教育に関しての非常に勝手な考察 -7ページ目

自分を知る

ナンバー1でなくとも、オンリー1でいいという考え方がある。
ナンバー1以外は価値がないということはないし、人それぞれにその人だけの価値があると思うが、それを活かせているとは限らない。

オンリー1の価値をうまく活かすために重要なことは、自分のことを知ることである。自分がどこで価値を発揮できるのかを知ることが重要である。あるいは自分が他人と較べてどんな特性があるのかを知ることが重要である。
社会の中で、会社やクラスの中で、自分の価値を発揮できる役割を果たすことが、他人に喜んでもらう方法である。

そのためには、自分からその役割に手を挙げるか、他人にその役割を割り当ててもらうしかなく、自分の価値を他人に知ってもらわなければならない。つまり、自分でも自分の価値を知らなければならない。
謙虚であるということと、自分のことを知ってもらうということは別の話である。


周り、特に教育者は「あなたには価値がある」と教えることが重要なのではなく、自分のどこに価値があるのかを意識させることが重要である。

責任の取り方②

前回に続き、失敗した時の責任の取り方について考察します。


 ③失敗の影響が自分だけなのか、他人も被るのか。
もちろん他人に対しての影響が小さければ責任も小さく、大きければ責任も大きくあるべきだと考える。会社の社長の決断の失敗は影響が大きく、一般社員の失敗の影響は小さいのが一般的であり、仮に社長の待遇がよくなくとも同じ失敗でも社長こそより厳しく責任を取るべきである。逆に言えば、社長の方が責任が大きいからこそ待遇がよいのが一般的であり、待遇の差は単純に能力だけの問題と考えるべきではないと思う。


 ④次の成功の見込みがあるのか。
失敗からいかに次の成功の種を得たかも責任の大きさに関係する。特に「辞める」という責任の取り方を考える時には、次の成功の見込みがあれば責任を回避(辞めない)という選択肢もあり得るが、前回と同じ失敗を繰り返すようであれば責任をきっぱり取るべきである。(よければこちらも参照ください。「結果で評価か、過程で評価か」 http://ameblo.jp/kyoiku/entry-10053462731.html )


失敗自体は悪いことではないが、大きな挑戦であればあるほど責任もセットで考えておくべきである。それが次の挑戦へと繋がる。

責任の取り方①

本稿では、あまり失敗を恐れずに積極的に挑戦することを勧める立場を取っているが、失敗は付き物である。今回は失敗した時の責任の取り方について考察する。


 ①最初から成功を約束していたか。失敗した時の対応を約束していたか。
何かに挑戦する時に、その利害関係者と事前に約束があったかということが最優先されるべきであると思う。「失敗してもいいよ」という約束の後の失敗について責任を追及するのは約束違反である。「絶対成功します」という約束の後の失敗では何かしら責任を取る必要がある。この時「絶対成功します」という約束の後に例えば「1%も成功の確率がなかった」といって責任を逃れるのは許されない。諸々の条件は約束の前に確認するべきであり、確認できなければ約束はしないことである。


 ②他人から利益を受けての行為か。
時間やお金、労力等を注ぎ込んだのが自分だけであれば責任は小さいが、他人の協力を仰いでいるのであれば当然責任を取らなければならない。また①に関連して、会社への出資のように協力者の合意のある協力を得る責任は約束によるが、税金のように強制的な協力を得る責任はより厳しくあるべきだと考えている。


次回に続きます。