みんなそうでしょうが、旅に出て枕が変わると朝早く目が覚めてしまいますよね!
松山は東京よりも30分弱日の出の時間が遅いので、6時半頃でもまだ暗いです
午前中に松山城を見て昼前には予讃線に乗らなければならないので7時半前には朝食会場へ!
ここは14階のレストランフロアーなので、わずかにお城が見えるがあれは天守かなぁ・・・
天守の開場は9時からだがロープウェイ・リフトは8時半から営業ということで早めにホテルを出ました。
現在ロープウェイが工事中なのでリフトで上るが・・・
乗っているのは2人だけでした
リフト降りても10分以上坂道上がるのだが、9時過ぎたばかりなのにけっこう入場者がいましたよ!
本丸まで上がれば松山市内は一望、高島屋の観覧車もよく見えます
松山城は「賤ヶ岳七本槍」の一人加藤嘉明が創建、その時にこの地を松山と名付けたという。
この天守は落雷で焼失のあと1854年に再建されたもの
江戸時代から現存するのは全国で12城しかないそうだ!
江戸末期の再建だが、創建時の桃山時代の様式で再建されたそうで、さすがに年配の女性には階段(梯子)の昇り降りは大変そうでした!
松山と言えば県庁所在地でもあり、ちばてつや「紫電改のタカ」や東宝映画「太平洋の翼」で描かれた「三四三空」松山航空隊があったところであり太平洋戦争末期、紫電改を駆って敵機B29やP51と戦闘を繰り広げたところ!
江戸時代の木造建築がよくぞ残ってくれました
「紫電改のタカ」は1963年(昭和38年)から1965年に少年マガジンに連載され毎週楽しみにしてました。
これで五式戦や震電などの戦闘機も知りました。
映画も同年公開となっていますが、私の記憶は紫電改のほうが先だったと思うのだが・・・
この三四三空を創設して司令となった源田実中佐、映画では三船敏郎が扮しヒーローなのだが、この人映画公開のこの頃は参議院選挙に出馬してさっさと当選してるんです
議員時代「日本も原爆持っていたら使った」など舌禍事件も多く、あのB29等で東京大空襲で3月10日1夜で10万人も焼き殺した「皆殺しのカーチス・ルメイ」の勲一等旭日大綬章授与に尽力したという!
映画で燃料も弾も尽き最後にB29に体当たりして戦死する飛行兵をたしか佐藤允が演じていたが、お国のために命を散らした部下たちにどう説明するのだろうか!
天守見学を終えて帰りは県庁裏に下りる道を選びました
創建時の石垣を見上げながら下るのはいいのですが、かなり急坂で膝に負担がかからないように脚を曲げながら歩いてきました
ホテルに戻り、11時前には市内電車でJR松山駅に到着。
11:41発の下灘駅方面行の列車に乗ります
下灘駅は予讃線本線から外れて海岸沿いに走るローカルルートなので2時間に1本程度しか走っていません!
本線なら1時間1本ほか都市間バスもあるんですが・・・
ホームのベンチに座って見てるとJR予讃線もいろんな列車が走ってます!
下りのワンマン列車が到着
これも下りのワンマン列車
これは特急。奥がしおかぜ、アンパンマン塗装は宇和海
いろんなの載せてたらまた長くなっちゃったので「その3」はここまで!
2日目午前中だけで終わっちゃいました
ではまた・・・
※漫画表紙画像は講談社コミック+より