恭です。

二つくらい前の記事だったかな。うつ病を発症して一番苦しい時に、遠くのミスター・ドーナツまで毎日歩いて通い、泣きながらドーナツ食べてた、って話。

大好きで大切なMisiaの「Everything」をずっと封印していて、きーと付き合うようになってようやく聞けるようになったっていう内容です。

なんか、きーは全然知らないことだったので驚いたみたいで、それを聞いて、おれはちょっと恥ずかしくなりました。やっぱり一応おれも男だから、なるべくなら弱いところを見せたくないじゃないですか。

おれが考えてる理想の形というのは、おれはどっしり構えていて、色んな事で翻弄されるきーを大きく包み込んであげる姿なんですよね。それと比べると、上に書いたことはちょっとかっこ悪い。(笑)

おれは思ってるんです。きーと一度だけ逢った時、ビジネスホテルの部屋から送り出す方がおれで良かったって。逆にきーに送り出されるのは、なんか貧相な背中をラストショットとしてきーの脳裏に焼き付けてしまうようで、ちょっと嫌だったんですよね。

きーには声で惚れて、メールで惚れて、それで充分だったんだけど、逢ってみたら想像していたよりずっときれいで大人のオンナで、ちょっとたじろいだ。(汗) そこへいくと、おれと来たら、前の夜から部屋ですることもないもんだから、自販機からビールを買っては飲んでテレビを見て、きーが来た時には20缶以上も床に転がってました。きーは「ちょっと、何これ~飲み過ぎだよ~」とひと言。おれが酒飲みだっていうのはメールのやり取りで知っていたと思うけど、さすがに現場を見ると呆れたんでしょうね。

でも、次に何年後、何十年後に逢えるか分からないから、おれにとっても、きーにとっても良い一日、後で思い返して宝石みたいに目映い一日にしたかった。きーが使える時間ぎりぎりになって、いよいよさよならしなくちゃいけなくなったとき、この一瞬、この一光景がきーの心に焼き付くんだと思うと、何とかちゃんとした形にしたかった。

正直、自分が見栄えしないのは分かってます。だけど、きーにはどんと構えて「さよなら」を言いたかった。たいして格好がつくわけじゃないけど、目一杯カッコよく送り出したかった。男は背中を見られるのはちょっとキツイです。送り出す方で良かったって今でも思ってます。

さよならが変な顔になっちゃったのは許して欲しいけど、あれがおれの精一杯だったんだ。

あんまりしたくない想像だけど、あれがきーと逢う最後の機会かも知れない……そんな予想はしてました。仮にそうだとしたら、きーに見せる、最後のリアルなおれだから、快活なおれを残してあげたかった。年取っておれが遠くで死んだとしても、きーの中に残るおれはあの日の笑顔のおれだったらそれでいいんじゃないかって思いました。一生残る悔いなのは、あの時に満面の笑みじゃなく、さよならの悲しさに負けて、変な顔になっちゃったことです。

でもおれは忘れない。最後の最後は、きーのこと思い出して笑顔で死にたいと思う。



恭です。

きょうはきーは仕事が休みで、電話はできなかったんですが。声聴きたいなーなんて思ってました。
それが夕方メールが来まして「少し電話できそうなんだけど」と書いてありました。
ええ? どういう状況なんだろう? 普段はまず出来ないはずなのに。

かけてみると、娘さんを迎えに行って、帰りにスーパーに寄っている途中だって。ひとり車の中からかけてきてました。
そういう細切れ時間を使って、電話の時間を作ってくれることが何だか嬉しくて。

声を聴くと、逢ったあの日に帰れる気がしました。
こういう気持ちは大切にしていたいな。

       *  *  *

あての無いデンワを 待ち続けてる 夜は流れて
君の声と あの夏を 確かめたくて

夏に抱かれた君が たゞそこにいるだけで 心奪われて
そのまゝ すべてが あの日から 止まったまゝ

いったい 何が どうしたんだろう
こんな 風に 胸が 痛いなんて
ためらう心 今は もどかしくて

夏も終わりの海は 思い出残すだけ 君を愛してる
それが まるで はじめての 恋みたいに

分ってることは この気持がたゞの 気粉れではなく
このまゝ 時が 過ぎてゆけば 辛くなるだけ

絶対 これじゃ らしくないから
いっそ もっと 熱くなって
君を 想う心に 早く 身を任せて

ためらいも ときめきも ため息に消されてゆく
なにげなく 心の中 君の名を呼べば

戻れない だませない もうどこへも行けはしない
今は君を このうでに 抱きしめるほかはない

いったい 何が どうしたんだろう
こんな 風に 胸が 痛いなんて
ためらう心 今は もどかしくて

絶対 これじゃ らしくないから
いっそ もっと 熱くなって
君を 想う心に 早く 身を任せて

恭です。

きーが大阪から家に帰ったようです。無事で何より。

前の日に「大阪の出張があったとして、きーのところまで足を伸ばせるか計算してみたことがある」と書いたんです。結論は、さすがに無理、ということだったんですが。時間的に、どう頑張ってもきーの土地にもう一泊追加しなくてはいけなくなる。合理的理由がないので、認められるはずがないです。(涙)

そしたらきょう、「うまくタイミングを合わせれば、大阪行きを恭の大阪出張にぶつけることもできるかもしれないのに、って考えたよ」というメールが来ました。

楽しい空想です。実現の可能性は相当低いけど、それでもひとときその事を空想して楽しい気分になれました。それだけで充分だよ、きー……。

三年前、きーと付き合えたらいいな。そんな空想からすべては始まりました。あまりに遠いし、実際に顔を合わせたことがあるわけでもない。それでも、おれはきーがくれるメールや、きーのブログに強く惹かれてそんな空想を抱くようになったんです。

公私ともにゴタゴタがあって、しんどい時でした。そんな中で、その空想はとても楽しく、美しく、しばらくの間嫌なことを忘れさせてくれる逃げ場所でした。

空想が現実になった時、お互いの家庭や距離も頑張れば乗り越えられるんだ、と思いました。

おれはその数年前にうつ病を発症しています。休職して、リュックに本を入れて、ちょっと遠いミスター・ドーナツへ毎日歩いて通っていました。そしてミスター・ドーナツで何時間も座っていました。

その事自体には特に理由はありませんでした。何をするにも辛くて、ただとぼとぼ歩いてミスター・ドーナツまで行き、コーヒーとドーナツで何時間も潰す……それが色々ある辛い事の中で、一番ましな辛い事だったから、繰り返していただけです。

iPodでMisiaの「Everything」をエンドレスで聴きながら、時々人目も気にせずに、ドーナツを食べながら泣いていました。異様な状態だったと思うけど、それが唯一、気分が楽になるひとときだったんです。

やがて少しずつ症状が上向きになり、おれは「Everything」を一切聴かなくなりました。封印したんです。あの時は救いの曲だったけど、少し良くなりかけてからは、逆にトラウマになり、「もしEverythingを聴いたら、あの一番辛い時に逆戻りするんじゃないか?」と思ったのです。それが怖くて封印しました。あんなに大事にしていた曲だったのに。

きーと付き合ってメールのやり取りをするようになって、おれは症状が次第に良くなっていきました。ある時、ほんとにちょっとした気まぐれだったんだけど「Everything」の歌詞を読んでみました。

  すれ違う時の中で あなたと巡り逢えた
  不思議ね 願った奇跡が こんなにも側にあるなんて

  You're everything You're everything
  あなたの夢見るほど強く 愛せる力を勇気に 今かえていこう

そこには、きーがいました。自分のため、あるいはきーのために書かれた歌詞みたいに思えました。無性に曲が聴きたくなって「Everything」を流しました。不思議と怖れはありませんでした。

本当に長いこと聴いていなかった「Everything」が耳に入ってきた時、自分は、きーというとても大切なものを手にしたんだと思いました。

その後、おれはきーの気持ちに鈍感で、時々、悲しませたり傷つけたりしてしまうことがありました。そういう時、自分にとってきーは何なのかを考えるために「Everything」を聴きます。


恭です。

きのう、きーは、娘さんの付き合いで大阪に行きました。彼女にとって、大阪はあまり慣れてないし、友だちもいないし、何もすることがない街のようです。きょう帰って来ます。

ちょっと姑さんとゴタゴタあった後だから、出かけるのもいいことなんじゃないかな。でも行き先が大阪だと気晴らしにはならないかな。メールがいくつも来たけど、やっぱり寂しかったんでしょうね。

おれは昨日は体内時計が狂って、夕方から夜に五時間ほど起きていただけで、なかなか相手ができなくて可哀想なことをしました。おれの方も寂しいです。やっぱりメールが来ると嬉しいから。

遠距離恋愛は難しいこともあるけど、もう三年目となり、少しは慣れてきました。お互いのリズムを合わせるようにしていることが大事なんだって分かってきました。

目標がないと、なかなか長続きさせるのは難しいことかも知れない。次の約束がない二人だから、いっそうきょうは何をしてるとか、そういう一見取るに足らない情報も、やり取りすることはとても大切です。相手が何をして何を考えているのかが分からないという状態が一番良くない。

ひとつのメールにも気持ちを入れて、おろそかにしてはいけないと思います。

恭です。

実は頑固な不眠症です。睡眠薬をそれも結構強いやつを三種類、毎晩飲んでいます。飲まないと二日は徹夜できる自信あり(苦笑)

調子の浮き沈みがあって、調子が悪い時は、その薬を飲んですら眠れない日があります。

眠れない夜は、きまって気分も沈み込んで、中々くつろげません。きーとSkypeで話した時の録音を聞き返したりします。これは結構落ち着く。

きーの声は少しぼーっとしている感じのトーン(失礼!)で、とても耳ざわりが良いんです。それが落ち着く理由なんだと思う。ただ、落ち着くけど、聞いたから眠れるというようなものではないですね。誤解を承知で言っちゃうけど、好きな人というのは必ずしも安眠には繋がらないですね。色々な事が頭に浮かんで、あまり睡眠にはよろしくないです。(笑)

基本、人間は眠りに落ちる瞬間はホントの無心になってるというか、無心になってないと眠りには落ちないものだと思うんですよ。で、誰かを想う気持ちって、無心とは正反対と言ってもいい種類のものですよね。

恭です。

きょうは会議の準備で、昼の電話ができなかったです。残念(涙)

帰ったら、吹雪なのに車庫の電動シャッターが不調になって閉じないというトラブル……。ああ、メールが中々できないよ~と思っていたら、きーの方からメールが。

姑さんと諍いになったみたいで、凹んでました。おれの方は愚痴は全然OKなんですが、こういうことをこぼす相手がおれしかいないというのは、可哀想だと思います。ほんとは家の中にもそういう存在が必要なんだけどなぁ、と思いました。おれは聞いてあげても、何も解決してあげられないじゃないですか。

ただ愚痴は荷物みたいなものだと思ってます。相手にこぼせば、重さは半分になる気がします。ひとつの愚痴を分け合える、きーにとって、そんな相手として一緒に歩いて行けたらいいなと思います。

       *  *  *

手を取り合ってこのまま行こう、愛する人よ
静かな宵に光を灯し愛しき教えを抱き……



恭です。

好きな人を守るって自然な感情だと思う。
手を携えて素敵なところに連れて行きたいというのも自然な感情だと思う。

だけどおれにはそれができない。
言葉をかけること。それができるたった一つのこと。
無力感をついつい感じてしまうけど、何もしないわけにはいかないし。

       *  *  *

「君の手を引くその役目が僕の使命だなんて そう思ってた
だけど今わかったんだ 僕らならもう
重ねた日々がほら、導いてくれる」

「突然ふいに鳴り響くベルの音
焦る僕 解ける手 離れてく君
夢中で呼び止めて 抱き締めたんだ
君がどこに行ったって僕の声で守るよ」

「君が僕の前に現れた日から
何もかもが違くみえたんだ
朝も光も涙も、歌う声も
君が輝きをくれたんだ」

「抑えきれない思いをこの声に乗せて
遠く君の街へ届けよう
たとえばそれがこんな歌だったら
ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける」


恭です。

日曜の除雪の大仕事で、筋肉痛とだるさがきつかったです。

きょうは、きーと電話で話しました。話題は自然と大雪の話に。南北の距離が相当あるので、お天気だけは共有することができません。あんな豪雪が一日あるとおれの所では、仕事や生活に色々な影響を与えるんだけど、きーにはいつもの日曜日だったわけです。

台風なんかは逆の例で、おれのところは台風は五、六年に一度来るような滅多にないものだけど、きーのところでは毎年のようにやってきます。台風で交通機関が止まったりなんて話はきーには深刻なことだと思うけど、おれにはテレビでしか見たことのない光景で、感覚のズレはたぶんあるだろうと思う。

天気の話というのは、他愛のない世間話ネタのベスト3に入るようなありふれたものだと思うけど、おれたちには大事なことだなぁと思ってます。説明し合うことで初めて、肌で感じる生活感覚を共有できるはずだから。

そういうところのズレが、だんだんとお互いの距離を遠ざけてしまうものだと思う。

       *  *  *

bring it back, bring it back
Don't take it away from me
Because you don't know what it means to me

不安から想いが弱くなってもどうか取り戻して
ぼくが君を愛する気持ちを奪わないで
ぼくがどれほど強く君を想っているか、
君は案外見えていないかも知れないよ


恭です。

ものすごい大雪で家の前の除雪に追われ、それが終わった後も、今日中に済まさなければいけないのに除雪で後回しになってしまった予定をこなしていたら、夜になり……。

きーにメールしたかったんだけど、やっぱりどうにもならない日というのはあるもので、「手一杯でメールできない。ごめん」というような、しょうもない短文を二回送るのがやっとでした。

これってよく考えると、優先順位で言えば、きーの事が一番後回しになっている、という紛れもない事実ですよね……。

いけないことだと思う。ごめんねあせる

恭です。

Moon……月はちょっと特別な言葉かな。きーと携帯で話しながら、月を見上げたことがあります。こんなに離れていてもリアルタイムで同じものを一緒に見上げている――不思議だけどとても貴重なものに思えた。

それだけではなく、きーのアドレスにも「moon」が入っているので、この単語を見ると特別な気持ちになります。

話は変わって、元レベッカのボーカルだったNOKKOが音楽活動を再開しています。レベッカは好きとか嫌いとか以前に、思い出が一杯詰まった八十年代にラジオを付ければよく流れていたので、色んな記憶とリンクしてしまっていて大切にしているバンドです。

レベッカはその頃、多くの人が共感して支持していたこともあり、ツアーとレコーディングの繰り返しでどんどん過密な活動スケジュールになり、あまりの忙しさについにNOKKO自身が押しつぶされて解散してしまいました。NOKKOは、あの名曲「フレンズ」でさえ一時期は嫌いになり、聴くことも歌うこともしたくなくなったみたいです。

そのNOKKOですが、今は一児の母です。今週十年ぶりのオリジナル・レコーディングとなるアルバム「Kiss」を出しました。内容は自身の曲や、八十年代を代表する男性アーティストの曲をカヴァーしたものになっています。そしてその中に、レベッカ時代の曲「Moon」が入っています。

二十年以上前、NOKKOは娘の立場から「Moon」を書き、歌っていました。いま母となって、新たな気持ちで「Moon」を歌い直したそうです。おれは両方とも聴きましたが、同じ曲なのにやはり聴く方としても全く違って聞こえます。

おれときーと同じような立場にいる人たちの中には「二人の間に家庭の話を持ち込んで欲しくない」と思う人が結構いるようです。でも、おれはその種の抵抗は別にないです。むしろ知りたいと思うし、それによって心配したり安心したりする方です。

きーもおれもそれぞれ子どもがいます。きーは、母親として子どもさんの事にはいつも真剣に向き合っていて、時々悩みもするし苦しみもしています。おれは、直接、力にはなれないけど、そういうきーを支えたいと思っています。

もちろん女性としてきーが好きなんだけど、母としてのきーも好きです。世の中には色々なタイプの母親がいますが、きーは、おれが素直に納得できる母親像だと感じています。きーの子どもさんたちは、少なくともおれは、きーが母親で幸せだと思っています。

おれも親だから実感できるのですが、自分が子どもの頃は親ってどっしり構えていて、親とは何たるかを心得ていて、それに沿って子どもを導いているんだと思ってました。でも、実際になってみると違う。どんな親であるべきかなんて分からない。自分の姿勢が正しいのか正しくないのか、子どもにとってベストなのかそうでないのか、そんなことも分かりません。ただただ、その時その時、これが良いんじゃないかと思えることを精一杯やるだけです。あとは子どもが自分を見て、何か感じてくれれば儲け物くらいにしか思えません。その点は、きーもおれも全く同じです。

難しいことは分からないし、先を予言できるわけでもない。だったらせめて、信じることに全力をあげるしかないんじゃない? その全力を見てくれれば、それ以上は子どもには望まないよ。

だよね?