体内年齢。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.

 

 とりあえず年末年始の超掃除活動はそろそろ終わりにして、いよいよわが新たな年へと船出しようと思った。今日を最後にする覚悟で、また掃除したのだった。が、まだまだ終わらないから、とりあえず始末しきれないがらくたはすべて仕事部屋の北北東の隅に積み上げることにした。これで、北北東の約一×一・二×〇・七=〇・八四立方メートルの他の東西南北に広がる空間は、夢のようにゆったりした。こんな広々と伸びやかな空間だったのは、転居した三日後以来ではないだろうか。いや、一時義母がこちらに住まうのでかなり掃除したし、亡父が二週間くらい過ごしたときもいまよりもゆったりさせたが、自分で味わうのは確かに転居数日後以来だろう。
 生活していればどうしても空間は無用物を蓄積していき、メタボになる。私は少年の頃からそういうメタボを愛好してきたので、人一倍酷い。
 が、考えてみれば、平素はメタボであるからこそ、超掃除したときの解放感は絶大なわけで、だらしない人間でなければこんな感動は味わえないということになる。
 ああ、だらしないメタボ人間に生まれついて、良かった。
 

 しかし、だらしない割に身体は貧相で、相変わらず激痩せのまま。こんな痩身のまま老後に突入して良いものだろうか、とやはり悩まざるを得ない。年寄りであるからには、ほどほどにふっくらしていて、いつも目尻を下げて涎を垂らし、なにが起こっても決して動じず、いつでもフォッフォッフォとか笑っていなければならないだろう。孫が来ればだっこして右手で頭を撫でつつ左手で尻を抓ったりする必要がありそうだし。常に泰然自若として上機嫌であり血色良くふくよかでなければならない。
 そう考えると焦りが生じ、そういえばあれがあったなッと北北東に積み上げたがらくたの山をまた掘り崩した。
 狙いの物は、すぐに発掘された。
 タニタ製のインナースキャナーという不気味な体重計である。
 

 それは、六・七年前だったか、老母宅に行くとジャパネットだかで買ったけど使い方がわからないから持って行ってけろといわれて連れてきたのだが、マニュアルはあり使い方を教えたが憶えられないからさっさと持って行ってけろッ、ということでうちにいたのだけど、面倒臭いので我が家でも放置されていた代物だった。あまり興味があるものではなかったが、空間メタボからなんとなく身体的メタボにリンクし、ひとつこいつで己の体内を軽く調べてみよう、という気になったのだった。
 自分が激痩せのナナフシ的生物なのはわかっているが、どのくらい不健康であり、ふくよかな老人へと育つためにはどのくらい体脂肪を増加させなければならないか、私にはまったくわからない。そこで、食堂でいきなり有名になったタニタのインナースキャナーで、この身体を余すところなく計量し尽くしてみようと決意したのだ。
 ずっと放置していたため、電池室を空けると、マンガン電池がサビサビになってミイラ化していた。きれいに掃除してアルカリ電池を差し込むと生き返った。初期設定で現在時刻を入力し、個人情報も登録。とりあえず試すと、問題なく働くようだった。
 

 

 午後六時過ぎ、いよいよ、身体測定の時が来た。風呂に浸かる前に一発、普段のままの自分を測定しておこうと思ったのだった。一日の半分を生活しおおした一切の虚飾のない自分を計り、結果をメモしておく。そして、入浴し、すっかり垢をそぎ落とした無垢の自分も計る。
 これで、なにがわかるか?
 この一日のうちに自分に付着していた不純物の質量がわかるに違いないのである。
 たぶん、入浴後には、五〇〇グラムくらい体重が減少するのではないか、と想像していた。なにしろ、汚れに塗れ続けの日々だから。
 ところが、結果は意外なものだった。
 体重は、入浴前よりも、入浴後の方が二〇〇グラムも多かった。
 さらに他のデータも微妙に変化していて興味深かった。
 

 体重は恥ずかしいから隠しておくが、体重表示の後に体脂肪率が示され、入浴前は九・九パーセントだったが、入浴後は九・六パーセントに減少していた。四十四度の湯に四十分くらい浸かっているうちに脂身が溶け出してしまったのだろうか。なんとも、もったいない。
 このような個人情報は秘するべきだが、気前が良い私は後悔してしまおう。いや、公開か。いや、一面では自慢したいからだけど。
 代謝指数とかいうのがあり、これは体内脂肪を燃やしにくいか燃やしやすいかを判断する目安になるそうだけど、私のは一二二六だそうで、超炎上しやすい身体だとか。燃やしにくさややすさを示すらしいバーメーターみたいのが体重計のディスプレイにあるが、私はガンッと振り切ってしまった。
 筋肉量は四十四キログラムで体型に照らして普通。かなり筋肉を減らしてきてもなお普通というのは寂しい気がするけれど、近頃は筋力を下げすぎた気がしているから、ちょっぴり安心した。
 骨格量は二・四キログラムくらいだそうで、だから何なのだ、というのはわからない。ま、一応骨もあるということだろう。
 体脂肪率は九・六パーセントだったが、驚いたのは内臓脂肪率だった。
 これは、なんと、ほんの一パーセント。
 おいおい、おれの内臓にはたった一パーセントの脂しかついてないのかッとびっくりした。これは由々しき問題である。私が解体されて内臓をホルモンにしようッたって、脂がちょっぴりしかないのでは美味くないのではないか、と心配になる。やっぱ、旨味は脂だろうし。
 そして、トドメが、この提示だった。
 タニタのインナースキャナーとかいう体重計は、最後に私の体内年齢をあからさまに告知したのである。
 アナタノ体内年齢ハ、三十二歳デス、と。
 ガーンッと衝撃を受けた。こんなにも不健康な生活を続けているのに、なんなのだ、これは。おれは、まだ三十二歳だったのかッ!
 自分の年齢なんて数えないからいつも周りから教えられるけど、みんな間違えてやがったのか。いや、意図的に瞞していたのかも知れない。
 おれは、てっきり五十七歳だとばかり思っていたのに、タニタのインナースキャナーは正しい年齢を教えておれを目覚めさせたのだッ。いや、危なかった。二十五年も歳を誤魔化されていたとはッ。
 もはや、私には、なにが正確な情報であるのか、判断できなかった。

 なんて遊びをやっていたら面白く、入浴後はさっそく妻子にも計測を推奨した。面白いからやってみろよ、と。
 が、妻子は、「やり方が面倒臭そうだから、イヤだ」と連れなかった。他に複雑な心理があるとは思うけど、面倒臭いというのは一面の真実ではあろう。私はそういうのも愉しいから面倒に思わないけど、いちいちマニュアルを読まないとできないなんて面倒臭いという人は多いことだろう。確かに、豚ロースの塊肉を買ったら、ロース肉の正しい切り方なんてマニュアルがついていて、読まないと切ってはいけませんなんて言われたりしたら面倒臭くてしょうがない。んなもの適当にぶつぶつやれば良いのだッなんて粗野なものには豚ロース肉を売ってあげません、ということになったりすると、われわれは面倒でもマニュアルに従わざるを得なくなる。ま、体重計とは関係ないことだけど、妻子はもしも体重計が、自分が知りたくない情報を、それも、内心真実かも知れないと恐れている情報をあからさまに提示してしまったら怖いから、マニュアルを読んでまで使いたいなんて思わない、と思うのだろう。使えば、こんなに愉しいのに。
 ということで、タニタのインナースキャナーは、もっぱら私専用の身体年齢測定機になるらしい。
 もしかして、老母は実はマニュアルに従って測定してみたのではないか、と、いま思った。
 なぜか、ガガーンッと衝撃を受け、こんなもの二度と使うものかと決心した。
 そこに、私がのほほんと訪れた。
 老母は、私にタニタのインナースキャナーを見せて告げた。
 「ジャパネットだかで買ったけど使い方がわからないから持って行ってけろ」
 真相は、老母だけが知っている。
 が、ほぼ、当たりじゃないか、と私は思うのだった。