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筋萎縮症ALSの患者を助けるハイテク
2006年1月12日のNHK『ニュース10』で紹介していた。

 

日立製作所の小澤邦昭氏が製作を担当している。若い男の患者、田辺氏、額や瞼に装置をつけてパソコンを動かし、次に文字盤を眼球で追って医師を傳える。眼球の動きも衰えたらしい。

 

前頭葉の血流を捕らえる装置の研究。歌を唱うと血液が前頭葉に集まる。これを使って音声を出す装置で「はい」と「いいえ」だけを表す。「はい」は頭の中で速い歌を唱い、「いいえ」はゆっくりの歌を唱うことにするらしい。
去年暮れ、田辺氏も使うように。頭の中で音楽を唱い続ける。
母喜代子さん「待っていた人多い、希望につながる」。田辺氏「このことで僕の人生(観)が変わる」。

 

2006年1月当時、ドラマ版『1リットルの涙』の池内亜也は東高校1年の冬休み。学校で障碍者が負担になるというので、養護学校に移る少し前だった。

 

 

2006年、讀賣グループの人事異動で、また、原辰徳が監督に復帰。

 

2006年2月10日、東洋航空402便が10年ぶりに出現した。乗客、乗員全員無事。しかしおよそ10日後に全員、消滅(『神はサイコロを振らない』←Wikipediaによると原作では3日後)。

 

2006年8月、『ドラえもん』で有名な「空気砲」が發賣されたらしい。
2006年10月20日、米デューク大(Duke University)など英米の研究グループが「透明マント」の基礎となる技術を開發。軍用機がレーダーと避けるためのものらしいが、核兵器と同じで、アメリカが新しい軍事技術を開發しても、すぐアメリカと敵対する勢力が真似をし、それでアメリカが慌てて戦争か、援助かという問題になることは目に見えている。中国が衛星を爆破して、世界中から批判されたら、今度はアメリカも同じことをした。同じ穴の狢(むじな)である。

 

2005年

2006年4月、池内亜也は擁護学校で生活を始めた。亜也は車椅子を電動式に換えたところ、雨の中でタクシーが止まってくれず、難儀した模様。このあたりから日本では病院のたらいまわしが問題化し、病人が住みにくい世の中になってくる。これも大衆が選んだ「自由」「市場経済」の結果である。

 

2006年、夏の甲子園で早稲田実業高校の斎藤佑樹(王貞治の後輩)と駒大苫小牧高校の田中将大(~まさひろ)が決勝引き分け再試合で対決。斎藤佑樹の奪三振記録は1958年の板東英二に続いて2位とされる。『大甲子園』によれば、1982~85年ごろ(推定)にも明訓×青田戦で再試合となっており、青田の中西球道が奪三振記録を更新していたらしいが、正史には採用されていない。

 

 

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