民が主か。 | 境界線型録

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I Have A Pen. A Pen, A Pen Pen Pen.


 今日も体調悪しく寝床営業でヒマなので、昼日中から愚痴って遊ぼう。
 メディアがビデオ流出事件だらけで、微熱におぼろな頭でも強制的に考えさせられてしまう。想像よりは静かだが、どうも何かひっかかる。
 ネット公開は是か非か。守秘義務違反か否か。そもあの映像内容は、守られるべき秘密に適合するのか否か。では、なにをもって秘密と判断するのか。犯罪なのか、単なる情報公開なのか。と、色々ややこしくて、考えるのが厭になる。
 そんなこんなを眺めていて、ダブって見えた風景がある。

 確か6・7年前、ある小さな企業に業態転換を奨め、そのための戦略事業としてBtoBブランドを作りとりあえず成功させた。ところが、コンセプトが珍しかったのでマスでも紹介されてワッと売れてしまった。瞬間的に売れてしまったせいで、「転換のためには、提案とセットで売らないとダメだよ」と伝えたのに無視された。と言うか後に、私の助言が理解できなかったのだとわかったが。
 まあ、売れてるから良いかとほったらかしておいたら、二年前、社長がヤバくてさと泣きついてきた。手遅れかもしれないけど、まだいけるかもしれないから、また手伝った。
  まず組織を変え、人の配置を変え、転換には少しスキルが要るので攻め方教育をやった。
 みんなヤバい現実は知っているはずだから、今度はちゃんとやるだろうと気軽に考えていた。マーケティングの初歩的理屈を教え、ニーズの解析というか視点の置き方を訓練し、問題解決のケーススタディを見せたり。
 が、半年経ってもほとんど変化がなかった。指導が悪いのでもあるだろうが、すごい事実に気がついた。社員に「家でも勉強してる?」と問うと、口を揃えて「え?特にやってませんよ」と応える。これには唖然とした。ショックだった。勤務時間内に、それも週に二・三時間教わればスキルアップすると思ってるのか?と。
 ただでさえ存亡の危機に瀕していることは明らかで、組織全体があっちへ行こうと総意を決して走りだしたのだから、当然、全員が走っていると思いこんでいた。が、旧い幹部は部下の手前体裁を繕うのに忙しく、一向に学習しない。旧職能では役に立たないから入れ替えろとうんざりするほど言い続けたが、何も変わらない。
 中にはことの重要さを認識して精一杯走る者もいた。課題を探しては相談を持ちこんできた。既存客はしっかり維持しつつ、一緒に新規開拓にも取り組み数社に道を拓いた。が、全体は概ね旧態依然。先鋭する者に妬み嫉みが向けられるというよくあるケースもあったらしい。抵抗する者を説得するために多大な時間や労力を使うなどムダなことだ。このままでは走る者が折れるから、抵抗勢力をクビにしてしまえと社長に提案した。が、そうもいかないと逃げた。雇用法に守られているのはわかりきっているが、チヤホヤされないと協力できないような奴をチヤホヤしている余裕などない。
 従来市場は寡占化がほぼ完了し、売上は減る一方。このままでは業績回復し得ないから転換するのだから、腹を極めてやらないと無理だと食い下がったが、尻込みするばかり。
 それで、見捨てざるを得なくなった。これは胸の痛む現実だった。
 精一杯走っていた者たちも、辞表を出して去ったらしい。

 組織が進むべき方向を決定し、戦略をもち、ひとつの目標へ向かって走りだしたが、ボディを構成する社員はバラバラに散歩していた、という風景。戦術を展開するにも至らない。社長は自分のリーダシップがないのだと落胆した。が、リーダーシップだけの問題ではない。だいたい自分たちを養う器が危機に陥ってるのに、いつまでもリーダーに頼ってんじゃねぇよ、と思ってしまう。

 ビデオ流出とはまったく無縁の話だが、あれは日中という関係の上で用いられるべき武器になり得たもの。船長を釈放した時点で、カードとしての価値は失われていたけれど。
 時は過ぎ、今はAPEC開催中。
 APECなどまともに機能していないので現実的にはあまり意味はないが、環太平洋の首脳たちの外交舞台として非常に重いだろう。
 間もなく日本の宰相は、中国、アメリカ、ロシアなど各国の首脳と折衝する。
 これはトップ外交であり、企業で言えば、社運がかかりかねないビッグステージ。
 特に気になるのはメドベージェフか。プーチンに見限られないよう示威行動したいと、そのターゲットにしたのが民主政権だろう。弱いリーダーシップは、絶好のエサだ、と。

 けれど、政権にリーダーシップは無くても、リーダーシップを持たせ得るのが、国民の偉大な力ではないか。
 民主主義というのは、その辺に妙味があるのではないか。
 ロシアを睨めば、今は政権党にリーダーシップを帯びさせるのが得策ではないのか。要らなくなったらさっさと剥脱して、追いこんで解散させればいいのだから。それが国民の力ではないのか。
 このタイミングで、国内で政権攻撃するのは、社運がかかる重要な交渉に臨もうとする経営陣を、株主がボロボロにする風景に見えるのだが。
 菅政権がダメであれなんであれ、民主党を選んだのは国民。この体制は国民の総意の産物と覚悟して、今しばらくはひ弱な政権が外交の荒波をとりあえず乗り切れるようにコントロールできるのも国民。批判批難反抗は大仕事の後の方が良いのではないだろうか。なぜAPEC後を待てないのだろう、と不思議でならない。
 TPP反対アピールは良いとして、ここで政権をつついて、なにか得があるんだろうか?

 企業を潰すのは、経営者だけではなく社員という可能性は極めて高い、と実感する。組織というものは自分や家族を乗せている船のようなものなのに、船内で暴れたり操舵を邪魔して転覆させようとしたり。だから、組織などバカバカしくてさっさと脱けたけれど、国家は脱けがたい。