あ…ああ。わかった。ありがとう。いただきます」
椅子に座り、書きかけの手紙を引き出しにしまうと、机の上にあるソーサーから、もう2口飲み、「美味しい…」と、言いながら目をゆっくりと閉じた。


その閉じた瞳には、
あの時代の、懐かしい記憶を呼び覚ましているのだろうか。

アンドレは、美しい横顔のオスカルをじっと見つめていた。


が、
「明日で、パリオリンピックでフランスに滞在するお客様のリザーブ部屋へのエスコートも終わるから、そうしたら、アラスに行こう」

と言ったので、オスカルは一瞬、嬉しそうな顔をした後、神妙な面持ちに変わった。


「うん……遠い場所まで連れて行ってくれて、本当にありがとう」

「そこまで言わなくても大丈夫だよ?アラスか…いいバカンスになりそうだ」

そう口にして、おどけたアンドレは、ゲストルームの窓を開ける。



何処かで誰かが、フランス国歌(La Marseillaise)を歌っていた。


その歌が爽やかな風に乗って聞こえる。

「オリンピック開催が始まったから、街の人々がの気持ちが高揚してるんだな。
La Marseillaiseを歌ってる」

「La Marseillaise、とは?なんだ?」

「オスカルの生まれた時代にはなかったんだよね。この歌は1792年から歌われ始めたフランス革命の歌だから」

「バスティーユ攻撃で革命が終わるとは私も到底思えなかったが…アンドレが見せてくれたフランス革命の一連の書物を読んで、長く続いてしまったのだなと胸が痛んだ…」

「オスカル…ごめん。思い出させて…」

オスカルは残りのショコラを飲み干すと、ソーサーをアンドレに渡し、にこりと微笑む。
「謝る事じゃない。今、フランスは平和なのだから。ショコラ、ごちそうさま。とても美味しかった」

「あ、ああ。ありがとう。また作るよ」

「お願いする。…あ、いま、手紙をしたためていたんだ。アラスに行く時に持って行きたくて」

「わかった。じゃあ、夕食は外で食べるから、またその時に呼ぶよ」

「ありがとう」

「じゃあ。仕事に行ってきます」

「ああ。気をつけて」


アンドレが部屋から出た後…。外から聞こえる、遠くで誰かが歌う国歌を聴きながら…


オスカルは部屋の白いテーブルに座り直し引き出しから、書きかけの便箋を取り出した。

(伝えなければ…ならない事がある…)






アンドレの方は、

オリンピック需要で、ショートステイでオリンピックを見る海外のお客様の賃貸契約も殆ど終えて、
後は、数名、ステイルームへご案内する仕事が明日まで残っていた。




オリンピックの開会式はもう始まっている。


海外のお客様が見たい試合はみな別々。

その為に、この時期まで契約が山の様にたまっていた。

兎に角、グランディエ不動産は、アンドレが考えた、そのオリンピックでアパルトマンにショートステイして頂く企画が大成功し、
(海外からオリンピックを見に来るお客様がホテルに長期に泊まろうとすると、オリンピック期間中はかなりの割高になるので、アパルトマンをショートステイしてもらう方が安くつくし、アンドレの会社も、空室だった賃貸部屋を全て満室させたので、社員にバカンス休暇や臨時ボーナスで還元した位、儲かった)

まだあまり21世紀の生活に慣れていないオスカルを、オリンピックのゴタゴタの中でなく、

綺麗な空気のあるアラスに連れて行きたかった。

アンドレはアパルトマンを降り道路に停めていた、
真っ赤な、シトロエン 現行型C3はクロスオーバーSUVに乗り込み、

クライアント様が来られる、シャルル・ド・ゴール空港に向かって行った。




続く



2024年6月22日書き下ろし