「一兄、そう呼んだらあの人、すっごい嬉しそうだったんだよね」



一通りの昔話を済ませた夏梨。


日番谷はそれを黙って聞いている。


実際の所、十刃にそんなフレンドリーな関係が築けているというのに正直驚いた。


ただ、と日番谷は右手で顎を持つ。


分からないことがあった。



「お前は……随分とその兄貴のことが好きなようだが」


「うん。あたし一兄大好き」


「じゃあ、目の前に兄貴を殺した死神の仲間がいるのにどうしてそう平然としてられるんだ?」



殺したのは自分ではない。


しかし自分の仲間だ。


そう告げれば夏梨は苦笑した。



「話には、続きがあるの」





『一兄、どうしたのさ、ぼーっとして』


『いや……別に』



最近の一護は可笑しかった。


一護に拾われてもう何年たっただろうか。


あの当時の従属官達は全て死んだ。


藍染の実験のせいだ。


既に残りは夏梨だけとなっていた。



『卵焼き、落ちそうだよ』


『うおおぅ!?』



どうやら気付いていなかったらしい。


慌てて掌で受け止める一護だったが、やはりどこか気の抜けている。


はあ、とあからさまにため息をついて、夏梨は問いかけた。



『こないだ尸魂界に行ったよね?そん時からずっと様子がおかしいよ』


『気のせいだ』


『なわけないじゃん。昔ルカ姉から聞いたんだけど……』



そう言って意地悪そうに笑う。


一護には何の事だかさっぱり分からない。


笑いを殺しながら夏梨は言った。



『そーいうのってさ……恋煩いの典型的な行動パターンなんだって』



ぶっ



一護は噴き出した。


暫く呆然とした後、我に返ったように汚れてしまったテーブルを拭く。


更に笑いそうになって夏梨はこらえようとしたが失敗し、腹を抱えて笑いだした。



『か、夏梨!』


『だって一兄カワイイんだからさあ!ほんと、今までそういうの全くなかったわけ?』


『………………無かった』



というかいつ、こんな虚圏で恋などをしようと思えばいいのか。


ぶっちゃければ……虚圏の男共よりも、女性の方が遥かに怖い。



『……これが、人を好きになるっていう感情なのか?』


『プラス、この人を大切だ、護りたいっていうのもあったらパーフェクト』



いやあ、ルカ姉は詳しかったなあ。


嬉しそうに懐かしそうにそう話す。


そう言えば、夏梨が来てから一番最初の被害者になったのはルカナだった。


その時の夏梨の泣き顔を今でも忘れることはできない。



『でも、今のところそれはねぇな。その条件、はまってんのはお前しかいねーし』


『……嬉しいこと言ってくれんじゃん、一兄も』


『それに……』


『ん?』


『……こんな感情、絶対にあったらいけないんだ。許されないものなんだ』





夏梨の告白に日番谷は目を丸くした。


この少女の兄は、敵に恋したというのか。


それに確か朽木本人も……



『破面に恋をしてしまった』



確かこう言っていなかったか?



「そんでもって数カ月たって」



『さ、こっちにきなよ。新入りさん』


『あ、えっと』


『こらこら、まだ初めて来たんだ。そう急かすことないだろう、ルカナ』


『だって一護様、久しぶりの新人ですよ?しかもこんな可愛い女の子!』



ルカナと呼ばれた、言うならば、胸が豊満な女性に一護が突っ込む。


彼女は夏梨が部屋に入るなり、抱きついたのだ。


ふわりと香る香水に、なんだか懐かしさを感じるような気もする。


まるで、母親か誰かに抱きしめられているような――――


そう考えてぶんぶんと顔を振る。


自分は何を思っているのだろうか。


自分に母親なんか、居ないはずなのに。



『『お嬢さん、お名前は?』』



ふと見事なハモりの言葉を聞いて、その声がした方向に首をまわす。


そこには、金髪の、これまたそっくりな双子としか言いようがない青年二人が立っていた。


彼らはルイ・ウェイとレイ・ウェイ。双子の兄弟である。



『あ、あたしは……』


『名前が無いそうなんだ。皆で決めてやんねぇと』



一護が助太刀する。


それにほっとし、夏梨は興味深げに皆を見渡した。


それぞれ腕を組み、唸りながら一生懸命考えている。


その時、あ、と声を漏らした破面が一人。



『この子、カリンかユズってつければ?』


『……そう言えば。よく気づいたな、ノクラル』


『いや、僕が一番マサキと仲良かったからだと思うんすけどね』



聞けばマサキとは昔死んだ仲間らしい。


彼女は稀に見る破面の既婚者で、子どもが、しかも双子の女の子が欲しいと始終言っていたらしい。


旦那にあたる破面は他の十刃の従属官。


そして彼女はもし子供が出来たら……「ユズ」と「カリン」、という名前をつけると豪語していた。


……本当かどうかは分からないが。



『お前見た目は子供だからな。……カリンでいいんじゃねぇか?なんかユズってのよりカリンの方が合っている気がする』




広い広い砂漠の中で、夏梨は独りで座っていた。


ひたすら遠くを見つめていた。


そんな彼女の周りには虚の残骸。


先ほどまで動いていたそれは、もう完全に機能していない。


彼女も動かないから、まるで静止画だ。



『……お前、独りか?』


『……誰?』



不意に声を掛けられ振り向けば明るい橙色。


長い髪をなびかせながら、白い服を着た彼は夏梨に近付く。


夏梨はお尻についた砂埃を払い、立ち上がった。


粗末な茶色の服に身を包んだまま、夏梨は言った。



『あたしに声かけるなんて……よっぽど変人なんだね』


『何でそう思うんだ?』


『だって、あたしは普通じゃないから。あたし、オカシイから。誰も近づきたがらないの』



みてよ、これ。


夏梨が周りを見渡す。


殺されたたくさんの虚たち。


少年は訝しげに夏梨を見つめた。



『ぜーんぶ、あたしがやったの。わざとじゃないんだよ?でも、気が付いたら身体が動いてる』



身体が勝手に虚を切り刻んでる。


まあ、オカシイのはそれだけじゃないんだけど。


そう呟く夏梨は酷く儚げだ。



『だからね、あたしに近付く奴はいない。近づいたら殺されるから』


『でも、俺は殺されてない』


『……今は、少し落ち着いてるから』



なんでか分からないけど、そう寂しげに笑う夏梨に少年はもう一歩近づいた。



『名前は?』


『無い。必要ないから』


『いや、これからは必要だ』



は?と訝しげに眉を寄せれば、少年は笑った。


はらりと少年が手の甲に巻いていた包帯のような布が取れる。


そこには、#1と黒く刻まれていた。


その数字に夏梨は息を飲む。



『#1……!!』


『そ。俺は十刃番号#1、黒崎一護だ』


『そんな、あたし全く知らなくて……!』



無礼な言葉を吐いたのを思い出したらしい。


慌てふためき、一護と名乗る少年の前に跪く。


逆に一護はそれに慌てたようで、少しだけ焦った声で顔をあげてくれと夏梨に頼んだ。



『俺、そういうの全然気にしねぇから』


『でも……』


『俺がいいってんだからいいんだって』



それより、と一護は夏梨の目線へとしゃがみ込む。


夏梨の目の前に澄んだ琥珀色の瞳が迫った。



『お前、従属官にならねぇか?』


『ふ、ふらしおん……?』


『ああ。簡単に言えば、部下のようなもんだけど……虚夜宮に住めるし、生活だって安定している。仲間だって多い』


『それに、あたしが……?』


『お前がよければ、だけど』



#1の立場的に偉い筈の彼は、なんだか子供のような、そんなワクワクしたような表情を見せている。


それが少しだけ可笑しくて可愛いくて、くすり、夏梨は笑った。



『な、なんだよっ』


『だって、おかし……っ』


『何がだよ!!』



主語を言え!


そう一護は叫ぶ。


一通り笑い終わって、夏梨は小さく頷いた。



『うん、いいよ。あたし、あんたの従属官になる』


『本当か!』


『あたしでよければ』



そのあとは早かった。


早速と虚夜宮につれてこられた夏梨は白い服を与えられた。


丁度、一護と同じような。


それに着替え、そして連れてこられたのが



『ようこそ、緑の宮へ!』



一護を筆頭とした、数人の破面達の住む宮だった。