おはようございます。虚海と申します。昨日は元旦でしたが、イオンに行ってしゃぶ葉に行って家でカラオケを5時間歌って… すっかり正月モードで楽しみました(笑)。
どうやら娘も来年も家にいそうなので(あまりいいことではないけどやっぱり嬉しい!)、もう少しの間4人の時間を楽しむことができそう。いつまでも子離れできない親でごめんなさい。
さて、今日は将棋のお話を。今年の目標は「楽しく将棋を続ける」ということにしました。今回はそれについて考えてみたいと思います。
「楽しく将棋を続ける」ことにはいろいろなアプローチが有ると思いますが、私の場合の「楽しく」ということの解釈は2つありまして、
1.将棋そのものを楽しむ
2.結果を楽しむ
この2つです。まず1。ボードゲームとして将棋が楽しいのはまあわかりますし、奥の深さなんかも認めるところではあるのですが、やっぱり負けてばかりじゃつまらない。というか、本音を書くと、私は将棋そのものを楽しいと思っていない気がします。
ツイッターとかを見ていると、「負けても楽しい!」「いい対局だった!」とかおっしゃる方もいらっしゃいますけど、私には理解できない。負けたらつまんないし、いい対局とは思えません。それが私の本音です。きれいごとは言いませんよ(笑)。
将棋で負けるというのは、たいていの場合は自分にミスが出ることが多いので、ミスが出て自分の実力を出し切れない対局なんていい対局とは言えないのではないかという考えです。
自分がベストを尽くした上で相手がそれを上回ってきたら、それはいい対局だったと思えるんですけど、そんなことはほとんどありません。私が負けるときは、ほぼ自分のミスや読み漏れで負けるだけですからね。
もちろん、将棋はミスしたほうが負けるゲームというのが真理だと思いますが、やっぱりそういう負けは認めたくありませんね(笑)。そんなの実力じゃないもん。以前嫌な奴がいて、「ミスするのも実力」と言ってましたけど、私はそうは思わない。実力はあくまでも出せるポテンシャルの最大値で、それを出せるかどうかは実力とは関係ないという考えです。
話が逸れました(笑)。なので、やっぱり勝つことが私にとってはとても大事! そのために努力をするし、そのためにミスの無い将棋を指すことがとても重要なんだと思います。
そのためには、多少苦しい勉強も我慢しないといけないし、勝てばその苦労も報われるというものです。逆に、それで負けたら目も当てられません。やっぱり結果にこだわることは私にとっては将棋と付き合う上で絶対に避けて通れないことです。
勉強そのものが楽しければいいんですけど、とりあえず詰将棋を解いていても、次の一手を解いていても、「ああなるほど!」と思うことはあっても、「楽しいなあ!」とは思いません。このことからも、やはり私にとっての将棋は「勝負事」以外の何物でもないんだなあ。これは仕方ないことです。50年生きてきていろんなことを経験した上での価値観ですから。
ただ、将棋にはどうしても勝ち負けがついてきますので、負けるたびに発狂していたら精神衛生上悪すぎます。なので、今は「内容」を重視しようと考えています。まずは対局では実力を出し切ること。しっかり丁寧に読みを入れて指すこと。これができた対局ではほぼ勝てますし、これができて負けたらもう相手のほうが強いんだから仕方ないと割り切れます。
別に将棋が私より強くても、私より優れているわけではないので。だって私にはいい所がたくさんあるので、人間的な価値が劣っているわけではありませんから。数多あるボードゲームの1つで負けただけで、なんならモンハンとかなら私のほうが上手いし、将棋の実力が劣ることで人間としての優越が決まるわけでは全然ない。だから実力で負けても悔しがる必要無いんです。
逆にミスで負けたら死ぬほど悔しいので、ミスは絶対にしないように最善を尽くさなければなりません。実力で勝っているのに結果として負ける。こんな悔しいことはありませんよ。
また、不測の事態での負けは、内容が勝っていれば勝ちだと思うようにしています。昨日もイオンで子どもたちを待っている間にベンチで三段の人とクエストで対局し、終始圧倒していましたが、タップミスで負けました。こんなのはもう勝ちだと考えるようにしています。
ここまでの結論を書くと、今後将棋に取り組むに当たって、
・やはり勝つことが楽しむことの根本
・勝つための実力を養うための勉強をすることもとても大事
・ミスない対局を心掛けて、しっかり実力を出し切れるように努力することが最も大事
ということでしょうか。
本当は今やっている勉強とか、今後の計画とかも書こうと思っていたのですが、すっかりメンタルの持ち方で字数が多くなってしまいました(笑)。そちらはほかの機会に書きますね。