前回までのお話は↓から。
静御前物語<9>
桜が満開の鶴岡八幡宮。
義経の敵である武士たちが、所狭しと埋め尽くす中、私は大きなお腹を抱え、舞を舞い始める。
― 義経さま・・・見ていて下さいね。
しづやしづ しづの苧環(をだまき)繰り返し
むかしを今に なすよしもがな
吉野山 嶺の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき
いつも私を、静、静、苧環(おだまき:花の名)の花のように
美しい静と呼んで下さった義経さま。
幸せだったあの頃に戻りたい。
吉野山で雪を踏み分け、山に去って行かれた、愛する義経さま。
残されたあのときの義経さまの足跡が、今も愛おしくてたまらない。
義経のことだけを思い、気付けば私の頬には桜の花びらが涙でくっついていた。
そして、たった一人の戦いは終わった。
私は扇子を閉じると、舞台の真ん中に座り、頭を垂れる。
八幡宮は、まるで一本の糸がピンと張ったように静まりかえり、誰も声を出せずにいた。
その静寂を破ったのは、頼朝であった。
「ここは鶴岡八幡宮である。 その神前で舞う以上、鎌倉を讃える歌を舞うべきところ、謀反人である義経の歌を舞うとは、不届き至極である!!」
将軍は怒りをあらわにした。 誰もがその様子を見守る中、
「私には彼女の気持ちがよくわかります。 私も同じ立場であれば、静御前と同じ振る舞いをしたことでしょう」
これを制したのが、私の舞を見たいと懇願した政子であった。
そして、運命の7月29日。 私は義経の子供を産んだ。
この子を宿した時から、性別が変わってほしいと何度願ったか分からない。 しかし、歴史は変わることはなく、私が産んだのは男の子であった。