日本訳詩家協会の理事をさせていただいております。

今年、片桐和子会長が名誉会長になり、

加藤登紀子さんが会長に就任されました。

 

私も訳詩について考える時間が増えました。

 

「CRYINIG LOVE」は

私が初めて訳詞した歌になります。

 

歌手:森恵

作詞:Patricia Paay,John Van Katwijk

訳詩:許瑛子

作曲家: John Van Katwijk

 

 

 

この歌の歌手、森恵さんは18歳くらいだったでしょうか?

レコーディングの日

「なんかのらないのよね」

耳を疑うようなつぶやきに

憤慨した私はスタジオから帰ろうとしました。

 

それまで作家が憤慨して帰るなんて場面は

一度も経験したことがなかった私なのにです。

 

30歳そこそこの私。

私もおごっていたのだと思います。

「作家先生が来ているのに

なによ、その態度っ!」プンプン

そんな感情が浮かぶことがそもそも私の間違いなのです滝汗

ヒット曲が1曲あるだけで、大先生になったつもりで

今は恥ずかしくなります。

顔の引きつったディレクターに「まあまあー」となだめられて

私は帰らず

歌入れも無事に終わりました。

 

暗い子。

内側に秘めているエネルギーは

暗く光ってるという言葉しか浮かばないような・・・そしてわがままな子。

そんな印象も

そのうち、忙しさに流されて

私は彼女を忘れて行ってしまいました。

 

ヨガのインストラクターになった2007年、

私はチャクラに興味を持ち、

チャクラコーディネーターの講座に通っていました。

開講されるまでの待ち時間の生徒の列で

ひときわ光を放っている美女がいましたキラキラ

光を感じてそちらばかりを見てしまいました

キラキラ

1人だけ、場違いなくらい美人でした。

参加者は皆、ノーメークが多いような会場でした。

その美人もほとんどノーメーク。

だからわかったのだと思います。

そう、それは彼女、森恵ちゃんでしたびっくり

おおお

偶然!

眩しいほど美人で、大人の女性に成長していました。

こんな偶然の出会いもあるのだ・・・

本当にあれから何年経っていたのでしょうか、

およそ20年?

 

彼女はレイキを学び、セラピストになっていました。

さらに勉強を深めようと彼女はチャクラの講座に参加しているようでした。

 

ここは仕事場ではないし、彼女はアイドルでもなくての再会。

彼女があの頃の話をしてくれて

10代の少女が芸能界の大人の中でいかに翻弄され、苦労して頑張ったのかを知りました。

心を開かない不思議な少女の暗い光の理由、あの頃内側に閉じ込めたエネルギーがわかりました。

 

 

今は内面を磨いているのだわ。

私はそう思いました。

 

再会してからのある日、知り合いのドクターのセミナーがあり、

医学に深い関心を持っていた彼女を誘ってみました。

ご縁とはとても不思議です。

彼女はその先生のクリニックの近くでサロンをやっていました。

そしてその後、先生のクリニックへも、セラピストとして行っていました。

方舟光さん。

今はセラピストで画家さんです。

個展の絵は全て完売。

その癒しの力は絵画からも放たれていると言われています。

 

あの時、アイドルとして多くの男性ファンがいた恵ちゃん。

 

女の子に好かれる女の子のイメージが湧いてきて、そういう詞を書こうと思ったこと。愛のせつない気持ち。

女の子の気持ちの代弁者にピッタリと思ったこと。

ちょっぴり、懐かしくなります。

 

いま、沢山の女性に囲まれている光さんは

眩しいくらい明るい光で

セラピストとして、皆さんを笑顔にしています。

いつも、どんな時も

感謝を忘れない光さん。

私こそ、感謝です。

 

 

キラキラ

キラキラ

キラキラ

キラキラ

キラキラ

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私は無事にチャクラコーディネーターの資格を取得し、水晶でできたペンジュラムを手に入れ、

チャクラをせっせと活性化することに夢中になり、

いつの間にかエーテル体もアストラル体も

自分の中では自然なものとなり、

今年、久しぶりにペンジュラムに触りました。