一週間前の2月7日、奇しくも私の誕生日の朝刊1面に「三菱重工 国産ジェット開発撤退」の見出しが!
スペースジェット(SJ,旧MRJ)開発中止のニュース
期待していたのにホントに残念です!
開発当初は機体の発注も順調に増えているように見えたが、結局は型式証明が取れない大失態!
つまり旅客機として認められませんでした。
戦後初の国産旅客機YS-11に次ぐ、MRJには大いに期待しました。
私のNo:1フライトは出張の時に乗った羽田発高松行のYS-11だったので、次の国産機もきっと・・・
五月晴れの空を飛んでいるYS-11の機影が地上に見え、東名高速を走る車の大きさまでわかります。
海岸沿いを西へ進み、伊勢湾を横切って堺市の仁徳天皇陵が見え、淡路島南部を横切るときには気流を受けてお尻がユラユラ揺れる感じを味わって!
そして屋島を右に見ながら旧高松空港に着陸
2時間半くらいだったかなぁ・・・
小学校に入る前、鰐淵晴子・原節子の「ノンちゃん雲に乗る」って映画を見たが、ふわふわと風に乗って飛んでいくYS-11は正に雲に乗ってるって感じがしていい気分でした!
先月NHK映像の世紀で「零戦 その後の敗者の戦い」は放送され、「風立ちぬ」のモデル堀越二郎をはじめとして零戦の三菱重工、零戦のエンジンや陸軍「隼」を作った中島飛行機(現スバルや旧プリンス自動車)、水冷エンジンの「飛燕」を作った川崎重工の技術者たちがYS-11の開発に参加したことを語っていました。
フォッカー・フレンドシップ機のあとを継いだYS11は全国を飛び回り、64年東京オリンピックの聖火を各地に運びましたが、寄る年波には勝てず2006年民間定期航路から引退し、2021年3月自衛隊入間基地でラストフライト!
次の国産旅客機は90人乗りの三菱リージョナルジェットMRJと聞いて早く乗ってみたと思っていたのに・・・
前から開発継続が危ういという話しもありましたが!
Boeing767や777,787のシート、トイレからパネル、ウィング等の主要部品を日本が提供してはいるが、いざ飛ばそうとなると今の日本の技術ではダメだったのですねぇ
飛行機好きとしては残念でたまりません。
生あるうちに国産ジェット機に出会えるだろうか・・・
※画像はtokyo-np.co.jp とウィキペディアより