あなたの夢をかなえるビジネスデザイナーの藤原恭子です。
えっと、わたしの夢をかなえるではなく、
「あなたの夢をかなえる」応援をしています!←ここ重要(笑)
昨日は、大好きなひとたちのフォローアップでした!
(私のメインのお仕事は、協会や組織・コミュニティのコンサルです)
~ここから~
僕はトランスジェンダーの中でも「性同一性障害」と診断を受けた当事者で、この世には女性として生まれた。
思春期を迎え、自分の女性としての体に嫌悪感を抱き、好きになる相手は皆女の子。
周りは【当たり前】の様に男女の区別が始まり、【当たり前】の様に男はカッコよく・女は可愛くに憧れ、【当たり前】の様に異性へ向けて性的興味が湧く。
僕の感情や感覚なんか話せるわけがない。
まして自分自身が何なのか分からない。
「自分、頭おかしいんか?」
居場所が分からない僕は教室に入る事が出来ず、一時的に保健室登校をした。
この時から、人見知りはしなくてもある程度の【線】を引いて人と接するようになった。
「『心は男だ』なんてどうせ分かってもらえない。」
「人とは浅く付き合っていた方が楽。」
「仲間なんていらない。」
今思うと全て欲しかった事の裏返しだった。
「俺はここにいるんだ!気づいてよ。」
「もっと皆と話がしたいよ。」
「一人は寂しい、寂しいよ。」
気づいてなかった。いや、気づかないふりをしていた。その方が楽だったから…
女性として生きることに限界が来た僕は、22歳から身体的治療を始め、27歳で性別適合手術を受けた。
痛かった。健全な体にメスを入れることがどれだけ身体に負担をかけるのかを学んだ。
それでも「男性として生きる」ことを手に入れたかった。
手術を終え、戸籍上も身体的にも社会的にも【男性】としての生活を手に入れた時
「やっと終わった。これでもう自分の過去を誰にも話さなくていい。もう『僕は女性でした』と言わなくていいんだ。」
本気で思った。
でも32歳の時
「俺って女性だった時は『男性であること』を隠してたけど、男性になった今は『女性だったこと』を隠して生きてる。俺はずっと何かを隠して生きてくの?『俺』はどこにいるの?」
「そんな人生絶対嫌だ!!変わりたい。でもどうしたらいいか分かんねぇよ!でも、俺は変わりたいんだ!」
当時32歳。社会的にはまぁいい歳。
恥ずかしかった。
かっこ悪いって思った。
馬鹿にされることが怖かった。
でも、僕は震えながら勇気を出して外へ叫んだ。
そしたら仲間が出来た。
その仲間達は僕も追い付けないくらいのスピードで増えていった。
「瑠三最高だよ!」
「もっとどんどん瑠三を出せばいいよ!」
「瑠三大好きだよ!」
仲間達は、今まで僕が僕自身に一度もかけたことない言葉という「光」を与えてくれた。
そっか、良いのか。
僕は僕として生きて良いのか。
気がつけば、大嫌いだった「僕」を大切にしてくれる仲間達がグワーっと闇から引っ張り出してくれた。
僕は【人】が怖かった。でもそんな僕を救い出してくれたのも、また【人】。
僕の魂の叫びを気づかせてくれたのは、仲間との出会い・言葉・そして愛。
もう気づいてしまった。
僕には、こんなにも生きるエネルギーがあったんだと。
このエネルギーが「愛」なのなら、僕はこの「愛」をどうしたら皆へ、大切な貴方へ与えることが出来るのか。
2020年1月。僕の一つの夢
共に助け合い・励まし合い・高め合える【仲間の存在】に出会い
夢、志、未来へ共に伴走してゆく【メンター、コーチの存在】に出会い
自分「だけ」の力では叶えられない【圧倒的に輝く未来を仲間達との力で叶える】
そんな場所を提供出来るコーチに僕はなります。
その為に僕は
・大切な人を守る為に稼ぐ人になる。
・関わる人へ「自分は何が出来るか」もっともっと行動して還元する。
・「ここで学び行動したら人生変わる」と言い切れるほど、僕自身も進化を遂げる。
そして、ここで出会えた仲間を大切にする。
師匠・永松茂久先生が生んでくださった翼の製作所、東京麻布・翔ルームに掲げられている言葉
【翔 〜もっと前へ・もっと高みへ〜】
僕は生まれながら特殊なギフトを頂けた。
そんな僕だから出来る、貴方の輝かせ方をサポートする。
こんな勝手な決意表明を最後まで読んでくださり、心から感謝致します。
おっしゃ!やるぞ。
仲間の皆、よろしくね(^^)☆
2019.9.23 内野瑠三