霊山登山リベンジ(後篇) | 京一花日記帳

京一花日記帳

*京都や幕末、日々のことを綴っています。ご訪問ありがとうございます*

朝に淹れる熱いお茶が一段とおいしくなって、仕事帰りの自転車も寒くなってきました。
日に日に冷えてきている今日この頃ですが、体調お変わりないですか?


続きです。
東山山頂公園までは、車で行くこともでき (というかふつうは車で行く)、
夜景スポットとしても有名なのだそうですキラキラ



付近には、大隈重信氏の手植えの松があり、





将軍塚・大日堂もあります。 ※工事中でした。





この大日堂(再建)を建立した人物が、伊藤氏、井上氏の詩碑を建立した中井慈眼氏であったことを知って驚きました。

でも、その10000倍驚いたのは・・・



こんなパラダイスが広がっていたことです!!!!!Wハート



暑くて、みんなだらだらしています



ひとしきり萌え切るまで、先生にお待ちいただきました。ありがとうございました、満足です(笑)


下山し、先ほどの京都一周トレイル⑲番まで戻ります。
私たちには最後のmissionがありました。伊藤氏、井上氏に続いて、木戸孝允氏の詩碑を見つけることです。



どなたかが以前にupされていたネット情報によると、それは、この通行止の向こうにあるということに。
おそるおそる勇気を出して進んでみました。 ※よい子は真似してはいけません



藪を漕いで進みます。いつぞやと同じ展開に…



前を進む先生の姿ももう見えない。
ようやく進んだこの藪の先は開けていて、そこに伊藤氏の詩碑がありました。一か月ぶりの再会です。
しかし、散々このあたりを探しましたが、木戸氏の詩碑は見つからずじまいで、断念しました。



藪の手前にあった、中井氏が整備されたというこの道標にも、「左 伊藤公詩碑 木戸公墓所 高台寺」とあり、木戸公詩碑の文字はありませんでした。
(木戸公墓所、は、霊山墓地内にあるお墓を指すようです)

のちに先生にご連絡いただきわかったのですが、木戸公の詩碑は、存在しないようです。
一日だけのトレジャーハンターになった気分でした。とっても楽しかったです(笑)



(また)道なき道を進み降りていくと、





なんと、正法寺の前に出ました。
(下山ルートとしては、よくないです。お寺は通り道ではないので… 次は気を付けます。)
そのまま、霊明神社を訪ねましたが、お留守のようでしたので、



ホテルりょうぜんのほうをうろうろしておりましたら、偶然そこに、霊明神社の神主さまが登場され(!)
神社へお招きいただき、ゆっくりとお話を伺うことができました。なんという幸せ者でしょう。

そしてそこで、偶然にも、「伊藤氏・井上氏の詩碑を守り、土地を整備する」署名活動が有志の方により行われていることを知りました。

あれだけの立派な詩碑、もっとわかりやすく、行きやすくし、もっと広く認知されるべきです!
志のある方、機会がありましたらぜひご署名をお願い申し上げます。
霊明神社にて署名可能です。(2014年8月時点)


最後に…
帰り道、建仁寺の近くで先生にご紹介いただいたのが、こちらの「京都井伊美術館」です。



鎧兜や刀剣を常時展示し、修史彰考をし続けている日本でも極めて数少ない武具専門美術館だそうです。
なかなかマニアックな、歴史好きにはたまらない場所かもしれません。
事前連絡をしてから訪問くださいということです。 → 京都井伊美術館

先生、この日もまた本当にお世話になりました。いつもありがとうございます。

そして、いつもながら、長々とお読みいただきありがとうございました。