食欲、私欲、公欲。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.


 やっと春めいてきた空気に誘われ、結局徒歩はやめ、ポンコと一緒に深刻なことをしてきた。が、今年はいよいよ深刻でビックリした。
 隣の大きめの町へ行くといつも使う第三セクターの駐輪場にポンコを停め、「頼もう」とパートのお爺さんに声をかけ、いつものように百五十円渡し、意気揚々と深刻会場へ向かった。そこから深刻会場へはビルとビルの隙の幅九十センチほどの狭隘すぎる路地を通っていくが、路地に差しかかると、なぜか長い行列ができているのだった。なんだろう、と横を通り抜けていこうとすると、対向から早足で来たお爺さんが行列の最後尾に慌てている風に並んだ。やッ、もしかして、これは深刻な行列かも知れない、と思い、そのお爺さんに訊いた。
 「もしかして、この行列は深刻なんですか?」
 「ああ、はいはい、深刻ですよ。もう、あっちの方からずっと続いていて、深刻なんですよ」
 実に驚いたが、私も深刻仲間なので、お爺さんの後に並び深刻になったのだった。

 かれこれ三十数回深刻してきたが、こんな深刻は初めてで、いつもススーッと会場入りし、税務署の担当に「さあ、深刻なんだッ、とっとと受け取りやがれッ」と書類を渡して終わりで、まさか深刻なことをするためにこんな大行列に並ぶ日が来るとは想像もしていなかった。いかな話題のラーメン屋の行列にも並んだことがない自分が、行きたくもない場所へ行くために行列に並ぶとは、と絶望的な気分になったのだった。
 これまで、そういえば、いちばん遅い深刻が十一日だったっけと思いだした。さらに今年は月曜が十二日で、残りわずか三日。という事情のせいで、深刻なやつらが集中してしまったのだろうと思われた。けれど、税務署では警備員も雇って交通整理に当たらせていたから、毎年ギリギリになると、こういう行列ができていたのかも知れない。たまたま私が当たったことがなかっただけなのかも知れなかった。自分で算数活動をやり、絶望的深刻の境地に陥り、項垂れて深刻な顔つきで訪れる会場だというのに、ジャーニーズや欅坂のライブみたいな行列ができるとは、吃驚仰天としか言いようがない。
 筋金入りの行列嫌いだけれど、並ばなければ深刻から脱せないので、仕方なく温和しく並んだのだった。
 そして納税額を改めて確認して打ち震え、もうすぐ破産だな、とがっくり肩を落とし、ポンコと一緒に帰路を辿ったのであった。
 しかし、空は晴れ、気候は穏やか、ライディングも心地良く、いや、ライディングといっても原付スクーターだけど、ついでに金策して納税し、スーパーに寄ってお買いものもし、ポンコにエサも与えることにした。
 春めいた空気を切り裂きマッハ三で爆走するのは心地良く、ようやくこの国でいちばん快い生気の目覚める季節がきたと実感した。どんなに深刻だったとしても、春であれば堪えられる、と思った。
 納税欲はまったく起こらなかったが、生きる希望が湧きだし、腹が空いてきた。猛速のマッハ三でふたつの銀行をハシゴし、超速で激安スーパーへ吹っ飛び、晩の献立を考えつついろいろ物色して遊んだのであった。

 候補はいくつかあり、第一は目覚めた瞬間脳裡に浮かんだ餃子であった。フッと覚醒したのは六時だったが、ゆっくり開けていく意識界に彷彿と浮かび上がった言葉が「餃子」であった。これは嘘のようだが、事実である。自失していたわけではない。
 しかしスーパーの店内を彷徨しつつ、私の胸中は揺動していた。なぜなら、以前から気になっていた、むつみの野菜たっぷり厚揚げがなんと半額レッテル蛸部屋にいくつか放置されていたからである。かなり前から、なんとなく美味そうだから買ってみようと思いながら、はにかみ屋でオクテの私は手が出せずにいた。今夜は中華にしたい気分だったので、厚揚げを使うとなると例の中華の定番家庭料理くらいしか思いつかない。が、私はあまり好きではなく、餃子を捨ててそれにするほどの決心はつけがたかった。が、半額なのだ。もうすぐ破産を余儀なくされる身の上としては、一円でも安く晩ご飯を仕上げたいではないか。餃子にすると、やはりキャベツや白菜という高級野菜も欲しくなり、コストアップ必定である。であるならば、潔く餃子の夢を捨て家常豆腐に身を売るべきではないのか。悩みに悩み、野菜コーナーから鮮魚精肉乳製品コーナーを越えて惣菜コーナーまでの間をなんども行き来して、悩んだ。

 結論は、やはり、初志貫徹であった。
 目覚めたときぼんやり思い浮かんだだけだとはいえ、私の中の潜在的意識が餃子を求めたことは明らかである。餃子こそが、今日という一日を生きる私の精霊の希求に違いなく、たかが餃子ではあれど、わが魂の切なる叫びなのである。しかも、本日はなんと、韮が一把百二十八円と久しぶりの安価だった。オッケー、韮餃子だ、と無理やり思いこみ、餃子の皮を買うことにした。皮はたまに自製するけど、面倒なので近頃は市販の皮にしている。豚挽き肉はあるので購入する必要はなく、韮が安いので決意しやすかったのだろう。心理学者はこのように精妙な心の動きをよくよく読み取って貰いたい。あ、それは関係ないか。
 その他いくつか、明日も使えそうな食材を仕入れてレジへ向かおうとしたとき、うっかり半額レッテル蛸部屋を通ってしまい、野菜たっぷり厚揚げが目につき、ついに我慢ならず、買い物カゴへ誘いこんでしまった。ああ、また、五十数円も無駄な買いものをしてしまったと後悔した。

 今夜のメインは肉韮餃子。久しぶりなので美味く、大好評だった。サイドの準主役として起用したのは、麻婆春雨。もちろん、完全自家製ね。インスタントものなんて使わないのである。しかも、オリジナルレシピで、この家でしか、しかも、私の気が向いたときたまにしか食べられない幻の料理である。これが美味いので、娘がほとんど平らげてしまい、妻の分は一口しか残されなかった。
 問題の野菜たっぷり厚揚げは半額レッテルなのでさっさと始末しなければならず、どう始末してやるか迷ったが、やはりグリルでカリッと焼いて生姜醤油が良いか、となった。これが、あーた、実に美味いッ。野菜はしょぼかったけれど、なかなか美味いもので、長年気にしてきた甲斐があったと満足した。酒のつまみに好適で、この後、百円くらい懐にあれば、晩酌のつまみにたまに起用したいと思うのだった。ちょっとコーンの比率が多いので、もう少し緑黄色系を使ってくれると嬉しいかな。ま、原料高だから仕方ないのだろうけれど。
 かくして、わが家に棲息する三匹の生きものは、それぞれなにかしら深刻なことを抱えているはずだが、美味に酔い、なんとなく満足し、それぞれの寝床へと旅立ったのであった。
 めでたくない、深刻で不快な一日だったが、餃子も麻婆春雨も野菜たっぷり厚揚げも超絶的コストパフォーマンスのクオリティーだったので大満足となった。これで、深刻納税だけしなくて済めば極楽だけど、義務だそうだからにぇ。やたら権利ばかりアピールしているよりは義務を考える社会の方がマシだとは思うけど、義務にすべきではなさそうな義務もまだまだ大量にあるだろう。
 いま国会では安倍追い落としの絶好の機会と野党がこぞって財務相追及などしていて、安倍くんの表情もかつての腹痛時代にやっと近づいた感じだが、政局にばかり夢中になってないで、義務によって逼迫している国民もあることに気がついて、その辺のソリューションに取り組む地道な政治家も少しは必要だろう。そういうマトモな政治家がいないせいでこんな時代になってしまったのでもあるから。
 いくらかでも良いから欲ボケ排除政治(選挙)になっていかないと、永遠に人間が浮かばれない世の中が続いてしまいかねないし。