Les roses que nous rencontrons~


 ~巡り逢う薔薇たち~③ 



前回のお話↑





 🟣If...もしも…。



🟣オスカルがあの日、死ぬ事なく現代にタイムスリップしたら。


生まれ変わっていたアンドレと再会したら…?



とある方の言葉をヒントに物語を書いて見ました。



何話か連載になりそうです。



2024年6月19日

第3話目 

書き下ろし



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2024年


7月末。



アラン外科医から受けた治療も終わり、オスカルは退院となった。


が、彼女には行く場所もないので、アンドレが身元引き受け人となり、


5区にある、自身の所有しているアパルトマンのゲストルームに住んで貰う事となった。





オスカルは生まれて初めて乗る車にかなりの緊張をしていたが、


「馬よりは快適なのだな」と、


アパルトマンに到着する頃には、今のパリの景色を感慨深く窓から眺めていた。






オスカルが着ていたフランス衛兵隊隊長の軍服だが。


アンドレが軍服をクリーニングに出そうとしたが、クリーニング店は、

「こんな金糸、銀糸を遣われた軍服はクリーニングには出せませんよ」と、突き返され、今はクローゼットの中にある。



僅かに火薬の臭いがして、消臭しても消えない。


余程…過酷な戦いだったのだろう…。


アンドレは、彼女の軍服をクローゼットの奥に仕舞い込む時に、彼女の気持ちを推し量り、胸が痛んだ。





今のオスカルの出で立ちは、と言えば。


彼女が初めて着る、下着。(特にブラジャーに驚いたらしい。付け方は店員に教わっていた。)


そして、アンドレが慌てて購入した、ワンピース数枚や、Tシャツにジーンズ。パンツスーツ。そしてパジャマ数セット。

スニーカーに、履き慣れていると言うブーツ。


夏だから、サンダルも。


手足が長いオスカルは、どれを着こなしても、美しく、清潔感があり、素晴らしかった。





アンドレのアパルトマンに着くと、


蝋燭の変わりに、光る天井のLEDの明かりが眩しくて、

「もう少し暗くはならないか?明かりが眩し過ぎる」と、


これからオスカルの部屋になるゲストルームにクレームを付けてきた。



アンドレは手元のコントローラーで、明かりを少しオレンジかかった暖色に変えてみた。


「どう?これなら、眩しくない?」

「これが…今の文明なのか?……。その白い棒みたいな物で、明かりの調節も出来るのか…」「あ、これ、やり方教えます。覚えていてくれたら俺が仕事で居ない時に、自由に使って下さいね」

「ありがとう。わかった」

「あの…ご飯は作れますか?」

「あ…、すまない…作った事もない」



そうか…。貴族だもんな。料理人とかに作ってもらっていたんだろう。


「判りました。俺は料理が得意だから、作り置きを冷蔵庫に置いておきます。それか一緒に外食か、知り合いの料理人に来てもらって、作ってもらうか…」

「冷蔵庫…とは。なんだ?」

「あ、ああ。知らないか。えーと…食材を冷やして長持ちさせる物です」

「それも21世紀とやらの文明なのだな」



入院中に、世間の事、機械の説明、オスカル用に持たせた携帯電話の使い方…他にもあるけど、オスカルは1度説明すれば、何度も言わなくても良い位に記憶力が良い。

さすが軍人だ。



「えーと…テレビは、病院で説明しましたよね?」

テレビ用のコントローラーを見せて、目の前で、テレビを着けたり消したりした。



その時。

コマーシャルか何かの映像で、小高い美しい丘が写った。

オスカルの目が思わず見開く。


「…どうしました?」

「アラスの丘…」

「え?」

「今の丘はアラスの丘ではなかったか?」

テレビは既に別の映像に変わっている。

「ちゃんとみてなかったな…アラスの丘に何かあるのですか?」

「ジャルジェ家代々の墓地がある。もしかしたら…其処に夫のアンドレが眠っているかも知れない…」

俺と同じ名前の…アンドレ・グランディエ…か…


アンドレは、奇妙な感覚に囚われる。


一瞬。


アラスの丘で、自分が馬に乗り、野駆けをしたような映像が頭に浮かんだ。


その横には、オスカルがいた。

そんな風景が見えた。


「どうした?アンドレ?」

「あ…いや…。アラスは仕事で行った事があります。貴女の体調が順調に回復して、遠出も大丈夫になったら、アラスの丘に行ってみますか?」

「行きたい!連れてってくれるのか!?」

オスカルは子供のように喜んで笑った。

その笑顔は輝くばかりに美しかった。


「行きましょう。俺もオリンピック需要でアパルトマンの新規契約とか、ショートステイの契約が、この一年間で沢山取れたから、逆に、オリンピックが始まると仕事が暇になるだろうし…。この一年ずっとオリンピック需要で、

俺の会社も、休みを殆ど取ってないから…

先週、社員に交代でバカンスを取ろうって話になったんです」


温かい紅茶を飲んでいたオスカルが、アンドレの話を理解しようと、ずっと彼の目を見つめながら聞いていたが。



「バカンス?とは?」

「長期休暇の事です」

「じゃあ、アラスに行くのもそんなに待たなくて良いのか?」

「待つのもツラいでしょう?でも、これだけは覚えておいて。オスカルさん。貴女は孤独ではないって事。貴女の夫にそっくりだと言う俺と出逢ったのも、偶然じゃないと俺は思っています」

「……それは…私も思っている…いま、心が安らいでいるのも、アンドレ、お前の優しさや、治療してくれたアランや、看護師の優しさのお陰だ」

「オスカル…」



オスカルは、ふっと笑うと

「やっと、呼び捨てで私の名前を呼んでくれたな、アンドレ」

オスカルは隣で紅茶を飲んでいたアンドレに、両腕を伸ばした。


彼女が着ているシルクの淡いブルーのワンピースの裾が、さらりと揺れる。



「オスカル…」

「アンドレ…。抱きしめて…いいか…やっぱり寂しかったんだ。私は…。もし…お前じゃない人間に助けられていたらと考えれば…ゾッととする。ここは平和なパリだが…しかし…私が生まれた時代じゃないから…」


おずおずと、彼女の両手がアンドレのシャツの襟元を掴んでいる。

アンドレは優しく笑うと、白い彼女の両手を掴み、自分の背中に回した。

そして彼女の腰を寄せ、自分の股に乗せた。



自然と抱き締め合う。

アンドレは、彼女の孤独を癒してあげたい、そう心から思っていた。

彼は自分の体温で彼女を温めるように、優しく抱き締めた。



オスカルは黒髪に顔を寄せて、深呼吸をしながらアンドレにしがみつく。




「私の夫のアンドレと同じ香りがする」

「どんな?」

アンドレも、彼女のさせるがままに身を委ね、腕を彼女の背中と、美しいブロンドに手を添え、黄金の髪をゆっくりと撫でた。


オスカルは彼の胸の中で睫毛を震わせ、ポタポタと流れる涙のまま、顔を上げた。




「陽だまりの…温かな香り…何故なんだろうな?何か着けているのか?」

「今は香水は着けてないよ。シャワー浴びたし」

「そうか…。もしかしたら…お前は私の夫の生まれ変わりなのかも知れないな…同じ香り……もし…そうだったら私はこの時代に生きてゆける…」



「オスカル、ちょっと待って!」

アンドレが彼女の腕を優しく掴んだ。

「そうじゃなかったら、どうするつもりだったんだ?死ぬつもりだったのか?」

思わず首を振るオスカル。

「カトリックでは自害は禁じられている。…お前に迷惑が掛かるから、何処か遠くへ行こうかと考えていた」

彼女の頬に三筋の涙が流れている。


アンドレは、馬鹿だなあと笑いながらポケットからハンカチを取り出し、濡れた頬を拭いた。


「オスカル…。俺と一緒にいれば安心する?あ、でももし、1789年に帰れる方法が見つかれば、それはそれで構わないけど…」

「帰りたい気持ちが半分…それは亡き夫の所在を知りたいだけだ。残りの半分は帰りたい気持ちはなくなってきている……… 何故?……既に夫のいない私の時代に帰れと言うのか?両親にも別れを告げたあの時代に?」

「そうなの?」

「私は祖国の自由の為に、国王陛下、王后陛下を裏切り、民衆側に着いたのだから。反逆者なんだ。代々国王陛下の護衛をしていたジャルジェ家とは、戦闘の前に別れを告げて、夫のアンドレと屋敷を出た…」






その時。


アンドレの携帯が鳴った。


見ると、アランからだった。




「もしもし?どうした?アラン」



(調べて、一つわかった事があったんだ。オスカルの)

「オスカルの?」


その声で、オスカルはアンドレの膝から立ち上がり、彼の横に座った。


(ああ。フランス革命の時に、オスカルの一番上の姉君様ご一家がベルギーに亡命した後に、娘のル・ルー・ド・ローランシーが晩年記録した回顧録が、ベルギーのローランシー家にあったそうだ)



「ル・ルー!?私の姪だ、アンドレ」

オスカルはアンドレの袖口を握りしめた。


「ああ、ごめん。隣にオスカルがいるんだ。…で?」

(あ、ああ。回顧録には、オスカル・フランソワの詳細を晩年になって、調べたと書いていて…。ル・ルーはアンドレの事も知っていて、オスカルとアンドレが恋人だったと書かれていた。

そして、フランス革命で1789年7月13日アンドレはオスカルを庇って戦死。

オスカルは7月14日バスティーユ牢獄への砲撃の最中、あまりの混乱で、死亡したのか、どうかも、どう調べても判らなかった。と書き残されていた)



電話をスピーカーにしていたから、オスカルにも聞こえていた。


アンドレが心配そうに彼女を見つめる。


彼女の表情は固かった。



「…私の事はいい…。私はここにいる…アンドレの行方は……?」


オスカルは小さな声で、そう呟いた。



(アンドレは、新聞記者のベルナールが、アラスの丘に埋葬したそうだ。アンドレの軍服の中に、自分がもし死んだら、思い出の地、アラスの丘に墓を作って欲しい。簡素でいいから、と。…遺言として書かれていたのがあったと。

ただ、オスカルがバスティーユ牢獄の激しい攻撃の最中、撃たれたのかどうかも判らないまま、行方不明になったと書かれていて、

でも、ル・ルーの回顧録には、アンドレの横に、空墓として、アランが見つけたオスカルの階級章が棺に入っているそうだ)




「階級章…」


あの。棄てた階級章…。


アランが探してくれたのか?


そして、アンドレの隣に、私の空墓が並んでいる…。



(アンドレ?どうした?アンドレ?)

「アラン。よくそこまで調べてくれた。ありがとう。オスカルとちょっと話をしてみるよ。墓はアラスのどの辺?……ああ、あの辺ね。わかった。ありがとう。また、何か掴めたら連絡をしてくれないか?うん。ありがとう」



電話を切ると、思い詰めた顔のオスカルの顔が、静かにアンドレを見つめていた。



「休暇になったら、一緒に行こうか。オスカル」

「……いいのか…?」

「君の夫の墓がちゃんとあるんだよ?行ってみよう」

「行けば…私の夫のアンドレが死んだ事を認める事になりそうで……怖い…」

「もし、其処で235年前に帰れたとしたら?

オスカルはどうする?」


「…判らない…今は………。考えられない……」



ワンピースを着たオスカルが立ち上がり窓辺に立つ。


その先には。


パリのシンボル。

エッフェル塔が見えた。










オスカルは遠い視線で、その光景を眺めていた。





続く